さよなら、和金太郎

デッドコピーたこはち

********

「本当にごめん! サキ……」

 カオルが手を合わせて謝っている。その横には水槽があり、水槽には動かなくなった和金太郎が浮いていた。


 和金太郎との出会いは小学三年生の夏だった。あの日、私はカオルと初めて一緒に夏祭りへ行った。カオルは当時引っ越してきたばかりの私にとって、唯一の友達だった。カオルの手にひかれて見た花火、きらびやかな出店のことは今も脳裏に焼き付いているし、一緒に食べたあの綿あめの味を忘れたことはない。和金太郎はその日に出店で取ったものだ。私は一匹も取れなかったのだが、カオルは十匹もの金魚をすくい、半分を私にくれたのだ。

 それから、カオル自身が飼っていた金魚は一年経たずに全滅し、私が飼っていた金魚たちも四匹はすぐに死んでしまった。唯一生き残ったのは、私の母によって和金太郎と名付けられた、一番体の大きかった一匹だった。

 思い返してみると、十年生きたのだから大したものだ。和金太郎が愛らしい金魚の稚魚から、ほどんど赤いフナと言っていい巨体に育つ間に、私たちは小学三年生から大学二年生になっていた。

 いま、私たちは同じ地元の大学に進学し、大きめの部屋を借りてルームシェアをしている。和金太郎も一緒だ。とはいえ、私の金魚なので、基本的に世話は私がしていた。


「しょうがないよ。和金太郎も年だったしね」

「でも、サキが旅行に行く前まではあんなに元気だったし、私がなにかマズイことをしちゃったのかも」

 カオルが申し訳なさそうな顔をして言った。私が二泊三日の旅行に行っている間に、和金太郎を死なせてしまったことへ余程責任を感じているらしい。私が長い間、和金太郎を可愛がっていたのを知っているからだろう。

「たまたま、私が居なかったときに死んじゃっただけだって。気にしないで」

「うん、ごめんね、サキ」

「だから、いいって」

 涙をにじませたカオルを抱きしめると、サキは私の胸で本格的に泣き始めてしまった。すすり泣くカオルの頭を撫でてやる。カオルの肩まで伸びた黒髪は滑らかで手触りが良かった。私は、しあわせな気持ちだった。


 和金太郎を殺したのは私だった。カオルに渡した三日間の餌のうち、最終日の朝の分に、蚊取り線香を削ってペレット状にしたものを混ぜたのだ。蚊取り線香に含まれるピレスロイドは魚類にとって劇毒である。それでも、いい具合に和金太郎が死ぬか不安だったが、上手くいったようだった。

 普段、カオルに和金太郎の世話をさせなかったのも功を奏したのだろう。普段から餌やりをしていたら、餌の違和感に気づいたかもしれない。第一、金魚の餌を毎食分小分けにするのだって、なかなか奇妙だ。


「泣かないでよ。私まで悲しくなってくるからさ」

「うん、うん。ごめんね……」

 カオルは顔をしわくちゃにしながら泣いている。この顔だ。この顔が見たかったのだ。リスクを冒して、和金太郎が死ぬのを私が帰ってくる直前に調整しようとした甲斐があった。

「和金太郎をどこかに埋めてやったらさ。また、新しい金魚を飼うのもいいかもしれないね。カオル、一緒に選んでくれる?」

 カオルの背中を優しくトントンと叩いてやる。しばらくすると、カオルは泣き止んだ。

「うん、一緒に行く」

 カオルは鼻水を啜りながら言った。私は内心で歓喜していた。


 和金太郎を埋めるのも、新しい金魚を買いに行くのも、きっとまた忘れられない思い出になるだろう。さよなら、和金太郎。きみは最初から最後まで孝行な金魚だったね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよなら、和金太郎 デッドコピーたこはち @mizutako8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