GRB×取り柄無しの高3女子

 力強い加速、キレのあるコーナリング。これを乗りこなしていると思う時、自分に唯一の取り柄を見出せる気がした…


 私には取り柄がない。取り立てて勉強ができる方ではないし、運動に関してはやや苦手としている。人と話すのも得意ではない。教室では大体一人でぼーっとしているか、教科書を適当にパラパラやるくらいなものだ。大学受験が近づいているから参考書とかも読んだり、問題集にも取り組んだりするがだからといって本当にそれが特別だというわけでも無かった。みんなそうなのだから。

 少しだけ自慢できるとしたらつい最近自動車免許を取得したことくらいか。5月生まれというちょっと恵まれた環境と相なってのことだ。もっとも、肝心の車は家のものに乗って、家族が動けない時に乗るくらいなものだが。同級生の中にはすでにバイクを乗り回しているのもいるし、そっちの方が人気を集めている。

 本当に車に乗るのはたまーにだ。だから、車に頻繁に乗りたいと思える日が来るとは思ってもみなかった…


「結生よ、ちょっと車出さないか」

 父から言われたのは秋が深まる前のことだった。一体なんの用だと言うのかわからないが、とりあえず父に連れられるままに自宅の軽自動車(スズキのアルト)に乗り込む。

 行先は父に指定された住所、どこに向かわされるのだろう?とにかくカーナビの指示に従ってアルトを走らせる。

 走らせること1時間。着いたのは父の兄の家だった。こんなところに住んでいたとは。正月や特別な事情がない限りほとんど会わないから意外と遠くに住んでいるものだと思ったが、単純にあまり顔を出すのが得意でないだけかもしれない。

 で、一体なんの用だったのかというと、叔父が新たに車を買うに当たって以前から乗っている車を処分したいというのだが結生が免許を取ったという話を聞きつけた。どうやら車を押し付けたいらしい。

 それがGRB型スバル・インプレッサWRX STI、カラーはダークグレーメタリック。しかも叔父の手によってカスタムが幾つか施されているような品物だった。内容としてはスパルコREVシートの装備、ステアリングをスパルコのR345スエードに交換、STIオリジナルのダンパースプリングとタワーバー組み込み、それとシムス製ECU「TRECS」と同ツインマフラーによるエンジンの味付けが施されていた。

 どうも、売るよりかは親族に渡したいというのが叔父の意思らしいのだが、誰も引き受けてくれなかったという。それはそうだ、走りを追求したカスタムが施された車なんて普通に使う分には不要というか、無駄な装備だ。そんなのがゴテゴテとまでは行かなくとも付いた車に乗りたいと思う者はそうそういないだろう。

 どうやら、最後の頼みの綱が私らしい。そうなると選択肢は二つ。ここで引き受けるか、断るか。

 正直自分の人生初の車は自分で選んでみたい…しかしながらこのいかにもよく走りそうなカスタムが行われた車に全く興味がないかといえば嘘になる。一回乗せてもらうか…

「一回、乗ってみていいですか。それで決めます」

 叔父は快諾して、キーを手渡した。

 早速解錠、ドアを開いてREVに座る。驚くほどしっかりホールドされる。肩も揺れない。これはカーブとかでかなり効くんだろうなぁと推測する。R345ステアリングはスエード生地が独特の触り心地を産んでいる。これはグローブが欲しいと思った。

 キーを捻ってエンジン始動。

「キュルルルルルルルゴォボボボボボボボ」

 EJ20エンジンがシムスツインマフラーと共に奏でる鈍く低い、力強さを感じさせる音は如何にもスポーツサウンド。うっかり吹かしたら間違いなく近所迷惑だろう。

 叔父がナビシートでシートベルトを着用したのを確認し、シフトレバーを倒して1速に入れて発進。パワーがあるためアクセルは慎重に踏み込む。ゆっくりと走り出した。

 とりあえずどこに行けばいいですか、と聞いてみた。叔父はとりあえず近くの道をぐるっと回ってみようと言う。

 アクセルを踏み込み4000回転まで引っ張る。一気にパワーがかかるのを感じる。クラッチを切って2速へ変速。繋がった瞬間、これは慣れると楽しいのではないかと思わされる。

 交差点を左折。ここで感じるのがSTIダンパースプリングとタワーバーの力だ。しなやかに、キビキビと曲がって行く。この車両がハッチバックであるが故、より曲がりやすいのも大きな特徴か。アクセルを再び踏み込むとガツンと加速して立ち上がる。これは面白い…

「これ、引き受けます」

 気づいた時には叔父に向かって言っていた。

 所有者の変更手続きがあるためすぐに引き取って持ち帰ることはできないものの、その言葉を聞けただけで叔父は満足そうだった。早く引き渡してやりたいよ…とちょっと悔しがるほどだった。


