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この学校には亡霊がいます。ある日突然、そういった話を誰かから聞いたとして、そういった奇怪な事に興味を持つひとというのはどれほどいるだろう。かならず、大人でも子供でもみんながみんな、亡霊を探そうとは考えない。多くが、探そうとは思わない。当たり前だ。どうしても抑えがきかず、気になってしまい、聞かなくてもいい話を少しでも深く知りたいとは思うかもしれない。「亡霊? なにそれ」。だが、皆が皆、怖い話が好きとは限らない。
南坂高校一年A組成瀬つぐみは、その噂についてとくべつ興味関心がある側の人間だった。高校に入学するよりもっと前に、彼女はそれを知った。桜咲き、入学して、クラス分け、そして同じ教室のこれから先仲良くできそうな人がいて、その友達から聞いた――そういうのではない。制服を着る前から、彼女は知っていた。似た格好の生徒がいて、元気な声が飛び交う廊下や教室のなか、彼女は誰よりもおそらく気持ちが高ぶっていた。その噂の人物を、私が探してみせる。ついでに何か真相でもあるなら、それも解き明かしてみせよう。実におもしろそうだ。そんな感じ。彼女は活力に溢れていた。
彼女は待っていた。とても静かに。
高校に入ってからの数日、成瀬は誰とも口を利かなかった。もちろん、一度も学校で「口を開くことが無かった」ということではない。自宅でも「そうだった」わけでもない。彼女は話すことをしなかった。他人から見て、友好的な感じではなかった。大仰な表現にはなるが、非常に面白くなく、退屈でつまらない。クラスの中には気になり、声をかけてみたはいいが、自分が相手に嫌われているように見える人もいただろう。弾みも温かみもない会話。答えの無い事も。続かなかったのだ。
同じ教室の女子が声をかけても、彼女は返事をするだけ。相手が静かな子、明るい子だろうと関係ない。
距離を置くその姿、いつもその瞳は「何か」を見ている。幽霊でも見ているのかもしれない。黙っている姿は絵にはなるので、どこか魅力的に感じたのだろう(三谷の言うように、気があったのかは知りようがない)、男子生徒だって声をかける。だが、それもまた返事をするだけで終わってしまう。
彼女は何に不満があるのか。教室で一人、校内で一人で、何を考えているのだろう?
周りを馬鹿にしている。そういうふうに見える人もいるだろう。自分は周りとは違うのだ。多少捻くれた考え方ではあるが、そう思えたとしても、だからといってどうにもならない。言う側からしてみれば、正解か不正解かは重要ではない。当の本人に関しては、何も言っていないのだから。
しかしある時、成瀬つぐみは言った。「この学校の亡霊って知ってる?」
そこから、彼女の名がまたひとつ広まった。小さな波紋だ。
彼女は見つけたいと思っている。
知る人は、よく知っている。南坂高校の亡霊だ。聞かれた人は、喜びと驚きがあった。彼女がやっと話した。彼女もそんな荒唐無稽な話に興味があるんだ。
「私ね、その亡霊を見つけようと思ってる」
たいていのひとは本気で言っているのかと耳を疑う。ただの噂だろ。冗談で言っているのか。小学生でもないのに子供だましを彼女は信じているのか。
人の気持ちは常に差があった。音があり、温度があり、なにより硬さがあった。
彼女は真剣だった。
それはどうしてか。
尾崎は学校に通い、日常を送るなかで同級生の顔を見ていた。すこし変わったやつがいて、そんな変わったやつに向けて、彼らが入れ替わり声をかける様子が自動的に視界に入る。離れた場所では、集まって、聞こえるか聞こえないかの声量でおしゃべりをする。内容に良い悪い関係なく、せめて話をするなら、もっと本人に聞えないような場所を選ぶべきだろう。
彼は入学してからできた友人にいくつか質問をした。彼女について。休憩時間のことだ。その時、成瀬つぐみは教室にいない。彼(増田)は成瀬つぐみと同じ中学の卒業生らしい。「中学でもあんな感じだった」「そんときも、亡霊のことを言っていた」「ぜったい、仲良くなろうとは考えるな。あいつにその気がない」「あれこれ言っても、聞かない奴は聞かないんだろうがな」「気のせいか。カフェオレをよく飲んでいる」
