最終話 始まりの終わり

 深い眠りに入った土井の小さな体を抱き上げて秋水は立ちあがり防波堤の前で釣り人達を見た。

 よく見れば、戦場で生きる術を学んだ相棒の石動肇、息子の正行、それから、顔の四角い釣り人の装備をした男がいた。

「石動君、わりぃねぇ。音響さんみたいな仕事させちゃって……」

 そんなに反省していないような顔で今年四十になる相棒に頭を下げた。

「いいですよ、最近、面白い仕事はないですから……」

「意外な反応ですね」

 正行は石動の顔を見た。

「まあ、嵐の前の静けさ……さ。今のうちにのんびりしようよ」

 これを言ったのは顔の四角い男だった。

「そうですかね? 東京で公安の仕事をしている猪口さんが何も言わず朝っぱらからやってくること自体が異常事態じゃないですか?」

 猪口はその言葉に苦笑した。

 正行と猪口との会話を他所に石動は秋水を見た。

 秋水の目は土井の顔を見ていた。

「……おやっさん」

「うん? どした?」

 声をかけると、何時もの秋水に戻っていた。

「その子をどうするんです?」

「近くに交番があるから、そこに家に帰れるようにしておく」

 確かに、数百メートル先には交番がある。

 と、秋水は器用に片腕で土井を抱えると空いた手で自分がかぶっていたホッケーマスクを土井の顔にかけた。

「こうすれば、忘れないでしょ」

 石動は聞いた。

「『もしも、俺の汚れた命がお前のためになるのなら、それは過ぎた幸福なのかも知れない』……本心ですか?」

 秋水はにやりっと笑って反問した。

「どっちだろうねぇ?」

 その言葉に石動のやったこと。

 秋水の尻に思いっきり蹴り飛ばした。

「いってぇええええええ‼ 俺のプリチーヒップに何するの!?」

「親父ぃ、石動さーん。取り合えず、埃まみれの体を洗いに行きませんか?」

 先を歩いていた正行が提案する。

「おう、おやっさんの車と俺の車で行こう」

 石動が正行たちと合流する。

 その背中を見て小さく秋水は答えた。

「案外、本気だったんだけどなぁ」

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WONDERFUL WONDER WORLD Bakunin 隅田 天美 @sumida-amami

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