『裸婦』5

 20分が経った。

 休憩ですと告げるや否や先輩がトイレにたっていく。もうタオルを羽織ろうともしなかった。用を足すのが楽そうだな。そうか、あれが成美先輩がおしっこを我慢している時の顔か。申し訳ないことをした。流石に空調の温度を緩め……同時に有線放送のスイッチを入れる。popソングだろうか、控えめに店に流れ出す。


一切の思考を挟まず一旦上着を脱いだ。全身汗をかいている。先輩が入っているトイレに近づき、キリのいいところまで水音を聞く。「成美先輩ー、タオル借りていいですかー」いーよー、と返って来たので戻ってジャンボタオルに顔を埋める。さっきまで先輩が包まれていた。今日はクラゲ柄か、良い匂いだ。


 後で困るだろうなとは思いつつも、ついアイスコーヒーを飲んでしまった。成美先輩も戻ってきてまた一緒にたらふく飲んだ。先輩はタオルを首に掛けていた。もはやどこも隠していなかった。本当に生まれたままの姿で歩き回っている。ずっと同じポーズを維持するのはやはり辛かったのか、ストレッチまで始めてしまった。私もびしょ濡れになった下着や靴下を脱いでワイシャツとズボンだけになった。


 少し冷静になった頭で先輩に話しかける。


「次のセットの前に、成美先輩、今描いたデッサンを見てください」


 ノートを先輩に向ける。一目見て、感じるものがあったのだろうか、先輩が目を見開いた。スケッチブックに手を伸ばしかけて、腕を組む。


「これはデッサンじゃない」


 もっともだ。私もそう思う。なので言い直す。


「でも今描いた絵を見てください。これが、先輩に必要なものなんじゃないですか」


 それは、あるがままに写すというデッサン練習の第一目標を、完全に放棄していた。


「……胸を見てた?」

「そうです」


 その絵は全てのパーツが成美先輩の胸に視線を誘導するように配置されていた。椅子やタオルの皺も、剃刀の傷も。全く意図したものではない。ただ描いている私が、ひたすら成美先輩の胸に惹かれていただけ。


「これが実験したかったこと?」

「そうです、その一つです」


 一昨日のデッサンと並べてみる。一切やましい気持ちを持たずに描いた方は、画角全体のバランスが綺麗になるように描かれている。今の成美先輩が描く絵はこんな風に、均整がとれていて綺麗だけど、それだけじゃ満足出来ないのだろう。


「荒れた絵が描きたいって言ってたから、何かヒントになるかなって」


 完成された世界の調和をわざと崩す必要はない。結果として壊れてしまうだけだ。結果として何もかも壊してしまうくらい、見てほしいもの。伝えたいもの。

 きっと俺なんかよりずっと長く絵を描き続けている先輩なら、もう知っているはずで、しらないフリをしているものだ。

 成美先輩は細く長い息を吐きながら、思案していた。


「先輩、次のポーズお願いしてもいいですか。次は15分で切りましょう」

「うん……先にもう一回お手洗い行ってくる」


 先輩がトイレに立った隙に、もう一度クラゲを借りて全身拭いておく。さっきから流れている音楽がやけに小さく感じられて、放送の音量を上げる。


 次のセットでは一糸纏わぬ成美先輩を描かせてもらった。さっきまで隠されていたところだと考えたら、今度はひたすらに性器が気になって仕方なかった。綺麗な黒髪と同じ、さらさらの陰毛が少しだけ生えていて可愛かった。その結果やっぱりそこに注目するような絵になった。15分が終わるとまた先輩はトイレに行った。私はカウンターの引き出しからコンドームを出してズボンのポケットに入れた。


 戻ってきた先輩に絵を見せる。というより自分の絵と先輩を見比べた。これがおしっこを我慢している顔と、同じく我慢している女性器。


「15分で切り上げて正解でしたか」

「今度は、その……下?」

「バレました?つい見ちゃって。どうですか、ヒントになりました?」

「うん。ああ、ショック療法だ。なんとなく、描ける気がしてきた」

「僕も描きたい構図は大体とれたかと。じゃあヌードデッサンは、ここまで」


 先輩が、やり遂げた、という顔でクラゲを手に取る。でも服を着ても二度手間なのでまだ待ってもらう。


「後の細かいところは、実際に触って確かめてみましょう」


 成美先輩を抱き抱え、ボックスシートに押し倒す。ギュッと全身が縮んで、今日何度目かの目を見開いた顔をしている。肩を撫でながらキスをした。唇も舌も歯も歯茎の裏もコーヒーの味がした。キスをしたらちゃんと目を閉じてくれた。


 今日は先輩を犯すと決めていたから、ちゃんとコンドームを用意しておいた。カウンターの右から2番目の引き出しは、コーヒーを淹れるときのサイフォンやその周辺器具が入っている場所だった。


 私は何度も成美先輩に、自分でコーヒーを淹れませんかと聞いたが、先輩は頑なに自分ではやり方を覚えようとしなかった。ここで君が淹れてくれるから美味しいんだよ、自分で淹れてもきっとこんなに美味しくならない、ずっと君に淹れてほしいんだ、なんて言ってずっと私にやらせていた。


 コーヒー関連の道具に興味はあるようだったが、ガラス製のものを壊すのも怖いからと、この引き出しだけは絶対に触らなかった。だから初めて買ったコンドームは、絶対に見つからないここに今日まで隠しておいた。自分のサイズと合うか分からなかったから一個だけあけて、装着してオナニーしてみた。問題なく装着出来て、精液も溢れなかったから多分大丈夫だ。


 勿論、成美先輩以外を想像しながらオナニーしたことはここ7ヶ月無い。ずっと想像していた成美先輩の乳首。日本人には珍しいピンクの乳首にむしゃぶりつく。汗の味の中にほのかに甘みが感じられて美味しい。


 おっぱいを両手に包んで揉み込む。成美先輩は何も言わずに震えていた。強張ったまま、なかなか力が抜けなかったから全身を撫でてあげた。肩と腰と頭と太ももとお尻とお腹を撫でてあげると、成美先輩は少し涙を流しながら過呼吸気味になっていた。


 それから、痛そうだなと思っていた剃刀で傷ついた痕にもキスしてまわった。デッサン中は太ももの内側と腋しか気付かなかったけれど、近くでよくよく見ると肛門の近くや恥丘にも痕があって、女の子は大変なんですねって言いながらキスした。どこに口をつけても美味しかった。キスしながら俺も全部脱いでたから、お互いに完全に裸で抱きあって、あとはもう繋がるだけになった。


 見つめ合って、成美先輩、と呼んだ。そういえば、先輩が欲しい、とはっきり言ったのは初めてだったかもしれない。ゆっくり力が抜けていって、脚だけは最後までぎゅっと閉じられていたけれど、両脚を抱えて、脚ひらける?と聞いたら小さく頷いて開いてくれた。そのまま、コンドーム着けてと言ったら、分かんないと言って泣かれた。もう前の男に取られていたかと思っていたけれど、先輩は初めてだった。だから自分で着けた。


 着け方を一緒に覚えようと言ったけれど、首を横に振られた。繋がってる間だけは、成美と呼んだ。

 拒絶はされなかった。嫌だとも、やめてとも言われなかった。でも何の許可も出されなかった。ただ、痛い……痛い、という言葉だけ聞いた気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る