当時の尾崎は成瀬と話したことがないわけではなかった。だが、会話と呼べるようなものではなかったと彼は自信を持って言える。彼女が消しゴムを落として、それを拾った。「落としたぞ」「ありがとう」その程度でしかなかった。
どうにか同級生の顔を覚え始めた頃、担任の提案により席替えをすることになった。「偶然」というほどではないにしても、彼は彼女の席の傍となる。
近くにいる、というのは不思議な感覚だった。
尾崎は成瀬に対し、黙っていることがあった。卒業した中学は別々、しかしながら彼は入学式よりも前に彼女と会っている。記憶が確かであれば、そうだった。スーパーとか駅とか商店街とかそういう場所ではない。
聞けば、大多数がおかしな話に聞えるだろう。彼だって自分でもそう思っている。『夢の中で、彼女と会っていた』。時期で言えば、高校に入る前である。
夢で、彼女を見た。それは間違いない。俺は以前、成瀬とどこかで会ったことがあるのか? どこかで会ったことがあるから、登校間近になって、夢の中で、俺は『見てしまった』というのか? そして、学級も同じとなり。馬鹿げた話だ。
席が近くなっただけ、それだけで尾崎は彼女に話しかけてみようと考えた。彼は担任の提案による席替えがなかったら、このような気持ちにはならなかっただろう。
夢のことは話さない。
そんな彼でも、会話は続かなかった。
ある日、尾崎は「南坂高校の亡霊」について彼女に尋ねてみた。「成瀬は興味があるらしい」「人から聞いた」そのぐらいの知識だったので、気になった(休憩時間が暇だった、というのもあるが)。どういう人物なのか、彼女の事が気になってしまった。それもある。『なにもなかった』。夢も見ていない。何かの間違いだろう。全てがたまたまだ。では話しかけたとして、その先どうなるというのだ。どうでもいい。普通だったらそんなふうに、相手をただの「同級生」の一人として何事もなく、自身の高校生活に戻っていってもよかったのだろう。
なぜそこまで、みんな(俺も含めて)他人が気になるんだろうなって。
すぐに尋ねなかったのは、会って急に話すような話題でもないから。
尾崎は成瀬の話に耳を傾けた。とりあえず彼女が何に興味を持っているのかを知りたかった。いつだって、休憩時間も、授業中も、彼女は何を見ているのか。
もしかしたらそれが南坂高校で成瀬との唯一、長い会話だったのかもしれない。或いは弾みも、温かみも。
尾崎は友人に声を掛けられる。成瀬は休憩時間になると教室にいないことが多かった。
「これは伝説だな」
「勝手に伝説にするな」
「お前も亡霊に興味があったとは」
さすがにこんなことで褒められるのは馬鹿々々しいにしても、遊び半分の揶揄いがあった。
それからというもの、(外がやけに騒がしい)穏やかな高校生活が変わり始める。尾崎は自身の環境の変化に気付き、そしてあまり細部まで関心を向けなかった。しかしながら、彼は一つ思うことがある。いったい今まで俺たちは、何が駄目だったのだろう? 偶然、機嫌がよかった。魔が差した。そうなのか? 成瀬は。
『どうして、そんなものに興味があるんだ。超常現象、が起きるというような場所が好きなのか。みんなと同じように、部活動はしないのか。女子高校生らしく、なにかあるだろ。いや、俺もやってないが。どこかで会ったことはあるか。亡霊を見つけたいんだろ? 校内で何かやっているというのは聞くが、実際、何をやってるんだ?』
「そうか。一緒に探そう」
尾崎は三谷と別れた後、三階の廊下でそう呟いた。課題を提出して、「もう一つの課題」のために教室に戻っている。今日、もし放課後に予定があったら――彼は自分でもあの時どのように返事をしたのか推し量ることができない。
教室で待っている。『早く終わらせて』と言って、出て行ったかと思ったが、そのあいだ何をしていたのだろう。尾崎は思うと、教室の前に立つ女子生徒を眺める。
「遅い」成瀬は相手を見て、はっきりと気持ちをそう伝えた。
彼らの望む青春 塚葉アオ @tk-09
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