冬のバス停で会える日まで

荒音 ジャック

冬のバス停で会える日まで

 時刻は朝の7時30分、住宅街の近くにあるバス停でのこと……


季節は11月下旬、街路樹の葉はすべて枯れ果て、肌を刺すような冷たい風が吹く冬のバス停に、冬の学生服に身を包んだ黒髪ショートヘアのひとりの男子高校生の少年が、手袋をつけていない両手に向かって、ハァーっと白い息を吐いていた。


 その隣には、首に赤のマフラーを巻いてカーキ色のダウンコートを纏い、茶色を基調とした白のチェック柄タックフレアスカートにヒートテック素材の黒のパンストを穿いて、黒のブーツを履き、左肩にワインレッド色の合皮製ショルダーバッグをかけた茶髪ロングポニーテールの18歳ほどの女性がいた。


「もう11月下旬だよ? もう少し厚着をしたほうがいいんじゃないか?」


 女性は少年にそう言うと、少年は両手を擦り合わせながら「いつまでも高校にいた時みたいなこと言うのやめてよ」と返す。


 実を言うと、この2人……家が近所の幼馴染で、去年までは同じ高校に通っていたのだ。


「君は私が言わないと冬の衣替えもしないからな! マフラー巻いてあげようか?」


 女性はそう言いながら、自身の首に巻いているマフラーを外そうとしたが、少年は「いいよ! そっちが風邪ひくよ?」と頬を赤らめて断っているとバスが来たため、2人はバスに乗り込んだ。


・少年は語る。


 通学のために、僕はここのバス停をいつも使う。さっきマフラーを貸そうとしてきたいっこ上の幼馴染もそうだ。


 この人とは小学生時代からの付き合いで、同じ高校に通うようになってからも、このバス停でバスを待っていた。


 ただ……この人が大学に進学してからだろうか? このバス停での待ち時間が、すごく落ち着かなくなった。


 もしかしたら恋なのかもしれない。でも……臆病な僕には、告白の言葉も思いつかなければ、勇気もない。


 借りに言えたとしても……生まれつき体が弱い僕は、この人にとってそんな存在になれるかどうかも解らない。


 お昼過ぎの生徒指導室にて……少年は男性教師と進路のことで話をしていた。


「本当に地元大学でいいのか? 君なら隣の県にあるワンランク上の大学に進学することだってできるのに……」


 そう言ってくる男性教師に少年はこう言った。


「もう決めたことです……経済的にもそっちの方がいいし、両親も自宅から通えるなら安心だと言ってました」


・少年は語る。


 とんでもない大嘘だ……経済的? 両親も安心? 本当はただの未練なのに……自分でもよくそんなことを言えたものだ。


 本当は、あの人と会えなくなるのが嫌なだけなんだ……でも、勇気の欠片も持たない臆病者の僕には、そんな愚かな選択しかできない。


 学校が終わり、少年はバスに揺られてあのバス停で降りた。既に日が暮れ、朝よりも冷えた風が温かい車内から出たばかりの少年を包む。


(季節が変わるのは早いなぁ。この辺りの街路樹って桜だったり、楓だったり、木の下に向日葵が植えてあったり……四季が目で見て解る場所だけど……冬になると花も咲かないし、葉も散ってるから凄く寂しいな)


 少年はそう思いながら、バス停の周りを眺めるが、見えるのは葉が散った街路樹と、自分以外の下校途中の学生と社会人しかいない。


 翌朝、青年はいつも通りバス停につくと、昨日はいた幼馴染の女性が今日はまだ来ていなかった。


 青年はグスッと鼻をすすっていると、後ろから幼馴染の女性が現れた。赤のマフラーを首に巻いて、カーキ色のダウンコートを纏い、ジーンズを穿いて、白のスニーカーを履き、左肩にワインレッド色の合皮製ショルダーバッグをかけており、なぜか目元が赤く腫れている。


