第7話
早朝、僕は白戸神社に出かけた。
「おろろん?珍しーね、こんな早くから」
「放課後は予定が入っているからな」
そう言って拝殿の柱にもたれ掛かる。相変わらず賽銭箱の上で足をぶらぶらさせながらハクは笑った。
「そっかそっか、今日は乙淵さんとのデェェェェト、だったね」
「何だよその言い方」
「いンやー、十数年ぶん取り戻すように、レイちゃんったらモテまくってるなーと思って」
「そんな話をしに来たわけじゃない」
「分かってるよ、三澄さんだろ?」
足のパタパタが止まる。
「ちゃんとうまくやったんだね?」
「ああ、多分」
ハクはどこからか紙ヒコーキを取り出すと、こちらに飛ばしてよこした。危うく取り落としそうになる。
「それ、忘れもん。神社に紙切れ、捨ててくなよな」
『一日前の世界』と書かれた、白いメモ紙だった。
「……疲れてたんだよ。それで忘れたんだ」
「そーだろうねぇ、レイちゃんにしちゃあ頭が悪いというか、回転が遅いというか。お疲れさま気味だったからね」
紙切れをポケットにねじ込む――敢えて反論もすまい。
「でもさ」
代わりに、疑問を解消しておくことにした。
「ちょっと妙だとも思うんだよな」
「あにがさ?」
「いや、要するに今回の件って、時間を追っていくとこういうことになるんだろ?」
①三澄、ニックの家出に気付く。
②翌日、僕に電話をよこす。
③二人でシラトに入り、ニックを捜しまわる。
④一日前にタイムスリップし、三澄家の下でニックを呼ぶ。
⑤三澄とニックが再会、ニックが成仏(?)する。
「大方その通りだね」
「思うんだけどさ」と僕は言った。「複雑すぎない?」
ハクは意味もなく屋根の梁に向けていた視線を、僕の上に落とした。
「――うん?」
「つまりさ、わざわざ一回タイムスリップする意味が分からないんだよ。そりゃ、そういう歴史だったって言われればそれまでだけど――」
「レイちゃんってば頭わるーい」
「……悪かったな」
ハクは賽銭箱から飛び降り、僕の向かいの柱に寄り掛かった。
「いーかいレイちゃん。三澄さんの心残りがなくなったのは、なぜだと思う?」
「そりゃあ……ニックに会えたからだろ」
具体的に言えば、ちゃんと姿の見えるニックの、頭を撫でたりとか、そういうことだ。
「正解。じゃ、どーして三澄さんは、実体のあるニックに会えた?」
「シラトに来たからだ」
「ただのパンピーである三澄さんが、どうしてシラトに入れたんだと思う?」
「……僕が、連れて来たから」
「三澄さんが、ほぼ話したこともないレイちゃんに電話をかけてきたのはどうして?」
「いなくなったニックを捜すため」
「ニックがいなくなったのはなんで?」
「三澄の心残りが無くなったから」
やれやれ、あほらしい。
ハクは大きく両手を広げた。
「はい、一巡した。見事なメビウスの輪ができました」
「……」
「タイムスリップがなければ、そもそもニックは成仏できなかったんだよ。つまり、ヤヤコシイように見えても、これが最短の解決法だったわけだ」
分かったような分からないような、いずれにせよ、うまく言いくるめられたようで釈然としない。
「どっちかと言うと」
楽しそうにヘラヘラ笑いながら、ハクは賽銭箱の上に戻った。
「――僕としちゃ、今回の件に『一日前の世界』が一枚噛んでること自体、驚きだったりするんだよねぇ……」
「なんだよ、言ってるコト矛盾してないか?」
ハクはぶんぶんと首を振る。
「そーじゃないそーじゃない。つまり、三澄さんとレイちゃんの出会いに、『一日前の世界』というシラトががっちり絡んでいたということが、興味深いよねーって言ってんのさ」
「意味分からん」
「本当に?」
ちらりと目を上げ、僕を伺う。
「アレがどういうシラトか、とうぜん知ってるはずだろ?」