 それから暫くして中間試験が終わった時、叔父からインプレッサを取りに来てくれと連絡があった。すぐ行きます、と父を連れてアルトを走らせた。

 インプレッサは間違いなく私の車になっていた。ナンバーが自宅住所に対応したものに付け替えられ、手渡された車検証他の書類に記された名前は全て私のものだった。今から所有者はこの私になるのだ。いや、正確には手続きも一通り済んでいるからとっくに自分の持ち物なのかもしれないが…まあともかく、今後これに乗って行くことになるのだ。

「どうもありがとうございました」

 そう一声をかけ、REVシートに座る。帰宅したらとりあえず取説しっかり読まなくちゃなぁ…と思いながら家に帰った。


 それからというもの、勉強と並行しながら取説を読んで車の扱いについて学ぶ日々が続いた。学校の方では車を手にしたと幾らか話す仲の人間には話したが、あまりピンと来なかったらしい。男子でも一人二人興味を示す者はいたが、大半はスルー。

 インプレッサがどんな車であるかと言った点にも興味をそそられて調べたこともあった。いつしか一端の車好きのようなものになっていた。


 期末考査が終わったある週の土曜日。深夜に目が覚めた。枕元の目覚まし時計を見たら4時少し前、さて、どうしたものか。とても今から寝付けそうにはない。

 ふと思った。休みの日は親が起きてくるのは8時を回ることがザラだ。それまでの間、ちょっと走って来ようか。高校3年生である、さして行動に厳しい制限が課されているわけではない。

 それに実は目星をつけていたスポットがあった。近くの峠の頂上にある展望台、そこで新年の初日の出でも見るかななどと思っていた。一回下見レベルで行ってみるのも悪くないだろう。長袖シャツ、ジーンズにパーカーを着て、財布他そう多くないものを持って家を出た。

 車に乗り込む。早朝の時間帯だから下手に大きな音は立てられない。少し暖機してから2速低回転で回しながら住宅街を抜けた。

 主要街道に出てからいよいよ本領発揮である。他の車も少なく90km/hで巡航、峠の入り口まではそう時間も掛からなかった。

 峠の入り口、ここからは常時ハイビームで走っていく。車も殆ど通らない時間、ちょっと攻めて行きたいと思ったが、叔父曰くブレーキ周りをもう少し弄らないとスポーツ走行は危険だそうだ。だからゆっくりと走る。それでも普通に走る車の1〜2割増しの速さではある。

 一呼吸整えてスタート。2速のところから5000回転まで引っ張ってシフトアップ。両足をフルに使う経験は初めてだ。

 かなり緩めの右カーブを抜けた先にミディアムでコールされそうな左。既に4速に入っているところをブレーキ、3速まで落とす。回転を幾分かキープしたままコーナリング、インに寄せ過ぎず、アウトに膨らみ過ぎずのちょうどいい塩梅。タワーバーによる剛性アップ、スプリングによる味付けによりしっかりと曲がる。

 立ち上がってすぐミディアム右のタイトゥン。センターラインギリギリのライン取りでクリア。修正舵無しでここまで走ることができた。

 いくつかカーブを抜けてやや長めの直線。ちょっと出しちゃうか…などと考えるが早いか、シフトレバーは4速位置、100km/hを少々超えた。微かな恐怖も感じたが、快感が上回った。こんなにも気持ちの良いものなのか。あまり慣れすぎてもまずいが、これは再びやりたいとも思えてくる。

 飛び込んで来るは急カーブ注意の標識、2速まで落とすのが良さそうか。左足ブレーキ、からすぐ左足をクラッチ、右足爪先をブレーキに置いてヒール&トゥ、スムーズな減速となった。初めてにしてはかなり上出来である。フロントにしっかり荷重が掛かっていることを確認しながらブレーキを緩めてステアリングを左へ。既に走りに目覚めているのが自分でもわかった。これはいつか自分もサーキットに行って走ったりするのだろうか…などと考えたりした。

 こうして峠道を楽しく走ること20分が経ち、気づけば頂上展望台に着いていた。実にあっという間、これは定期的に通いたくなる。

 着けてきたG-SHOCKを見ると時刻は5時56分、日の出までは30分くらいの余裕がある。財布を持って外に出ると、朝の冷気が頬を撫でる。パーカーを着てきて良かったな、と思いながら自販機へ歩く。とりあえずBOSSコーヒーを買った。これで日の出までの時間を潰す。

 コーヒーを啜りながらこれまでのことを思った。当初は車は単なる移動手段でしかなく、叔父の勧めも押し付けみたいなのを感じていた。

 しかし今日こうして峠を走ってみて、楽しく走ることができると言うことがわかった。きっと叔父はそういうのが好きだったからこそあそこまでインプレッサに手を加えることができたのだろう。そしてその恩恵を麓から頂上までの時間で自分は受けることができた。本当に感謝だ。

 今後はいろんなところに行って走ったりするのが楽しみになるだろう。大学に行けば免許持ちはもっといっぱいいるはずだ、流石にこんな車に乗っているのはいないかもしれないが。

「来た」

 稜線から一筋の光が差し込む。朝の光だ。しかしただの光とはまた違う。

 これからの自分がどこに向けて進んでいくのか、光は示してくれているように感じられた。

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