えー、中学ではBSS部に所属し、脳を破壊されまくっていました
しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる
えー長田裕樹と言います。えー何言えばいいんだろ、部活とかか……。
「えー、中学ではBSS部に所属し、脳を破壊されまくっていました。高校も続けようと思います。三年間、よろしくお願いします」
アハハ。
まばらな笑い声。俺と同じ中学だった奴らか、
後はみんなどうでも良さそうに聞き流す。
一人を除いて。
入学式の後、少し空気の緩んだ教室で、そいつだけがじっと俺を見ていた。
彼女は大きな
自己紹介は続き、次々と同級生が前に出て名乗っていくが、彼女は
大丈夫か、と思ったが、やはり彼女は自分の番が来ても気付かなかった。
「次の人?」
「うぇっ!?」
担任に
「せ、せせせ、
ピキ、と時間が
みんなが
「……次の人」
しばらくの
彼女は最後まで耳を真っ赤にし、
◆
「ねえ、BSS部って何?」
それから二か月後。
放課後の教室、教科書をリュックに納めていると、誰かが声を掛けてきた。顔を上げると、一人の女子が俺の机の前で
「あ、ぶぴっぷ」
「違う。トンボ」
「え?」
「すごい名前」
「ぶぴっぷに比べればマシ」
それから、彼女はしみじみと語り出す。
「今でも夢に見る。もつれる舌、飛び出たバ行とパ行……。あの後逃げ帰って、クラスには今でも
トンボの話は長くてわかりにくく、明らかに怒っていたが、要点はわかった。
「つまり、入部希望者だな?」
「は!?」
◆
好きな人が手をこまねいている内に他人と付き合ってしまうシチュエーション。
「わあ、関谷さんて言うの?
長机の向こうから、
「いいいいえ、おおお友達では!!」
「なら
「ちが! ちが違います!!」
図書室で誰よりもデカい声を出すトンボに、
先輩はクスクス笑って手を合わせた。
「ゴメン、冗談ね。じゃあ、やろうか」
俺達が囲む
「よろしくお願いします。それじゃ」
俺はいつも通り、今日出た数Ⅰの問題について
トンボは俺の隣でしばらく
「ねえ、この人部活の先輩?」
「ううん。私も彼も
先輩が小声の
「とと、
「数学が苦手だからいつもここで先輩に教えてもらってるんだ。先輩、こいつ、友達がいなくて。休んでもノート貸してくれる相手がいないんです」
「なっなぜ知っている!」
「
「まあ大変! 関谷さん、私ね、大学行ったら家庭教師のバイトがやりたいの。だからその練習に
先輩がガッとトンボの手を握ると、彼女はもう生徒になるしかない。
「は、はははい!」
◆
「いい人だったろ、
図書室が閉じて、チャリ通の先輩を見送ると俺達も
「そうだけど、結局BSS部って」
「彼女には今から一か月後、
「もう好きな人がいるってこと?」
「いや。でもわかるんだ」
「たかが二か月の付き合いで何がわかるの?」
「相川
「
肩を抱いて
「はは。で、
「見た目や
トンボが怒るでなく、悲しそうに顔を
「えー……悪かった」
「私じゃなくて先輩に謝れよ」
俺は足を止め、先輩のいそうな方向に
「すいませんでした!!!!」
顔を上げるとトンボは
「長田君、先輩のこと、好きなの?」
「ああ」
「なら、一か月後がどうとかバカ言ってないでデートに
バカな
「それじゃBSSにならねーだろ」
「え?」
「ま、見てろって」
◆
「おーい歩」
翌日。
俺達の勉強会に一人の男がやってきた。
「
先輩の
「
「えーと」
先輩は俺達をチラリと見た。
「実はさあ、今年も
「あのね……私、最近この子達に勉強を教えてて」
そう言われて、男は顔を
「えっ、君ら一年!?
