第284話 ルベ家の戦い

 諸般の事情が有り、第285話以降はカクヨムでの連載は行わないことになりました。

 誘導行為は禁止されておりますので、読者の皆様方におかれましてはご面倒をおかけしますが、今後は別所において連載を続けていきたいと思います。

 よろしくお願いします。

 次話についても既に投稿しておりますので、よろしければご検索ください。

 これまでありがとうございました。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ノイウファーは、だだっ広い平原の中に、縁の低いお盆をポンと置いたような形をしていた。

 空中から見ても真円に近い見事な城壁があり、その中には市街地がある。つい五年前に市壁を拡張したおかげで、土地には余裕があり、空き地には軍用の天幕が並んでいた。

 城壁の周囲には農地が広がっていて、その灌漑のために作られた水路がノイウファーにも繋がっていた。


 一見すると見事な風景だが、目を奪われていられないほど雨が強かった。このあたりは雨量が少ない地域のはずなのだが。

 おれは全身ずぶ濡れになりながら、降下場所に鷲を降ろしていった。


「ホウ家筆頭、兼、摂政のユーリ・ホウだ。キエン殿にお会いしたい」


 降りるなり、抗束帯を外しながら言った。

 乾いた布が渡されてきたので、濡れた頭を拭ってゆく。


「――お伝えして参ります」


 ルベ家の兵は、どうも神妙な様子で、しかし素早く駆けていった。

 周りを見ると、雨が降っているからだろうか。少し様子がおかしかった。

 戦いから間もない軍営に入ると感じる、独特の殺気だった感じ。緊張感、なんとなく浮足会った雰囲気。そういったものが鳴りを潜め、なんというか気落ちして沈んでいるような感じがする。


 鷲から降りて一分も経たないうちに、兵が帰ってきた。


「参謀殿がご説明します。こちらへ」

「――そうか。頼む」


 参謀が?

 ここでいう参謀というのは、キエンへ軍事的な助言のために送っているホウ家の将官のことだ。


 ルベ家へのお目付け役として、ああしろこうしろと命令をする――というような動きをしてしまうと、両家の関係がたちまち悪くなってしまうので、あくまで助言者、ルベ家単体では判断に迷いが生じるような厄介な問題が生じたときに、ホウ家の利益代表者として意見を述べる役目として置いてある。普段は控えめな態度に徹して、キエンに便利扱いされる秘書のような役目をしているはずだった。

 もちろん、そういう存在がいたほうが便利だろうと派遣しているだけなので、ルベ家側から要らないと言えばクビにすることもできる。

 しかし、俺とミャロが実際に面接をして決めた、ホウ家の中でも頭脳派で性格的にも問題がない人物を据えただけあって、現状問題は起きていない。

 ホウ家側から見た場合の役割は、参謀というよりは、ルベ家軍に駐在する大使と表現したほうがいいかもしれない。大使という存在の多くがそうであるように、一種のスパイの色彩も帯びており、陣中で合法的に見聞きした情報をまとめあげて、定期的にホウ家に報告している。


「こちらでお待ちです」

 急ぎ足で雨の中を泥を散らしながら歩き、すぐ近くの民家に案内された。

 兵は強くドアをノックすると、

「ユーリ・ホウ閣下をお連れしました」

 と述べた。中から走る音が聞こえ、すぐさまドアが開かれる。

「閣下。どうぞお入りください」

「おう。ああ、君、案内ご苦労だった」

 そう言って兵に別れを告げ、俺は部屋の中に入った。


 ◇ ◇ ◇


「長旅ご苦労様でした」

「カルノー。社交辞令はいい。状況を教えてくれ」


 俺は勝手に暖炉に薪を焚べ、近くに椅子を運んで座る。

 早く体を乾かしたかった。


「キエン・ルベは重症です。肩に矢を受けたのですが、医者は死を覚悟する必要があると告げたようです。呼吸が浅く、意識が不鮮明な時間が長くなっています」


 カルノーは迅速に状況を答えた。


「肩の矢でか? 毒でも塗ってあったのか」

「さあ、そこまでは……しかし、なにぶんご高齢なので、医者もそのあたりの判断はできかねるのではないでしょうか。私は矢を受けたその場に居たのですが、余程の強弓から放たれたのか、鎧ごと肩を貫通するような勢いで突き刺さっていました。キエン殿のご年齢を考えれば、死傷となっても不思議とは思いません」


