旧家にて

秋は廃墟の実家へ向かう。

懐かしい実家。

久しぶりに訪れる。

実母を冬が殺害し、曰く付きの家。

小早川家は代々芸術で名を残す。

旧家の没落は当時話題となる。

今でも没落した旧家の外観を見に好きものがやってくる。

家は父の弟が管理する。

何故手離さないのか。

親戚一同彼に詰問する。

小早川本家の秋たちを席から外して。

父の弟は異国でギャラリーを開く。

彼は父親とは違い本格的に芸術に関わる。

彼は苦々しく口を開く。

『たとえどのような道筋を歩もうと僕たちは受け継がれる魂を手放すわけにはいかない。形が存在するなら繋ぐ。僕のポリシーです』

今、実家には誰もいない。

塀の外にいる秋と春の選択肢に実家に残留はない。

外観から埃が漂う。

実家を前に秋は思う。

生きていて何かを実行しても虚しい。

母親は娘に殺され、父親は行方不明。

家族史は暗雲である。

希望はない。

過去は取り返しがつかない。

家だけ時の流れに取り残される。

誰がいようと関係ない。

器。

賑やかな時代を思い出す。

子供の頃、一家で盛り上がる。

忘れよう。

門を開ける。

足を進める。

今回の目的は兄。

存在の証を探す。

実家は兄妹が離れてから、季節毎におじさんの知人による清掃が行われるが基本的に元のまま放置されている。

どこもかしこも懐かしい。

秋は目を細めながらみる。

過去の家族写真。

棚のプリントの束。

瞬きをする。

何処にも兄がいない。

気が進まない腰をあげて、休みを繰り返しながら捜索を進める。

母や父、姉や妹の部屋。

母は昔を愛する気質だ。

過去の思い出を想念させる写真や風景画が飾られている。

父の部屋は整理されておらず、入ることを躊躇させる。

ガラクタやゴミばかりが目につく。

どこを探しても見つからない。

自分の部屋には何もない。わかっている。

ノスタルジーを誘うソファーに座る。

外からの日差しがオレンジ色に埃を染める。

時が止まる場所。

精神に惑いを生む。

帰ろうかな。

秋は腰をあげる。

ガチャッ。

秋は扉の方を見る。

女性がいる。

見たことがある。

秋は振り返る。

「お久しぶり」

長髪の華麗な女はお辞儀をする。

ぼんやりの秋に女はしかめっつらをする。

誰か認知していないことが伝わる。

「桜です。覚えていませんか」

名前を聞き、記憶の辞書をめくる。

桜。秋野桜。

父の弟の娘。

大きなクッキーをフリスピーにして遊ぶ自由な女。

「久しぶり」

「覚えていないくせにやけに堂々するわね」

桜は不満だ。

「どうして此処に」

「春ちゃんから伺って面白いことがあるもんだなって」

何も面白いことはない。

葬式のあと桜がいる場でもう家とは関係を切ると宣言する秋。

気持ちの変化がある。

時間薬だ。

桜は愉快な奴だ。

「どう。成果はありますか」

「全くない」

「眉唾ですもん。私もお父さんに伺います」

「手伝ってくれるのか」

意外だ。人に驚きを与えることしか能がない女なのに人は変わる。

桜は人の考えを感知する。

意外そうな顔を嗜める。

「私だって大人ですよ」

桜は美術誌の記者として活躍する。

人は会わない間も生きている。

良い再会ばかりとは限らないが、桜は、うん。良いな。

秋はまじまじと桜を見る。

桜は紅顔する。

「柄になく緊張でもしているか」

「緊張? まさか」

桜は腕を組む。

葬式以来だ。

あれから自分は何をしたか。

何が変化したのか。

自身の運命は決して無意味を拗らせてはいない。

しかし世界から伺って事実、何か大きく変容したかというと変わらない。

外面を意識する。

自身の愚かさに身を震わせる。

桜は秋の身内に起こる思考の乱れを意識しない。

彼女は秋が無駄なことに悩み苦しむことにため息をこぼす。

「秋くんは本当に変わらない」

胸がぎゅっとなる。

変わらないことが痛い。

変わらないことに固執する自分がいるのに。

まるで映画のように、映画館で秋は赤い椅子に座り、客が二、三人の深夜、映画を見ている。内容は秋の人生、シーンは今ここ。

秋は観客なら他人の人生に無責任に感情を使うことが出来るのにと嘆息する。

これからも秋は自分を通して世界と通じる。逃げれない。この物語の直接的な演出家は私である。この色でいいのか?

自問自答を繰り返す。

「ねぇ。桜」

「なに」

「飯でも行こうか」

「いきなりね」

「なにか、むねがぎゅーとなる。そう言う時ってないかい」

「うーん。あるけど」

「今がその時だ。そう言う時はばーと飯を食うに限る」

「まあ。付き合ってあげるわ」

二人は家を出る。

夜の町に出る。

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小早川家の夏 容原静 @katachi0

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