第3話

 いつものベンチにいた。立ち上がって後ろを振り返る。こっちはまだ見ていなかった。

 植え込みの向こうの、自販機前に白いバンが停車した。スーツ姿の人が降りて自販機に向かう。他の販売機より10円安いので利用者が多いのだ。

 突然気がついた。ミウを跳ねた車は白いバンだった。事故現場で見ている。そうか、あの車は、ここを通過して事故現場に向ったんだ。接点はこれだったのか。

 僕は走った。車は同じ車種だ。間違いない。自販機の前の男性に声を掛ける。

「あの、すみません」

 男は振り向いた。この人だったろうか。ミウの家に行ったとき、玄関から出てきた二人とすれ違った。後でミウの父親から、運転していた人と上司だと知らされたけれど、暗くて、顔はよく見えなかった。

「この辺にコンビニはないでしょうか」

「ああー」と少し考えているようだった。時間をつかってくれ。現場への到着時間がそれだけずれる。

「ミニマートなら、この道を……そうだね200メートルほど言ったところにあるよ。二つ目の交差点だ」

 男はその方向を指さした。

「ありがとうございます。助かりました」

 時計をみる。残り五秒。ベンチに戻る途中で、この世界を離れた。


 気がつくと読経が聞こえる。また失敗だ。そうか足止めする時間が短過ぎるんだ。僕は二分しかあそこにいられない。それ以上は無理だ。どうする。必死で考える。


 香澄公園にいた。11回目のタイムリープ。すばやく鞄から布のペンケースを取出すと、カッターを手に持った。自販機前の駐車場に走る。植え込みに隠れ、花壇のレンガを手に持った。今、バンが停車した。

 背をかがめて、助手席側にまわりこむ。ドアが開く音。男が自販機に向かうのを確認すると、前輪のタイヤにカッターの刃を当て、反対側にレンガを当てて体重を掛けた。刺さった。引き抜くと、空気の抜ける小さな音がする。うまくいった。

 戻ろうと立ち上がりかけたとき、ドアに、クマガイ商事の文字も、クマの顔もないことに気づいた。あの車ではなかった。なんという早とちりだ。

 呆然とする中で、白いバンが渦を巻いて見え始める。戻る時間だった。


 読経が聞こえる。ミウは助かっていない。当然だ。あの車ではなかったのだから。やっぱり過去は変えられないのか。それならば、僕はこのループから抜け出せないことになる。でも僕は信じている。ミウが一緒にタイムリープしている僕を、無限ループの虜にするはずがない。

 それにしても、2分の時間しかないんだから、慌てて見誤るのは当然だ。僕には早とちりの才能もあるし。自己弁護しているうちに、焼香の順番が来た。ミウの遺影の前に立つ。ミウ、僕はいったい何をすればいい。


 後から来る学校の仲間が次々と僕の隣の焼香台に進んでいる。僕はまだ遺影の前にいた。あわてて一礼するとそこから離れた。タイムリープが起きない。どうしてだ。混乱した頭で席に戻る。タイムリープに限界があるのか、それともミウがあきらめたのか。どちらにしろ、これでチャンスは失われたのだ。

 葬儀会場から、ミウのクラス仲間5人と一緒に通りに出た。女の子たちからミウの話を聞かせてもらうことにしたのだ。学校での様子を僕はあまり知らなかったから。

 近くのファミレスに向う。聞こえる会話から、ミウは、その子達にとても好かれていたことが分かる。僕たちがスマホショップの前を通り過ぎたとき、悲鳴のようなブレーキ音が後ろから聞こえた。すぐに激しい衝突音とガラスが割れる音。振り向くと、車が、今通り過ぎたばかりの店に突っ込んでいた。

 女の子達を離れた場所に残し、車に駆け寄る。店の人も出てきた。前部が店にめり込んでいる。エアバックが開いていた。少し歪んだドアは、引くと意外にもすんなり開いた。車は白いバンだった。そして今、自力で車から降りてきたのは、あの自販機の男だった。近くで誰かが救急車を呼んでいる。僕はやっとタイムリープの意味が分かった。


 ミウは、事故で搬送されるとき、同じように事故にあう僕らを予知したのだ。その場面は自分の葬儀の帰り。だからミウは自分が死んでしまうことが分かったのだ。僕のことも仲間のことも、予知していながら自分は助けることができない。そこであの白いバンと僕が偶然近づく8時41分に僕をタイムリープさせたのだ。僕だけは、タイムリープしても記憶を保持し続ける。僕があの車に気づき、状況を変えるまで何度もそれをくり返したんだ。

 二分しかそこにいられなかったのは、ミウが意識を保てる限界の時間だったんだ。

過去は変えられないけれど、未来は変えられる。この世界から去る間際に、ミウは僕らを救ってくれた。ありがとうミウ。やっと、今、僕にも能力が授けられたようだ。そのときのミウの思いを感じることができる能力、そして、もう何も考えずに、おもいっきり泣く能力も。

 それにしても、ミウ。僕の早とちりをちゃんと予測していたんだね。もし公園であの白い車をよく確かめたら、僕はなにも状況を変えられなかっただろう。


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ミウと僕の夏の公園 嘉太神 ウイ @momizi2067

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