「おはよう……目元赤いけどどうしたの?」


 少年は女性に尋ねると、女性は「愚痴みたいなものだけど聞く?」と質問で返してきた。


「バスが来るまで時間あるし聞くよ? 課題か何かでミスでもした?」


 少年はそう言うと、女性は「ううん」と否定して昨日あったことを離す。


「付き合い始めた先輩がとんでもない浮気野郎で、浮気現場を目撃して怒ったら逆切れされて酷いこと言われた」


 それで昨夜は涙で枕を濡らすことになったと……少年は女性のことを気の毒に思っていると、寒さのあまりクシュン! と小さなクシャミが出た。


「ほーらぁ! あれほど厚着しろって言ったのに、君と言う奴は……」


 女性はそう言って、自身が首に巻いているマフラーを外し、少年の首に巻いた。


「明日返してくれればいいから! 風邪ひくんじゃないよ?」


 そして、学校にて……少年はマフラーを外してサブバックにしまおうとしたその時、端の部分がほつれていることに気づいた。


 放課後……少年は手芸部の部室になっている家庭科室に来ていた。


「先輩、そんなマフラー持ってましたっけ?」


 少年は元手芸部だったこともあり、同じ色の毛糸を後輩から貰って、マフラーを修復していると、後輩の女子生徒が話しかけてきた。


「知り合いが貸してくれたんだけど、穴が開いていたからさ」


 少年はそう答えて修復を終えるも、何かを考えるように無言でマフラーを見つめていると、後輩の女子生徒が「先輩? どうしたんですか?」と尋ねてきた。


「うん? いや別に……悪いけど黒と緑の毛糸も貰える?」


 後輩の女子生徒は、少年にそう言われて「いいですけど……何をする気ですか?」と、頼まれた色の毛糸を渡しながら答える。


 そして、学校を出てバスに乗ると、ちょうど女性とバスの中で会うことが出来た。


「マフラー……穴空いてたから直しておいた」


 同じ席に座ってすぐに、少年はそう言って、折り畳んだマフラーを女性に返した。


「ありがとう! 私では直せないから助かったよ」


 女性は少年にお礼を言って、マフラーを手に取り、2人はあのバス停につくまでそのまま談笑していた。


 いつものバス停でバスを降りて、女性は「にしてもあんな女っ垂らしとは思わなかったよ」と別れた男のことを口に出していると、黒のダウンジャケットとジーンズ姿の20歳ほどの男がバス停に立っており、女性はその男を見て固まってしまった。


「やあ……昨日はすまなかった」


 男は開口一番で女性にそう言うも、女性は毅然とした態度で「それで済むと思っているのか?」と、冬の夜風のような冷たい視線を男に向ける。


「今日は講義に集中できなかったよ……君がどれほど最低な男なのかを調べ上げて、大学中にそのことを広めていたからな。もう君と関わろうとする人間はいないし、私も君みたいな最低な男と付き合う気はない」


 そう言われた男は、心当たりがあったらしく「おめえが犯人だったのか……」と、静かに呟いて右拳をグッと握り、女性に向かって殴り掛かった。


 次の瞬間、ガッと勢いよく男に殴り飛ばされたのは……女性の前に飛び出した少年で、左頬を殴られた少年は、ドサァッと勢いよく地面に倒れる。


 思いもよらぬ少年の行動に、男は「なんだお前は!」と驚きの声を上げると、心配して駆け寄ってきた女性を庇うように立ち上がって、少年は口の端から血を垂らしながら、男に向かってこう言った。


「お前みたいな奴からこの人を守る男だ!」


 少年はそう言って拳を構えると、男は少年が引け腰であることから、少年が喧嘩の経験がないのを見抜く。


「はっ! 喧嘩なんてしたことなさそうなモヤシが何言って……」


 男はそう言って、拳を構えて殴り掛かろうとしたその時、少年は男の後ろに立っているひとりの女性に気づいた。


 その女性は艶のある黒髪ロングヘアで、右目の瞼に縦3cmほどの切創があり、白のハイネックの革製ジャケットとジーンズに黒のミリタリーブーツを纏っており、男の左肩にポンッと右手を置いた。


 男は「うん?」と、水を差した人物の方を向くと、その顔を見て「お前は!」と驚くと同時に、その傷顔の女性は、何の警告も無しにゴキン! と骨を砕くような勢いの左フックを男の右頬に打ち込み、あまりの膂力に吹き飛んだ男は、ブロック塀に叩きつけられる。


