四_106 新たな古い言伝て
「ジェゼック王国は東部沿岸部の一勢力に過ぎなかった。イーラの港町辺りだな」
歴史のお勉強。
ロトニの私室の書棚には何巻もの辞書のような分厚さの本が並んでいた。見る限り装丁は決して古びた印象ではない。
その中のひとつ。表紙に書かれた年代を確認して卓に広げながらヤマト達に話してくれる。歴史書なのだと思う。
「イーラの港って聞いたことあったような……」
「あれでしょ、最初の闘技場作ったっていう。魔王だっけ? 魔王が死んだ跡地に」
うろ覚えのヤマトより先にアスカが記憶を探り当てた。
闘技場関係のことだったから強く覚えていたのかもしれない。
「それもだが、イーラ沖に龍が沈んだ話が歴史に近く有名だろうな。すぐ近辺に龍の爪痕が今も残っている」
「そうなんですか」
龍が実在した痕跡が残っていると聞いたことがあった。
爪痕と言い伝えられるものがあり、当時のことが言い伝えられている。
色々と歴史的な因縁のありそうな港町イーラ。
「ちょうど異界の龍が現れた時期と重なる。ジェゼック王国の始まりはその頃だ」
「大きな戦いだったみたいに聞きました。勢力図が混乱していたってことでしょうか?」
「世間ではそう言われている。しかしまあ……なんだ、少し話はズレてしまうが」
ロトニがヤマトを見て皮肉っぽく笑う。
分厚い本の縁をなぞりながら。
「まるで君たちにこの話をする為に代々歴史書を書き写してきた気分だ」
「この本はロトニ様が書かれたんですか?」
「家のしきたりでな。当主になる者はこの百冊を超える歴史書を写本する。歴史を学ぶのと同時に保存の為だが、幼い頃は嫌気が差したものだ」
紙が劣化して失われないように書き写す。
書き写しながら歴史を学ぶ。
子供にとっては面倒な課題で、嫌気が差すのも当然だろう。
「今も最近の出来事を後世に伝える為に書いている。当主の責務として、学者などに任せることは禁じられていた」
「代々の当主様が書いてきた本なんですね」
「後になればなるほど増えちゃうでしょ」
初代の時には一冊だったものが今では百冊を超える。
アスカの言い方は失礼だが、ロトニも同じことを考えたことがあるらしく苦笑して頷いた。
「エメレメッサの予言を受けたのだ」
「……」
ロトニの言葉を聞いて、ヤマトもアスカも思わず振り返ってしまう。
一歩引いていたフィフジャの顔を見上げるが、本人は予言の子だとか自覚がないらしく、ヤマトたちの顔を見て少し遅れて思い出したような顔をした。
「もっとずっと古い……私が知る限り最古の予言だ。それ以前の記録は戦乱で失われてしまったからな」
「その、魔王が攻めてきたって戦いですか?」
「全世界を巻き込み、それまでの国家も文化もほとんどが失われたと言われる」
地球で言えばノアの箱舟の大洪水みたいな感じだろうか。
発展してきた文化や技術が失われて、また手探りで始めからやり直しのように。
西暦元年にリセットされたと考えればいいのかもしれない。
「神々の時代のものはいくらか残った。ここの浴場や牙城など。牙城は壊せなかったのだろうが、うちはサナヘレムスに近かったから残ったというのが正しい」
「教会本部は平気だったんだ」
「魔人族と言われるズァムーノ大陸南部の種族。少数の彼らがどうやったのか、世界全土で壊滅的な被害をもたらしていった戦乱がおよそ九百年前」
フィフジャに聞いたことがある話。
大森林の南側の大地に生きる、他の人間たちと敵対的な種族。それが世界を壊滅させた。
彼らの長である魔王をゼ・ヘレム教会の聖人が倒して戦乱は収まったとか。
「荒廃した世界の中で、初代当主がエメレメッサから予言を聞いた」
――千の冬を数える間に子の子が伝える。
――其が目に映る此の風光。
――遥けき故郷は冷月に映り。
――土を枯らすは血が枯れる末。
「この言葉を残すように、と」
遥けき故郷。
気になるフレーズだが、こんな言葉だけでヤマトにわかることはない。もやっと頭に残るだけ。
隣のアスカも同じような様子。
前にも聞いたエメレメッサの予言も具体性があるものではなかった。