「ゴメンね、剛己は昔っから
そう語る先輩の顔は
先輩はあの男と
俺は誰にでもキョドるトンボの
机一つ分だった
部員達が集まる前の地学室、先輩とあの男二人きり。
戸に手を掛けたトンボをそっと下がらせ、
「大学行ったら
「本当、強引なんだから……」
その場に大の字になって
「ちょっと! 大丈夫!?」
トンボが
「
「ええーっ!?」
◆
「よお、
「待て待て!」
休日を
「なんだよ」
「色々あるけど……相川先輩に彼氏ができるって何でわかったの!?」
「わかるんだ、俺。中二で初めてBSSした時にさ、辛くて、悲しくて、脳が破壊された時、脳の中のBSS
「無い無い無い! そんな
「
「無い野で無い部活するな!」
「でもよ、中学では七回BSSしたんだ。もうそうなったら部活みたいなもんだろ?」
「わけわからん!!」
と、頭を抱えて騒ぐトンボだったが、
「BSSはいいぞ関谷さん! このままじゃ駄目だとわかっているのに何もできないあの
彼女はしばらく黙っていたが、最後の
「……で、次は誰なの?」
こうして二人になったBSS部の日々が始まった!
◆
「いいか、次の相手は男嫌いで有名だ。そこでお前がまず仲良くなり、その友達ということで俺も近付く」
「無理無理、そんなんできるならこんな部活入ってないから! ていうかBSSするだけなら別に近付く必要なくない?」
「はー
「もしかして私今怒られてる……?」
◆
「ひっ、ひっ、ねえ、はっ走り込みあるなんて聞いてな、ないんだけど!?」
「次は相手も彼氏になる男も陸上部。俺は秋のマラソン大会で奴に勝ったら告白しようと一人で勝手に盛り上がるも
「りっ
◆
「寒い……。ねえ、もう真っ暗だよ、いつまでそうしてるの?」
「先に帰れ。もう少し脳破壊に
「
「うわっ! ……なんだ俺のコートか。悪いな、ありがとう」
◆
「今日から二年だ! この意味がわかるか?」
「
「そうだ、わかってきたじゃないか!」
◆
「至福……!」
「はいはい、早く打ち上げ行こ」
◆
「ホント
と、トンボが向かいの席からスマホに
俺のグラスも
おかわりを待つ間、トンボは暑そうにミント色のポロシャツの
「そう言えば、今回は終業式からの約一か月で
不意にトンボが聞いてくる。なぜか
「夏休みは元々
軽く
「じゃあ何を競うの、回数?」
「違う、お前にもその内わかる」
「なら相手の
「だから違う、外見なんてどうでもいいんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
それでニヤリと笑顔になったかと思えば、すぐ溜め息を吐く。クラスではいつまでも人見知りで
「あーあ、明日からまた学校か」
三つ編みに指を
「ね、次の相手は誰なの? 楽だといいんだけど」
この質問は
◆
翌日の放課後。
「あのー、関谷さん」
「うぇっ!?」
今日もトテトテ俺の元にやってこようとするトンボが呼び留められる。
「な、な、なんですか?」
トンボが
サッカー部で肌が
「関谷さん、体育委員でしょ? 来月の体育デーの顔合わせあるから来て欲しいんだけど」
「あ、あー」
トンボは俺と池田を
「そっちのが
「う、うん」
「今日は休みで良いよ、俺は一人で帰るから」
それで彼女はおずおずと池田についていき、その日はそれで
次の日の放課後も、申し訳なさそうに俺の元にやってきたトンボは体育デーの
その次の日も同じ。
日が暮れる頃勉強を終え、
「よ」
「待ってたのか?」
「まあね」
帰り道、トンボはこの三日間の話をしてきた。
「委員全体でやる作業は今日で終わり、明日からは教室でクラスで
「ふうん」
「池田君は
「トンボって趣味とかあったの?」
「長田とはBSSの話しかしないでしょ。池田君はこっちの話しやすい
「へえ、意外と豆な奴なんだな」
「――で、今度は私の番なの?」
歩みを止めた彼女は、まっすぐ俺の眼を覗き込もうとしている。
俺はその視線を振り切り、遠く
「うん、まあ、そうだけど」
その後、トンボは急に首を下げた。しばらく腕組みしてむっつり黙っていたが、やがて顔を上げ眼鏡のズレを直す。
「……わかった」
その日はそれ以上話さなかった。
◆
インタビュー1:朝の教室にいた女子
……。
えっ、ボク!?
