愛別離苦

 その頃地上に、「ラーメン大好き古池さん」という中年男性がおりました。小説を書くのが趣味という以外に特にぱっとする何があるということもない、もちろんクリスマスに処女を捧げてくれるような可愛い女子高校生でクラスメイトの恋人がいたりもしない、42歳で、バツ2で、一匹の黒猫と暮らしているというだけの、冴えないおっさんでありました。冴えないおっさんで悪かったな文句あるかこんちくしょう。


 さて、古池さんはラーメンが大好きでしたが、蕎麦も好きでした。「赤いきつね」か「緑のたぬき」かの二択だったら、どっちかといえば緑のたぬき派でした。その日は財布に小銭がありましたので、古池さんは二つ、緑のたぬきを買い込んで、二つ同時にお湯を注ぎ入れました。ふたつといっても、一緒に食べる誰かがいるわけではありません。古池さんはバツ2ですが子供はありませんし、もちろんクリスマスに処女を捧げてくれるような可愛い女子高校生でクラスメイトの恋人がいたりもしないので、一人でふたつ食べるのです。かわいそうですね。かわいそうで悪かったな文句あるかこんちくしょう。ふたつでじゅーぶんですよ。


 ところが、お湯を入れて三分が経つか経たないかというところで、ミーロックの救済の光が古池さんのもとに降り注ぎました。


 生と老と病と死が彼から失われました。


 愛と別と離と苦も彼から失われました。


 古池さんは大宇宙の真理に目覚め、おチャクラが全開になりました。悟りを開いたのです。死なないのでもう何かを食べる必要はありません。誰かを愛することもありません。ひどい別れ方をしたものだからずっとその思い出に苦しめられ続けていた二十年前の最初の恋人のことすら、考えることがなくなりました。なのでそれっきり、緑のたぬきのことも忘れてしまい、小池さんは家を抜け出して、どこへともなく消えていきました。


 緑のたぬきはやがてぐでぐでにふやけ、冷たくなり、カビが生え、腐って土に還りましたが、いつまで経っても、古池さんがそこに戻ってくることはありませんでした。

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アンパンの顔のあいつは、もう来ない。 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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