予言なんてそんなものかもしれない。具体的に示したらそれと違う方向に進もうとする意志も働くだろうからそんなものか。
「戦火に枯れ果てた惨状で聞いたそうだ。私の遠い父祖が、いつか子の子が誰かに伝えるのだと。逆に言えば、エメレメッサの予言を守れば一族は千年続くというわけだ」
千の冬を数えるというのだからそういうことになる。
外れない予言をするという光の精霊エメレメッサから、お前の子孫が伝えると言われた。だから伝え続けた。
もう九百年も存続しているというのなら、この予言も間違っていないと言えるのかもしれない。
遠い子孫が、エメレメッサの言う誰かにこの言葉を伝える役割を負った。
今、ヤマトたちが聞いた。
これは自分たちが聞くべき言葉だったのだと考えざるを得ない。
遥か遠くの故郷。つまり地球に関する情報は冷たい月とやらが鍵になっているのではないか。素直に考えればいつも丸い銀色の月に違いない。
色々と考えられることはあるけれど、それよりも先に疑問が口から零れた。
「どうしてその予言を僕たちに?」
「君たちというよりは、フィフジャ・テイトーだな」
「俺が?」
フィフジャも思い当たることはないらしく首を傾げた。
そんなフィフジャの脇腹にアスカが軽く拳を当てる。
「世界を枯らす予言の子なんでしょ」
「いやそれは……あぁ」
「世を枯らす予言の子。土を枯らすは血が枯れる時。枯らすという言葉が重なっただけなのかもしれないが、符合する予言はずっと気になっていた」
狂い秋月の予言。
円環因果断つもの、今生まれしもの。其れ母なくば龍を沈む。其れ母あらば世を枯らす。
フィフジャが産まれた日にエメレメッサが残した最後の予言。
ロトニ・ウォルンタース・イルダンの家に代々伝えられてきた予言と一部符合する。
「ただ偶然の一致なのかもしれんと思っていたが、海の悪魔ネレジェフに因縁を当家に持ち込んだとなれば、君たちが予言の子なのだろう。我が一族にとっての予言の子という意味だが」
「……そうですね」
血が枯れる時には土が枯れる。
世界が枯れるとなればロトニの血も途絶えるのも同時期か。
ロトニとすれば、そういう運命を回避したくてヤマト達に伝えたのかもしれない。代々受け継いできた言葉を。
「実際のところ、過去にもこれはと思える人物に伝えてきた経緯もあるのだ。何も門外不出の秘密の予言というわけではない」
「そうなんですか」
「誰に伝えよと言われたわけではないからな。既にエメレメッサに与えられた使命は果たしているのかもしれん」
世界の破滅を食い止めたみたいな明確な成果はわからないだけで、実際にはもう役目を果たした予言かもしれない。
ロトニはそう言うけれど、きっと違う。これはヤマト達に向けられた遠い伝言に違いない。
フィフジャの存在があったから伝える気になったというのも、何か大きな運命のようなものを感じる。
「私は君たちが予言の相手だと確信しているところだ」
「そうなんですか?」
「どうして?」
「私の代で予言が成就したとなれば気分がいいじゃないか」
尋ねる兄妹に向けて、ロトニは悪戯っぽく笑う。
ロトニのおどけた様子を受けて、少し神妙な気持ちになっていたヤマトたちも笑ってしまった。
重苦しい予言の言葉なんかよりよほど理解できる。
「話が逸れたな。ジェゼック王国の興亡についての話だった」
「ユエフェンに行くのなら、合わせて鉄聖女と教閥隊のことも知っておいて損はないだろうね」
「それ抜きでは語れん話だ」
仕切り直したところでニネッタの口から新しい言葉を聞かされた。
鉄聖女と教閥隊。ゼ・ヘレム教関係のようだけれど知らない言葉。
過去のジェゼック王国の話のはずだが、これから行きたいと話していたユエフェン大陸にも関わってくるのか。
人の歴史は物事が色々と繋がっている。ただひとつの国だけの単発のイベントごとで完結するわけではないのかもしれない。
◆ ◇ ◆
森の奥から…… 大洲やっとこ @ostksh
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