4匹のきつねを全て揃えよう!

烏川 ハル

4匹のきつねを全て揃えよう!

   

「はい、今回のおみやげ!」

 妻が旅行鞄から取り出したのは、見慣れたカップ麺。我が家の台所にも買い置きがあるはずの『赤いきつね』だった。

「これが……?」

 思わず疑問の声を上げてしまう。

 妻の仕事は研究職であり、毎年秋には学会発表という出張がある。今年の学術集会は大阪が会場だった。

 彼女は普通に地方銘菓を買うのを良しとせず、いつも奇を衒った土産を買ってくる。大阪といえばお笑いの街というイメージであり、今回は何だろうと私もワクワクしていたのに、よりにもよって平凡なカップ麺とは!


 表情が険しくなる私とは対照的に、妻はニヤニヤしている。

 それを見て一言、物申す気分になった。

「君らしくないな。近所のスーパーでも買えるような、こんなカップ麺でお茶を濁そうとは……」

「あら、あなたの目は節穴かしら?」

「あいにく僕は研究者じゃないからね。君みたいな観察眼は有していないのだよ」

 私は軽口を返しながら、妻がトントンと指で示す箇所に注意を向ける。

 蓋の右半分に掲載された、美味しそうなきつねうどんの写真。その油揚げのところに重なるようにして、『関西限定』の語句が印字されていた。

「なるほど。関西でしか買えない『赤いきつね』なのか」

「そうなのよ! つい最近まで、私も知らなかったんだけど……」

 待ってましたと言わんばかりの得意げな口調で、妻が説明を始める。


 東洋水産株式会社から発売されている『赤いきつね』は、言わずと知れたロングセラーのインスタント食品だ。日本人ならば誰でも一度は食べた経験があるはずだが、実は日本全国で同じ『赤いきつね』が売られているわけではなく、地域によって出汁を変えているのだという。

「その数、全部で4種類! 北から順に挙げていくと……」

 まずは北海道向け。鰹節だけでなく、地元の利尻昆布も使っており、マイルドな口当たりに仕上がっているらしい。

 続いて、東日本向け。昆布と鰹節の出汁で、これが私たち夫婦の食べ慣れている味だ。

 三番目は関西向け。今回彼女が買ってきた『関西限定』バージョンだ。

「昆布に鰹節、さらに雑節ざつぶしや煮干しも加えて、関西人好みのすっきり味」

「ちょっと待て。出汁の材料を聞く限り、東日本向けより増えてるじゃないか。むしろ味はしつこくなるんじゃないのか?」

「どうかしら。その辺りは、配合次第なんじゃないの?」

 少しだけ自信なさそうな声になりながらも、妻は話を続ける。

 最後は西日本向けで、こちらも出汁の材料は昆布、鰹節、雑節ざつぶしと煮干し。同じくすっきり味だという。

 妻の説明では、関西向けと西日本向けの違いが全くわからないのだが……。

 その点は、おそらく彼女も理解していないだろう。だから私も敢えてツッコミは入れず、スルーすることにした。

「関西向けは、今見せたように『関西限定』と蓋に書いてあるけど、北海道向けも同じ場所に『北海道向け』と書いてあるそうよ。あと、東日本向けと西日本向けには、それぞれちっちゃく『E』と『W』って書いてあるんだって」

 説明を終わらせた妻は、確認のため、台所から買い置きの『赤いきつね』を一つ持ってくる。

 二人で探さないと見つからないほど小さなマークだったが、蓋の端の『TOYO SUISAN』の文字の横に、確かに『E』と書かれていた。


「いただきまーす!」

 二人で早速、いつもの東日本向けとおみやげの関西限定バージョンを食べ比べてみるが……。

「どうかしら?」

「うーん。違うと言われれば違うような……」

 こういうのは本来、先入観があったら駄目なのかもしれない。関西版の方が出汁の原材料が多かったり、薄味に調整してあったり。そんな予備知識通りの味だと感じてしまう。

「二重盲検法じゃないけど、蓋は完全に取っ払っちゃって、どっちがどっちかわからなくしてから食べるべきだったわね」

 少し失敗した、という口ぶりだが、妻の表情は満足そうだ。

 結局どこの『赤いきつね』も美味しいのだから、自然と幸せな気持ちになるのだろう。


 良い香りの湯気に包まれて、うどんをすする妻を見ながら、私は考えていた。

 来月の結婚記念日、今年の妻へのプレゼントは決まったな、と。

 4種類の『赤いきつね』を買い揃えて、結婚記念として一緒に食べ比べをしよう、と。




(「4匹のきつねを全て揃えよう!」完)

   

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4匹のきつねを全て揃えよう! 烏川 ハル @haru_karasugawa

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