僕は返事をしなかった。するまでもないからだ。
「返事をするまでもない、って顔だね」
何もかもお見通しの幼馴染は、笑いながら、膝の上で頬杖をついた。
「そう、あれは君のお母さんの『想い』だよ。そして、今の君を作る、もっとも根底にある存在条件だ」
「今更それがどうしたんだよ」
「いンやー?ただなんつーか、つくづく親バカで、過保護なお母さんだなーって」
「はあ?」
「だってレイちゃんってば、お母さんのアシストで、また新しい友達ができたってことじゃん、それって」
僕は言葉に詰まった。ハクは声を上げてけらけら笑った。
「……そういう言い方はよせよ。だいたい、僕たちはまだ友達になった訳じゃない」
「そーいうこと言ってると、また久留橋さんに笑われるぜ。中学メンタルこじらせてるって」
「あーもう、うるさいうるさい」
ハクに背を向け、鳥居に向かって歩き出す。
「学校行く」
「三澄さんにヨロシクねー」
背を向けたまま軽く手だけを上げて、僕は白戸神社を後にした。
――つくづく親バカで、過保護なお母さん。
こんな性格の僕に、友達までこしらえてくれる、行き過ぎた心配性。
『一日前の世界』は、僕の母親が生み出したシラトだ。
三澄の言った通り、昨日に戻れたら――あんなに楽しく、死ぬなんて考えもせず、何の覚悟もしていなかった昨日に戻れたら。
そういう想いのこもったシラトだ。
本当の僕は十五年前に死んでいる。
母親と一緒に、事故に巻き込まれて死んだのだ。
死の間際、母親は『一日前の世界』を作り出し、そこにこの僕を住まわせた。
以来僕は、本物そっくりのこの
教室では久留橋が僕の労をねぎらってくれた。
「さすがはゴーストバスター」
友達に囲まれて笑っている三澄を目で示しながら、そう言った。
「ゴーストバスターじゃねーって」
「まあそんなことはどーだっていいけど」
「なんだよそりゃ」
「時に、日夏見くん」
僕をピンと指さす。
「昨日渡した、『クラス展人員登録表』――あれ、持ってきてくれた?」
「え」
「実行委員二人のサインを添えて、提出することになってたと思うんだけど」
それから僕は、恐らく家に置きっぱなしになっているであろうプリントを見つけるため、むなしい想いを抱えながら鞄をあさり始めた。
やれやれ、と思う。
見つからない探し物なんて、もうこりごりだ。
☆
乙淵さんは僕を旧校舎の屋上に連れて行った。
旧校舎は本来立ち入り禁止で、まして屋上など、侵入したのが見つかればちょっとした処分を喰らいかねない危険スポットだ。そういうところにずかずか上がり込んでいけることも、シラトを知る人間の特権である。
給水塔の上に並んで座り、夕焼け色の町を見下ろす。
僕は昨日のあらましを、乙淵さんに話して聞かせた。
「なんか、甘ちゃんだよね、その子」
三澄に関する総括を、乙淵さんはそのように語った。
「普通だよ。甘さのない高校生なんて、いないって」
「身勝手というか、独善的というか」
「ずいぶん辛く言うな」
僕は笑った。乙淵さんは黙ったまま、無人の町を睥睨していた。
――母親のことを考えているのではないかと、ふと、そんなふうに思った。
違うかもしれない。もうそんな段階など、とうの昔に過ぎているのかもしれない。いずれにせよ彼女を理解することは誰にもできない。もちろん、この僕にもできない。
「新しい友達ができてよかったね」
棒読みで乙淵さんはそう言った。
「乙淵さんには僕がいるよ」
はっきりと僕は言った。
乙淵さんはそれ以上何も言わなかった。
僕に友達ができる――
要するに、これはそういう物語だ。
いぬのなまえ くれさきクン @kuremoka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます