一章 棟梁襲名 十六、虎子、地に堕ちて牛を喰らうの気あり

◉登場人物、時刻

????    主人公。次期棟梁。

於曽右兵衛尉  棟梁家の宿老。


戌正の刻    午後八時から午後九時。


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一章 棟梁襲名 十六、虎子こし、地に堕ちて牛を喰らうの気あり


丁卯ていう四年如月十四日 戌正いぬせいの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 対面所には國内中くにうちぢゅうの諸侍、國人衆が集まっていた。主殿とのもの対面所には悲しみの中に、何処どこか胸を撫で下ろす様な浮ついた空気があった。


 確かに前棟梁さきのとうりょう様は放蕩不覊ほうとうふき※な方で、國内中に争いの火種をく様な御方ではあった。病弱な御体質おんたちでそれを隠す為に、依怙地えこじ※な所も御有おありだった。


 それを見抜いた先々代様が嫡子ちゃくしから外されようとすると、変を起こし、先々代様を押込おしこめなされ隠居させてしまった。


 当主、棟梁職を襲名し、諸侍、御親類衆との間を神経をり減らしながら調整したが、家督相続の経緯に反発が多く、幾人かの人々を離反させ、他国衆の介入を招き、かと言って、御身体の不調から積極的に討って出る事も叶わず、國内くにうちが乱れるに任せてしまった。


 誰も喜ばぬ、求不得苦ぐふとくく※の様を表し、國を叫喚地獄きょうかんじごく※へと変貌へんぼうさせた。

 そもそも『御兄弟相剋そうこく※』の主たる原因は前棟梁様の側にある、と言っても過言では無いだろう。


 かく言う儂も安堵の心持ちが無い、と言えば嘘になる。


 しかし、今日ばかりは故人をしのび、その遺徳を思うべきでは無いのか……


 この不穏の空気の中、守護職しゅごしきを継承し、当主・棟梁の名乗りを挙げられる若の心中、如何許いかばかりか……





丁卯四年如月十四日 戌正いぬせいの刻 ????


 対面所に一歩、足を踏み入れる。

 諸将が一切に頭を垂れる。神妙な面持ち。

 ……先程までの浮ついた空気は何処にも無い。


 しかし、ここに居る者どもは全て虎狼ころうむじな※のたぐいオレにこの者共の心を見透かす事など出来ようはずもない。


 諸将が一斉にこちらを見る。



 さぁ、言うのだ。落飾らくしょく※すると。仏門に帰依きえする、と。


 オレは当主の座には未練はない。只管打坐しかんだざ※の暮らしも、きっとこの地獄よりは余程ましであろう。ここはオレには相応ふさわしく無い。この様な穢土えど※にこれ以上居るのは、真っ平御免なんだ。


 責務についてもそうだ。

 オレには救ってやれぬ。方策が分からぬ。もっと賢き者共ならば、きっと何とか出来るに違いない。






…………小春日和のあの秋の日。

      誓った言葉は嘘になるのか…………



---オレでは力が足りぬ。

   

   何故、そう思う?---


---刃向かう者は良い。武士の面目めんぼくにかけて

   闘諍とうじょうに及べば良い。

   しかし、真に難しきは『敵を見定める事』。

   我が前に居並ぶ諸将。

   その誰が忠臣で、誰が面従腹背の輩なのか

   オレには見分けがつかぬ。

   “忠言”に紛れ込んだ“毒”が最も恐ろしい……

   

   ならば全てを滅せば、良いでは無いか?--


---……………………………………………


   立ち塞がる全て、滅せば

   この國を平和に出来るのでは無いか?---


---無理だ。その道は屍山血河しざんけつが※の道。

   オレには無理だ。

   当主、棟梁への未練を断ち切れば、

   この國に平和が訪れるのであれば、

   それが…………







---だが本当にそれで良いのか?


   彼奴きゃつらに任せて良いのか?---


---……本当にそれで平和になるのか?


   そんなはずは無い!もし彼奴らに

   平和をもたらす力があるのであれば、

   もしそうであるのであれば、如何どうして今、

   これ程、國が乱れておるのか?---


---此奴こやつらも力が無いのだ。

   此奴らも又、戦を続ける他、生き残る術を

   持たないのだ。

   否、力は無くとも正統性を持つ

   オレとは違い、此奴らは

   他の全てを力で抑えなければならぬ。

   その戦は自然、オレの戦いよりも

   激しくむごいものとなるであろう---


 

……投げ出してはいかぬのだ!

  たとえ力及ばずとも逃げる事は許されぬのだ!


 國に平和をもたらさねばならぬ。それが責務。

 ならば、立ち塞がる者全てを叩いて潰すのみ……

 …………滅ぼすのみ!





 顔を上げる。


「今日この日、この時をもって、このオレが第十八代当主、棟梁職を襲名しゅうめいする」


 諸将を見据えて語る。


「良い國にしたい。飢え人も無く、争いも無い、そんな國に」


 幾人かの顔が上がる。

 驚く者、好意的な色を見せる者。

 しかし、ほとんどの家臣には、未だ“色”が見えぬ。


「だが、もし……」


 覚悟を決めろ、


「もし、オレに不服あらば館に戻り、兵具を整えよ。必ずや弓矢を持って伺うであろう」


 諸将が一斉に平伏する。


 くは屍山血河の道。相手にとって不足なし。

 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って眼にも見よ。


われが継ぎの棟梁である!!」


  


  月下独虎抄  一章 了



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◉用語解説

【放蕩不羈】

 思うまま、勝手に振る舞う事。


【依怙地】

 頑固な性格の様。意固地。


【求不得苦】

 仏教の説く八苦のうちの一。求めるものが得られ

ない苦しみ。


【叫喚地獄】

 泣き叫ぶしか無い状況。元々の意味は仏教の八大地獄の第四。悪業を犯した者が、猛火や熱湯に晒され苦しみ泣き叫ぶ地獄。

 

【相剋】

 いさかい。対立する者がお互いに勝とうと争う事。この場合は家督争い。


【虎狼、貉】

 虎狼は残虐な者の例え。

 貉はタヌキやキツネなどの類で人を化かすと信じられていた事から悪人の例え。


【落飾】

 貴人が出家すること。


【只管打坐】

 余念を交えず、ひたすらに坐禅をする事。ここでは禅僧の生活の意味。


【穢土】

 汚れた場所。元は仏教用語で人間社会を含む「三界六道」を指すが、大抵は「人間世界」を表すことが多い。

 この場合、更に限定されて出家以外の世界、所謂『俗世』の事を指す。

 

【屍山血河】

 死体が山の様に積み重なり、血が流れて河になる様。


11月19日午前四時半、最後の一人称を『余』に変更


お読み頂き有難う御座います。

感想、ブックマーク、評価など出来ましたらお願い

いたします。


次は短い『断章』を挟んで、二章の予定。

しばらくお時間を頂きます。

ただ、断章はともかく、二章は読まなければ

ならない資料が沢山ありますので、少し遅れます。


素人が作った話ですが、もしよろしければお楽しみ下さい。


 

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【前日譚・第一章完結】月下独虎抄〜泣き虫國主、乱世を生くる 独虎老人 @lssuimu

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