「誰の弟に手を出してんだい?」


 傷顔の女性は両拳を胸元でバキバキと鳴らしながら、威圧するように男にそう言うと、男はフラフラと立ち上がりながら戦慄した。


「伝説の女番長・スカーフェイス!? 引退して町出て行ったんじゃないのかよ!」


 スカーフェイスと呼ばれた傷顔の女性は、ブロック塀に背中を預けてやっと立っていられる男に歩み寄って、ビッと右手人差し指を男の顎にやってこう言った。


「あたしの親友を泣かせただけでは飽き足らず、あたしの弟をぶん殴るなんて……」


 スカーフェイスは、怯えている男の顎に当てていた指をスーッと体をなぞるように下におろして「いいタマしてるわねっ!」と言って、メキッっと男の大事なところが潰れかけるような鈍い音を出して、右手で男を持ち上げた。


 男は思いもよらぬ攻撃と、大事なところを潰されかけている痛みに、男は「アァオ! ワァオ! アァホッホッホォ!」とすごい奇声を上げながら顔を青くする。


 それを見ている少年と女性は、スカーフェイスの恐ろしさに、開いた口が塞がらない上に、顔を青くしてドン引きしていた。


「さっさと失せな! 今度やったら女にしてやるぞ?」


 スカーフェイスはそう言って男を降ろすと、男は股間を両手で押さえながら、フラフラとおぼつかない足取りで、その場から逃げて行った。


 そんな男の後姿を見送ってから、スカーフェイスは両手を上着のポケットに入れて、少年の方へ歩み寄り「大丈夫か? 全く……父さんにも殴られた事が無いのに……」と言いながら、右手をスッと少年の左頬に当てて、痣になっている左頬の具合を見る。


「大丈夫だよ……姉さんはどうしてここに?」


・少年は語る。


 説明しよう……この人は僕の姉で、中学時代から高校1年にかけてまで、スカーフェイスと呼ばれていた伝説の元ヤンなんだ。


 喧嘩でカッターナイフを持っていた喧嘩相手に右目の瞼を切られたせいで、今でもその時の傷が痛々しく残っている。


 スカーフェイスは、弟である少年の質問に「母さんが「帰りが遅いからバス停まで迎えに行って欲しい」と頼んできたからだ」とこの場に来た理由を話す。


「そうだったんだ……メールぐらいしておけばよかっ……」


 少年はそう言いかけたその時、ドクンと左胸に激痛が走り、少年は両手で心臓の近くを抑え、過呼吸のように息を荒げながらその場に倒れこんだ。


 スカーフェイスは弟に起こった突然の出来事に「おい! 大丈夫か!」と呼びかけ、幼馴染の女性はスマホを取り出して救急車を呼ぶ。


 夜の病院でスカーフェイスとその両親は、少年がいる病室の外で不安そうな顔で立っていた。


 幼馴染の女性はお手洗いで手を洗っていると、鏡に映った自分を見て「あれ?」と、首に巻いていたマフラーの端に一輪のバラの刺繡がされていることに気づいた。


 女性は刺繡が施された部分を手に取ると、黒の毛糸で「I miss you」と小さく刺繡されていた。


 幼馴染の女性が少年のいる病室の前につくと、扉が内側から開かれ、白衣を纏った担当医の男が出てきた。


 スカーフェイスが「先生……弟の容態は?」と心配した様子で尋ねると、担当医はカルテを左手に説明する。


「まだはっきりとは言えませんが、今のところは命に係わる大きな病気の症状は確認されません。低体温を起こしたのと、過度の緊張によるものだと思われますが、明日もう一度精密検査をする必要があります」


 担当医の説明を聞いて、その場にいた4人は大事でないことに安心して、ホッと胸を撫で下ろした。スカーフェイスは「家まで送るよ」と幼馴染の女性に言うと、幼馴染の女性は「その前に……彼に会っていい?」と尋ねた。


 スカーフェイスは「別に構わないが……」と疑問に思いながらもそれを了承し、幼馴染の女性はひとりで、少年のいる病室に入った。


 そこには鼻に酸素チューブを入れられた状態で寝ている少年がおり、女性はそんな少年の左耳に顔を近づけて小声で囁いた。


「私も君が一緒にいる時間が短くて寂しいよ……自分の本音を声に出せない恥ずかしがり屋だけど、いざって時は勇気を出して好きな人を守ろうとする君のことが……私は大好きだ!」


 女性は最後に「あのバス停で待っているから……またね」と言って、少年の額にキスをして病室を出て行った。


 翌朝、女性は茶色のダッフルコートに黒の長ズボンと白のスニーカーの恰好で首に端の方に一輪のバラの刺繡が入った赤のマフラーを巻いて、冬の冷たい朝の風に吹かれながら、バスと誰かを待っていた。

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