 カルノーは実戦経験者なので、こいつがそう言うならそうなのだろう。


「そうか……とりあえず、ここに辿り着いてすぐキエンに会うつもりだったんだが、お前のところに案内されたということは、意識がない状態ということか?」

「そう思います。ルベ家の家臣団は優秀ですので、ユーリ閣下の要求が最優先事項であることは理解しているはずです。ここに連れてきたのは、自らキエン殿の病状を話すことに躊躇いがあったからでしょう。ホウ家の私が、知り得た情報をユーリ閣下に話す分には、なにも問題はありませんから。彼らはキエン殿の意識が戻り次第、呼びに来ると思います」

「なら、戦闘の報告を聞く時間くらいはあるな。説明してくれ」


 万単位の軍が動いているのは確かなので、戦闘と表現するのも違和感があるのだが、あまりにも一瞬で終わったので他の表現が見つからない。なんとかの戦い、くらいが妥当だろうか。


「説明といっても、説明することはほとんどないのです。向こうは偵察の情報からこちらの位置を掴んでいたのでしょう。こちらが陣容を整える前に打って出て、楔形の陣形で突っ込んで来ました。それこそ、キエン殿のいる本陣が脅かされるような、ホウ家から精鋭を集めてもこれほどの突撃ができるだろうか、というほどの、敵ながら見事な騎兵突撃でした」


 そんなにか。

 もちろん、カルノーはホウ家の一党であることに誇りを抱いている、立派な騎士だ。その彼をしてホウ家の精鋭騎兵団の突撃に勝るとも劣らぬと言わしめたのだから、よっぽど気合いの入った突撃だったのだろう。


「そういうわけなので、両軍ともに複雑な軍機動などはありませんでした。力づくの突撃をしてきただけです。あえていえば、軍陣の打通を狙ったということになるでしょうか」


 手の込んだ妙手ではないが、下手に策を弄すよりもそういった力づくが有効であることもある。対処が容易なので、何度も通じるものではないが。


「しかし、その敵の目論見は頓挫したということだな」

「はい。キエン殿は、ここで下手に後退しながらの防御をすれば、敵が一気呵成いっきかせいの勢いのまま陣容を突き破り、全軍が崩壊する恐れがあると考えました。なので逆に全軍に猛攻を命じ、敵の勢いに勢いで対抗しようとしたのです。結果、敵軍は本陣を守るルベ家直臣の精兵は抜けず、殆どが討ち果たされました。敵で撤退できたのは、後備で包囲を防ぐために突破口を支えていた僅かな騎兵のみです。キエン殿の本陣に迫った部隊は、ことごとく戦死しました」

「ふーむ……敵はどこの軍だ? 装備から所属国くらいは判るだろ」


 まあ、想像はつくが。


「教皇領、第一挺身騎士団、第Ⅳ師団」

「やはりか」

「それと、フリューシャ王国……これは、ウェリンゲン公という若者が率いていた軍で。彼らは突撃の左右を支える役目を担っていたようです。教皇領の師団と比べれば数は少なく、練度も大したものではなかったようです。指揮官のウェリンゲン公自身も戦死しており、豪華な甲冑を着た遺体が回収されています」

「なるほど……」


 ウェリンゲン公というのは、シビャク会戦において敵側の騎兵をかき集めた大騎兵団を率いていた奴だ。あの会戦では騎兵が決定的な役割を演じ、しかもウェリンゲン公は大騎兵団を預けられたにも関わらず、こちらの策にハマってまったく活かせずに終わった。板金鎧で体中を鎧った重騎兵で軽騎兵を追いかける愚を犯してしまい、突撃する前に馬の体力を使い果たしてしまった。