イヤごめんごめん。関谷さんと話したことないから、間違いかと思って。
うわーそんな声してたんだ、関谷さん。ちょっとイメージと違う。
え、そっちもボクっ娘とは思わなかった?
はは、同級生なんてそんなもんだよね。
長田君のこと? え、でも……いや、まあいいか。
中学同じだったけど、あまり詳しくないなあ。ホラ、ボク女子だし。
それならコイツの方が詳しいんじゃないかな、クラスも同じだったし。
ねえ?
インタビュー2:朝の教室にいた男子
ああ、知ってるけど。
BSS部でしょ……君も、名前何だっけ、まあいいか。
まあ中二に初めてフラれてからあんな調子。
最初は
……外れたこと?
……まあ、無いんじゃないかな。
……初めての相手?
……そういうのはちょっと……なあ?
インタビュー3:朝の教室にいた女占い師
ちょ、ちょ、ちょ、待ってーな!
キミ、暇なら
この
何知りたいん、いや言わんでもわかるで。
恋やろ!!!!????
ちょお待ってな、ウチが水晶玉からキミの未来を
むむむ……見える見える!
おお!!! キミ、
は、そうじゃなくて、同じクラスの長田のこと?
……そんなん、後ろの本人に聞いたらいいやん。
インタビュー4:朝の教室にいた長田
何だよ、急に俺のこと聞いて回ったりして。
別に。何でも話すけど。
初めてのBSS?
俺の幼馴染だ。
男女なんて関係無くて、家の近いみんなでずっと遊んでたよ。
ところが、彼女、
小学生になるとその事でみんなから色々言われるようになった。
それである日自分で羽を折っちゃってさ、こんなの無い方がいいって。
俺は
でも、中学に上がったら、同じ羽が生えてる奴と出会って、一緒に飛んでちゃったんだ。
俺は最後まで何もできなかった。
「それは、
あまり彼女が
「どうかな。こんなの聞いてどうする?」
◆
「私は」
誰も来ない南校舎四階の空き教室で、俺の話を聞いた後、トンボは
「ずっと一人だと思ってた。みんなとの間には
ふらふらと手を動かしながら、喋る。
「この一年はとても楽しかったよ。BSSによって、他人も自分も傷付けずにその人生に深く
「話に
トンボの声が震えていることを俺は
「ねえ、今回のBSS、止めたり、無かったことにはできない?」
「できない。今までもそうだったろ」
「私もそう思う。ねえ、長田。今、私のこと、好き?」
「ああ、でも後――」
「――後二週間でそうじゃなくなる、でしょ?」
「……どういうことだ?」
意を決したようにトンボは俺に背を向ける。
「啓かれたみたい、私のBSS野が」
「それは」
「昨日、今度は私の番かと聞いて、貴方が
◆
確かにこれもBSSだ。
俺の心に
こうなることは初めからわかっていた。
自己紹介をした日、トンボを見た時から。
「ちょ、ちょ、ちょ、キミ、今暇?」
それから一週間後。
放課後の教室で勉強している俺に女占い師が話しかけてくる。
室内には女占い師の他先日インタビューを受けていた俺と同じ中学の男女。三人は友達らしくいつもじゃれ合っていた。
後はトンボと池田。体育デーの
トンボも池田と楽しく会話をしながら、
目の前で愛する相手が
しかし、俺達にできることは何もない。
それがBSSなのだから。
「ちょ、
女占い師はしつこく
俺の机の前に座り、水晶玉を
「もう勝手に
俺はエセ
「――今、恋をしている、せやろ?」
「ん?」
女占い師は少し
「……むむむ、しかしその結果は――」
「――
「んん?」
二度も当てられて
「何でわかるんや?」
「わかるんだ、最初から」
「わかるのに、何もしないん?」
「しない。そうなるように決まってるんだ」
女占い師は首を
「誰が決めたんや?」
「知らないけど、最初から決まってる。わかっていても最後まで何もできない――BSSの
「変な人やね」
「変じゃない。BSSしたことないから知らないだけで、みんな本当はそうなんだ。俺が好きになる子はみんな、最後は背中の羽で俺の元から飛んでいってしまう……そうなるように決まってる。それが人生だ」
