第17話

 マッカンダル侯爵かぁ。それはかなりうさん臭い……。香ってくるよね、陰謀の匂いが……。


「北の街へは魔法陣で移動したあと、馬車になる。マッカンダル領の中心地である領都に繋がっているのだが、そこは通らずに違う魔法陣を使おうと思う。余計な諍いは避けたいからな」


 ザイラードさんの言葉に大いに頷く。

 北の街の人たちの様子を見たいし、魔物の悪い噂は消したいが、マッカンダル侯爵には会いたくない。


「旅程の都合が付き次第、ここを出ることになるが、いいだろうか?」

「はい、もちろん」


 ということで、北の街へとやってきたわけですが……。


「すごくじっとりとした感じの街ですね……」

「そうだな……。暗澹としているな……」


 暗澹。あんたん。見通しが立たず、希望が持てないさま。街人たちがまさにそんな顔をしている。空には厚い灰色の雲がかかり、街の茶色いレンガの壁がくすんで見えるせいかもしれないが……。


「魔物に襲われたせいでしょうか。チーズの村は不安そうでしたけど、こんなに暗い雰囲気がじゃなかったのに……」


 訪れたばかりのチーズの村を思い出す。魔物がまた来るのではないか、森をどうするかなどの不安はありそうだったが、 私たちの訪問を歓迎してくれた。

 が、北の街の人々はだれとも顔を合わせようとせず、私たちから逃げるように顔を伏せて歩いていくのだ。


「……魔物の害があったあとに、魔物をペットにしている私が来たら、そりゃこうなりますよね」


 自分の考えの及ばなさにふぅとため息を吐く。

 チーズの村の歓待で木が大きくなっていたのかもしれない。私が行けば人々が喜ぶなんて、おこがましいかった。

 きゅっと唇を噛むと、そっと柔らかい手が頬に当たり――


「トールのせいではない。魔物の被害は軽微なものだと聞いている。実際に街人の目に魔物への恐怖は浮かんでいないだろう。ほら」


 そっと顔を持ち上げられ、視線を上げる。

 そこにはこどもが三、四人いて、こちらをキラキラとして目で見ていた。


「わぁ……小さいのが空を飛んでる! かっこいい!」

「あの白いふわふわのもかわいいよ」

「黒いふわふわのもかわいいね」

「あの水色のは……水色のは……、なに?」


 うん。最後の子だけキラキラとした目ではなく怪訝な目でクドウを見ているけど、たしかに恐怖ではないな。普通に魔物たちに興味津々って感じだ。


「もっと近くで見てみる?」


 ほかの大人たちより、こどもたちのほうが触れ合えそうなため、こっちへおいでと手招きをする。

 ザイラードさんはそれににっこりと頷いた。


「なるほど、まずはこどもから事情を聞き、状況を把握するんだな」

「はい、とりあえず、なんですけど」


 こどもたちは私の手招きを見て、お互いに顔を見合わせる。すこし考えたようだが、みんな一斉に「うん」と頷いた。


「「「見せて!」」」


 そして、ワッと走ってくる。

 コウコちゃんはそれにびっくりしたらしく、走って建物の影に隠れる。レジェドは我関せずと言った感じで私の肩であくびをし、シルフェはふんふんっと鼻息を鳴らした。


「シルフェ、すこしだけみんなに見てもらってもいい?」

「イイヨ! サワッテモ、イイヨ!」


 シルフェはそう言うと、自分からこどもたちのほうへ体を近づける。

 さすがシルフェ。善の象徴。基本的には人間に対して友好的。白いポメラニアンになっている今、ただのなつっこい犬である。

 こどもたちはおっかなびっくり手を出すと、シルフェがそこにぐりぐりと体を擦りつけていく。こどもの小さな手はふわふわの白い毛に埋まって見えなくなった。


「わあ……‼ ふわふわ!」

「ぼくも触ってもいい?」

「イイヨ!」

「わぁ……ふわふわ……」

「本当だ……!」


 三人のこどもはシルフェの毛皮に感動したようだが、一人だけはそんな魅惑的な毛皮よりも気になることがあるようで……。


「あの、それは、……なに?」


 うん、うん。そうだよね。気になるよね。

 こどもの目線の先にいるのは……。


「ナンヤネン、失礼ナヤッチャナ」


 クドウです。水色の関西弁のペンギンです。


「あのね、この子はね、寒い場所に住む生き物でね。鳥だけど飛べないんだ」

「鳥だけど、飛べないの!?」

「イヤ、飛ベテタンヤデ。ケッタイナ体ニシタノハ、トールヤカラナ」

「この金色の目はね、光がないけどちゃんと見えてるの」

「ぜんぜん輝いてないけど見えてるの!?」

「元々ハ、輝イテタンヤデ」

「それでこの体はね……」


 クドウの体をぎゅっと抱きしめる。

 腕がズムムムムッと沈んでいった。


「とっても粒の細かいビーズでできてるんだよ」

「ビーズで!?」

「ソンナワケナイヤロ」


 今日もツッコミペンギン。


「教えてほしい。この街でなにか変なことがあるとだれかが言っていたか?」


 私がクドウとこどもと話している間に、ザイラードさんがシルフェと戯れていたこどもたちに声をかける。

 こどもたちは眉根を寄せたあと、なにかに気づいたように「あっ!」と手を挙げた。


「パパが言ってたよ! 税金が高すぎてもう暮らしていけないって」

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魔物をペット化する能力が目覚めたので、騎士団でスローライフします しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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