カオスは行動力によってでしか解消されない
「ま、まあ、まずはちょっと暮林さんを呼んで事情を……」
「……わかったわ」
そういって剣崎さんが中へ入っていく。俺は怖くて外に出たまま動けない。だってドアを開けたらアンジェの金切り声が真っ先に聞こえてきたんだもん。
…………
冷静に考えれば、アンジェが一番俺の同棲事情に無縁な気もするんだがなあ。
しかし剣崎さんの仕事は早い。騒ぎ声をシャットアウトするかの如く暮林さんを連れて外へ出てきた。無情にも締められたドアの向こうはいくらアンジェが騒ごうが別世界。
「……で、暮林さん。俺がいつ、同棲しようって話をしたっけ?」
さっそく切り出す俺に、暮林さんが『まじめにわからない』という表情を見せてきた。
「えっ……だ、だって、雄太くんが、『同棲って大丈夫な人?』って、はっきりとわたしに訊いてきたじゃない……?」
「……あ」
あ、ああ!!
あれはドーセイ違いだろ!!
俺は、暮林さんって、剣崎さんみたいな同性の女子と百合の花を咲かすのが大丈夫な人、って意味で聞いたはずなんだけど!?
「……じとー」
剣崎さんのジト目も、暮林さんの勘違い目もわりといたたたたまれない。主に心が。
再度言い訳するしか、ないかー……
「あ、あれは、暮林さんが、異性じゃなくて同性の女子を恋人対象として見られるか、という意味で訊いただけであってね!?」
「……はい?」
…………
……
「……そ、そん、なあ……」
いちおう剣崎さんという具体的な固有名詞を避けつつ、暮林さんを恋愛対象として見ている女性がいるんだけどその気持ちにこたえられるようなことはできるか、と尋ねたのだが、暮林さんはドツボにハマってしとしとぴっちゃん、みたいな表情になってしまった。
ちなみに剣崎さんも絶望的な表情になっているので、俺は命の危険を感じている。
「……」
ふらふらっ。
カチャ。
バタン。
この世の終わりみたいな絶望感を隠そうともせず、暮林さんが部屋の中へ戻ってしまった。
「……脈なし、か。まあ、当然、よね」
そして、剣崎さんのほうが、現実へ戻ってくるまでの時間が短かった。
「一筋縄ではいかないとわかってはいたけど……でも、やっぱり、親愛と恋愛は違うのかな」
「……」
「和解できちゃったから、さらに次を望んでしまう。切ないわね……」
乙女発言も、剣崎さんみたいな美人がするとサマになると思ってしまった。
だが、いつも自信満々な剣崎さんらしくないことも確かで。
「ねえ、あんたはさ」
「はい……」
「本当に、美衣のこと、何とも思ってないの?」
「……え、ええ……」
改めて、そういう超まじめな態度で聞かれると、なんとなく戸惑う。
いやね、そりゃ一時期は付き合ってたくらいだからさ、好みじゃないわけはないよ。
正直、どうしたらいいのかわからないのは俺も一緒なんだよな。
裏切られたことも事実、それによって深く傷ついたことも事実。実際、再会したばかりのころは、憎くてしょうがなかった。
だけど、今の暮林さんが、本気でそれを後悔しているということはよくわかってるし、少なくとも現時点では俺に好意を向けてくれているのが死ぬほど嫌だ、というわけでもないんだ。
この状態をほだされてる、とでもいうのだろうか。あとはどっちに天秤が傾くか、だけのことなんだろう。
また裏切られるかもしれない、なんて恐怖しながら付き合う気にはならないし、かといって過去のネトラレを一生死ぬまで責め続ける気にもならない。
だから、『知り合い』でいるのが、一番気楽だ。
そんな優柔不断な気持ちでいる俺は。
「アタシが言うなってセリフかもしれないけど──拒絶するなら、はっきりと拒絶しなさいよ」
「……」
剣崎さんから改めて指摘されなくても、どこかでわかってたはず。
これも、逃げてるだけなんかな。
「……ああ、もう。じゃあ、今日から同棲する気がないなら、悪いけど今晩、美衣を借りてもいい?」
「へっ?」
「アタシのほうを先にケリつけさせてもらうから」
俺の態度に焦れたような剣崎さんが何をするつもりなのか、大体わかった。和解したばっかで一気にそこまで行くのも早急すぎる気はするけど、行動力がうらやましく思えて。
「……暮林さんが同意したなら、俺が関与するところじゃないです」
「うん」
「剣崎さん、カッケーっすね」
心から俺はそう言ったのである。
まあ、今晩ってことは、暮林さんが同意したなら、めくるめく百合的官能の世界に引きずり込むという下心もあるんだろうけどさ。そこには触れないでおこう。
彼女ガチャで今まで引いたNTR(ネトラレア)が、大学生活でDSR(ダイスキレア)になって返ってきたんだけど。 冷涼富貴 @reiryoufuuki
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