「……つまり、キミは」
彼女は
「長田」
代わりに話しかけてきたのは男子の方。
「なんだよ」
「いや。あの子、悪い子じゃないんだけど、押しが強くて」
「別に。気にしてない」
「そうか……あの」
「どうした」
「いや、大丈夫かなって。何か辛そうだろ、今のお前」
遠くからボクっ娘も俺のことをチラチラ気にしているのがわかる。
「平気だよ」
「ならいいんだけど。俺は、いつかお前がまた、あの時みたいな……四階の
「もうあんなことはしないよ、俺に羽はついてないんだから」
俺は
その後は女占い師がトンボと池田を勝手に占っているのを
「おお!! 二人の
「不可避……」
トンボがポツリと
◆
一週間後。
教室には
トンボと池田の仲は
「い、池田君! あ、あの、私……」
今日は最後の日。
「シュッ! シュッ! クリンチ止めろや!」
女占い師は
やや
作業の
それからはもう
ボクサー達もその様子に気付くと手を止め、食い入るように
「わ、わ、私……わ、私……」
「いや、関谷、いいよ」
いつまでも言い出せないトンボに
いよいよ、その時。
今回は本当に辛かった。
だが俺は平気だ、それが運命だからだ。
これを乗り越え、俺はまた次のBSSを待つ。
「俺も、好きだからさ、関谷のこと。付き合わないか?」
「……うん、私も貴方のことが好き!」
俺の脳に極大の破壊が訪れる――
「そして、今好きじゃなくなりました。別れましょう」
「えっ!?」
えっ!?
誰もが目を丸くする中、トンボは
それから、こちらを向いてビッと俺を
「不可避の運命なんて、明日の
思う
「あの空き教室で待ってるから」
最後に俺にそう告げて。
しばらく静まり返っていた室内だったが、やがてボクっ娘と男子が訳の分からない様子の池田を訳の分からないなりに
俺はトンボの元に行かなければならないと思った。
戸口に向かおうとすると、何となくボクサーと目が合う。
「これは占いやなくて、クラスメイトとしてのアドバイスやけど」
彼女はちょっと口元に手を当てて、言葉を選ぶように喋った。
「――あの子はけっこう
◆
空き教室までの道のりは恐ろしく遠く感じられた。
その光を受けて赤々と
俺を見ると、唇を
「トンボ、俺から話していいか」
「何?」
「お前の気持ちは、わかる。でも、受け入れられる気がしない」
「どうして?」
「今、頭の中がメチャクチャだ。あの日以来信じてきたことが一瞬で壊れて、何の予感もしない。でも、俺はやっぱり
彼女は笑みを崩さない。
「そうなんだ。今度は私の話をしていい?」
「うん……」
「実は、私、長田以外の人とも
「え?」
意味が分からなくて表情を
「両目2.0だからこの眼鏡にも度は入ってないし、本当はトンボって名前も嘘」
「……何の為に?」
フフッと、笑い声。
彼女はブレザーに手を掛け、脱ぎ始めた。
何でもないようにシャツのボタンを外し、肌が
「本当のことがバレない為に」
生えていた。
彼女の
それは
「は、はは、マジかよ」
俺は、それを見て吹き出してしまった。
トンボも首だけこちらに向けてニヤニヤしている。
ニヤニヤしたまま、彼女は口を開く。
「私、長田のこと、好きなんだ。ずっと一緒にいたいな」
笑いを必死で
なるほど、『あの子はけっこう嘘吐き』か……。
俺は、最後は背中の翅で俺の元から飛んで行ってしまうかもしれない彼女に、なるべく
「ああ、俺も前からずっと好きだった。俺と付き合ってくれ」
「いいや、それは違うよ」
彼女が次に言う言葉は、何となくわかる気がした。
「私の方が先に好きだったんだから!」
えー、中学ではBSS部に所属し、脳を破壊されまくっていました しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang
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