『裸婦』4

 そして3日目、いつものように成美先輩がアトリエにやって来た。先着していた私は頭を下げる。


「今日で最終日ですね、最後までよろしくお願いします」


 先に来て、色々と準備をしていた。暖房で店を暖めておいて、よく冷えたアイスコーヒーも沢山作っておいた。


「まぁ約束したし」


 成美先輩は早速アイスコーヒーをコップに注ぎながら、カウンター裏に回る。勝手知ったる様子で戸棚からガムシロップを掴み取っている。恥じらいはあれど、恐れのようなものはもうほとんど無いようだった。私はそれを横目に、店の扉に鍵を掛けチェーンを掛ける。覗き穴にはガムテープを貼っておく。


「あれ?」


 と先輩が声を出す。


「新聞紙なんか貼ってたっけ、窓に」

「一昨日から目張りしてますよ。カーテンも普段から開けませんけど、なんか不安でしょう」

「そっか、気が付かなかった」

「安心してもらえるように必死ですから。ここには僕と先輩しかいません」

「うん……準備する」


 バサバサと先輩が服を脱いでいる。外はもう寒い、冬の気温になっている。だから先輩も厚着で来ている。ストッキングも履いている。「んしょ」という声が聞こえる。


「そういえば成美先輩、この店実は有線放送の回線まだ生きてるんですよ、知ってました?」

「えー、そうなの?」

「試しに流してみますか」

「いいよ、なんか今まで全然音が流れてなかったじゃん、このアトリエ。今更変だよ」


 ジャンボタオルに身を包んだ先輩が出てくる。私よ77cmだけ低い彼女は、他の女子と比べて普段ほぼ同じ高さの目線で会話している。だが今、その身に衣一枚の状態では、流石に少し縮こまった印象を受ける。珍しく上目遣いになっている。こんな痴女のような恰好、芸術のためだなんて言い訳を一体誰が信じるんだ。


 このタオルを1枚捲れば、生まれたままの姿の成美先輩に会える。考えただけで、鼻息が荒くなるのを抑えられなかった。黙想もそこそこに「では、脱いで見せてください」と声をかける。


「うん……」


 私はもう隠しきれないほど勃起していた。元より隠すつもりも無い。ゆっくりとタオルを脱ぐ成美先輩に、今にも飛びついて剥ぎ取りたかったが、なんとか我慢しながらおっぱいを凝視した。

 ようやく、待ちに待った先輩のヌードに辿り着いたのだ。

 ふるふると揺れる形の良い乳房。本当にお椀の形をしている。肉が重力に逆らっている。丁度私の掌に収まる程度の大きさ。ふっくらと膨らんだ綺麗なピンクの乳首。果樹に生った実だ。むしゃぶりつきたいくらい美味しそうだ。手を伸ばせば肩ごと抱き寄せられる距離。思わず深く息を吸った。心なしか、店の湿度が上がったような気がする。甘い匂いのする湿度だ。ふくらはぎが微弱に震えてきた。

 乳首はこれが通常時だろうか、それとももう既に勃っている?一昨日のスケッチを拾い上げ、目の前のそれと見比べてみる。同じくらいの張りに見えるが、1日目のデッサンは指先でツゥとなぞりたくなるような乳頭なのだが、現物に目をやると両手で掴みかかって揉みしだいて「痛い!」と叫ばせたくなるおっぱいだ。……さて、とそのスケッチを先輩に見せて言う。


「1日目と同じポーズで、よろしくお願いします」

「……分かった」


 昨日までと明らかに様子の違う私に、先輩も困惑しているようだった。警戒していると言えばそうかもしれない。しかし2日間同じルーティーンをこなしたことで、抵抗するという考えは起きないようだった。成美先輩は一昨日と同じように横向きに座る。視線は私の左やや上方。同じく私も、一昨日のようにイーゼルを置き先輩を、いや先輩の身体を見つめる。


「鉛筆は持たないの?」

「まずは対象をよく観察するんです。昨日も、一昨日もそうでしたよね」

「うん……」


最初の20分のうち、ゆうに5分以上はじっくりと先輩を視姦した。時々1日目のデッサンと見比べて、自分の記憶とも照らしあわせて、全く同じポーズになるように細かく指示していく。だが先輩は何度言ってもタオルで下半身を隠しすぎる。


「違います、このスケッチ見てください。もっと上まであげてます」

「いいじゃん、同じだってこれで」

「だから、こうです!」

「あっ……!」


 ついタオルを手で引っ張りあげてしまった。


「ここです、このままキープしてください」


 私からは触らない、という約束に抵触しているような気がするが先輩は何も言わなかった。ただ視線が私の顔と勃起で膨らんだズボンの間でちらちらと動いている。

 準備が整い、ようやく鉛筆を持つと、どこかホッとした息が先輩から漏れる。それから私が無言で描き出すと、成美先輩も少し顔を引き締めて元の位置に視線を戻した。


 右の内腿はまだ少しピンクが残っていた。左腋にもほんのりと赤くなったところがあり、まるで宝物を見つけた気分だった。それらを忠実に書き写していく。いや忠実に書き写そうとした。


 しかし全く無理な話だった。パースが狂っている。いやパースの問題じゃない。今日はまともに黙想の時間も取ってないし、年上の色香をこれほど浴びて、頭も胸も喉もクラクラと飢えている。


 暖房を効かせすぎた部屋は、掌からペン先に汗が伝ってしまうほど暑い。ふくらはぎがまた震えだした。


 胸のボタンを2つ開け、手を乾いたおしぼりに擦り付けながら描いていくが、どうにも狂って狂って狂っていく。


 狂っていく狂っていく狂っていく狂って……線の太さが狂ったせいで奥行きが狂って、でも間違いじゃなくて、表情が狂ったから人体が狂って世界が狂って、でも間違ってはいない。


 正しくはない。


 正しいわけがない。


 ただ間違ってない。引き返さない。これでいい。

 このまま描け、描け描け描け!

 俺は間違ってない!

 

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