 彼は捕虜になり、のちに身代金を払って解放されている。

 その後どうなったのかまでは知らないが、カルノーが若者という表現をしたということは、当時指揮していた本人ではなく息子かなにかなのだろう。捕虜にされた際のウェリンゲン公は、そこそこ年のいった壮年だったはずだ。


「しかし、どういう意図があっての侵攻なんだ……? 指揮官級の捕虜を尋問して事情を聞き出したりとかはしていないのか?」

「していないようです。捕虜は極めて少なく、全員がフリューシャ王国のほうの兵です。大したことは知らないでしょう。教皇領の兵は一人も捕虜になっていません。全員、奮戦の後に戦死しました」


 やはりというか、第一挺身騎士団はだいぶ頭がおかしい。神のためとなれば、一秒の迷いも、家族との別れも必要なく、即座に死ねる連中だ。


「ウェリンゲン公のほうは、本国の政争で破れた大貴族が、捨て駒に使い捨てられたという考え方もできる。だが、第Ⅳ師団のほうは……」

「そちらも、政争ではないのでしょうか。教皇領とて一枚岩ではないでしょう。ましてや現教皇を軟禁しているのですから」


 それは確かにそうなのだが……。

 第一挺身騎士団は、本来はヴァチカヌスを守る鎮護の騎士団で、別名神殿騎士団とも言われている。

 挺身騎士団といっても他の連中は低練度なのだが、こいつらだけはホウ家の最精鋭に勝るとも劣らぬ……というか、聞いた限りでは明らかに勝る訓練をしている。少なくとも、やつらは訓練で人死にが出ることなどまったくなんとも思っていない。そのあたりの心のケアもしっかりしていて、聞いた話だと訓練中の死でもきちんと殉教になるようになっているらしい。


 彼らは全員が元修道士で、出自は孤児院併設の孤児だったり、家を継げる見込みがなく、修道院に放り込まれた貴族の次男坊や三男坊だったりする。孤児から拾ってくる場合は、名目上一度は修道士になり、すぐさま選抜に回されるらしい。どちらにせよ、供給元は尽きることがない。

 とはいえ、そういった最精鋭部隊は一年や二年の教練で作り上げられるものではない。ましてや、シビャク会戦に投入された第Ⅱ、第Ⅲ師団はすでに消滅している。

 神殿騎士団は全部で四師団の構成なので、潰された二つの師団も急速に再建している最中なのだろうが、ここにきてせっかく無傷で残っている第Ⅳ師団を――投入されたのは騎兵部隊のみであるとはいえ、使い捨てるというのは、よっぽどの理由があるはずだ。


 たとえば、その師団の長が曲げようにも曲がらないような熱烈な教皇派で、その思想が師団の隅々にまで浸透していたため、現在教皇を軟禁して政権を握っているエピタフ・パラッツォとしても、どうにも処理できない獅子身中の虫と化していたとか……。


 少なくとも、こんな戦略的意味もない小出しの使い捨ての戦闘で消耗していい軍ではない。

 それとも、本当は戦略的意味が存在したのだろうか? キエンの軍を撃破して、方面軍が再建される前に大軍を投入して、ティレルメ方面から攻勢をかける……だとか。

 それをすれば、横に長くなった国の真ん中を断つことになる。つまりシャンティニオン方面との連絡を切断できるわけで、こちらとしては大変困ったことになるのは事実だ。

 もしそうだとすると、キエンがその戦略意図を砕いたということになる。


 コンコン、とノックがされると、カルノーがすぐに玄関に向かった。

 一言二言会話をすると、


「ユーリ閣下、キエン殿の意識が戻ったようです。至急、向かいましょう」

「ああ」


 俺は席を立った。

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亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 不手折家 @fudeorca

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