小早川春のはじめての個展は成功した。

彼女は作家としての道を歩みはじめた。

芸術関係の雑誌でも紹介されている。

「あの子は必ず何かを成し遂げると思っていたけれども。すごいわね」

彼女の姉、小早川冬は牢獄の中にいる。

弟、小早川秋は一ヶ月に一度の面会を欠かさず行う。

秋にとって、特別行動する理由はない。ただの習慣である。

「まだ始まったばかりだ。しかしこれからも続くだろうね。すごいよ」

「あなたの芸術は如何なの」

「僕は特に何もできていないよ」

秋は写真を撮る。

女の写真。

風景の写真。

自分の記録。

誰に見せたいとかではない。

自分で自分を慈しむ。

芸術なんて高尚なものではない。

ただの記録だ。

「そう? あなたもいつか世間に名前を残すと思っているけれど」

「僕の場合、春と違って姉さんと同じような悪い意味で残しそうだけれどね」

「そんな悲観的になる必要はないわよ。あなたの人生だっていつかは花を咲かすわ」

秋は鼻で笑う。

「なに、笑ってるのよ」

不愉快そうに冬は口を曲げる。

「ねぇ」

冬は顔を曲げながら話す。

「覚えているかしら。私たちにもう一人兄弟がいたことを」

秋は記憶を探る。覚えがない。

「いた? それは姉さんの妄想ではなく?」

「失礼ね。いくら暇に明け暮れているからって記憶を改竄するところまで気は向いていないわよ」

「失礼」

「はい。でも、本当にいたのよ。私たちにはもう一人。確か、兄だったと思う」

「初耳だ」

「だって貴方が産まれる頃にはもういなかったからね」

「死んだの」

「それが思い出せないのよ」

「幻じゃないの」

振り返っても両親も家にも兄が存在した匂いは全くない。

「でも、確かにいたわ。顔は覚えていないけれど、面影が。最近、急に思い出したのよ」

たしか、名前は。

「夏。」

summer。

ハローサマーアゲイン。

夏よこんにちは。

春よ。

秋よ。

冬よ。

僕たちは四人で手を繋いで生きる。

命を喜びながら。



「という話だけど」

部屋中に油彩の匂いが漂う。

春はため息を吐く。

「姉さん、流石に頭がお狂いになられたんでは」

「春もそう思うか」

秋は缶コーヒーを口に含む。

「いたんだったら、流石に遺影の一つぐらいお母さん置いていたんじゃない。全くないし、話にも出てこないし。」

「どういうことなんだろうね」

「兄さん、あんまりろくでもないことに肩入れしない方がいいわよ」

春は心配そうに秋を見つめている。

「そうだね。うん。分かっているんだ。でも。うん。気になってしまうんだ」

「それ。悪い癖よ。墓穴を掘りすぎてブラジル行きを成功するならいいけれど、そこまで行かないうちに眠り込んでしまうのが兄さんだから」

「心配してくれて嬉しいぞ」

春はため息を吐く。

「なんで私にはろくでもない兄と姉しか居ないんだよ」

実際、小早川家で一番しっかりしているのは春だった。

秋は苦笑する。

「とにかく探ってみるよ」

「精々苦労しすぎずに」

秋は立ち上がる。

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