春夏秋冬、君との三度

高戸優

ゆるやかな日々を過ごすこと。

ゲームをしている彼氏の後ろ姿と、絶え間なく変わる画面が好きだ。私は彼が摘みやすいように用意した野菜スティックと小皿のマヨネーズを持ちながら、神経質なコントローラー音に笑みを零す。


レースカーテンから覗く、少しずつ鋭さを無くした日差しが穏やかな昼間を知らせてくる。柔らかな秋風。子どもの笑い声と、それを追いかける父親の足音。最近衣替えした長袖シャツは柔軟剤の匂いを濃く蓄えていて、私は春めいた花のそれに心を躍らせながら「どうぞ」とパソコンデスクに野菜スティックを置いた。


「あ。ありがとう」


「ううん。今日はどんな感じ?」


「ううん……あまり調子良くないかも。倒せない」


彼の脇に置いてある、木製の私専用丸椅子に腰掛ける。ゲーミングチェアに寄りかかる寝癖の目立つ黒髪を撫でれば、大きなレンズの眼鏡がずり落ちた。それをかけ直す手は伸び切った白いシャツの袖に隠れていて、成人済みのはずが幼さを感じてしょうがない。


私と同い年のはずなんだけどなぁ、と苦笑いしながら彼の方向へ椅子を寄せ


「照準合ってる?」


「合ってるよ。カメラ調節して、フォーカスは固定にした」


「そっか。じゃあ目が疲れたんじゃない?」


「そうかも」


彼は少し荒れた唇を伸ばして微笑む。その口がありがとう、いただきますという言葉を添えた後に手に取った野菜スティックは胡瓜で、小皿に乗っているマヨネーズを軽く掬ってから齧りついた。歯切れのいい音と咀嚼音。私もついでに、人参を摘んでそのまま齧る。


「休んだら?」


「でもここ最近、仕事で全然できてなかったからやりたいんだよ……」


「気持ちはわかるけどね。納期も落ち着いたんでしょう?」


「うん。落ち着いた。しばらく納期に追われる夢を見なくてもいい」


「よかったよかった」


私が笑えば、メガネ越しの彼の目が細まった。他の人からすれば見逃すそれが、彼なりの愛おしさを伝えるサインだというのを知っているのは私だけ。嬉しさと気恥ずかしさを隠すように人参を食べ進めていれば、いつの間にかスティックを食べ終わっていた彼の口が耳元に迫る。


夏を思い起こす、胡瓜の匂い。彼はそれを吐息に混ぜ込んで


「これ終わったら、君に構いに行ってもいい?」


私の解答を遮るようにパソコン画面が『DANGER』と真っ赤なランプを輝かせる。その先には大きなモンスターが現れていて、彼は「タイミング悪い」と舌打ちしながらコントローラーを手に取った。


「奇襲フラグ立ってなかったじゃん。終わるタイミング逃した」


「……さっきまで続ける気だったくせに」


「気が変わったの」


二本目の人参を齧りながら、画面の向こうで素早く動くアバターの動きを観戦し始める。規則的なようで不規則なボタンと射撃音を聞いていた耳に突然届いた「うさぎは構いたくなるじゃん?」の声。驚いて画面の外にいる彼に目を向ければ、なんともない様子でコントローラーを動かすだけ。


「……聞かなかったことにしてもいい?」


「聞いたことにしておいて」


「その敵に勝ったら構いに行ってあげるよ」


「よし、俄然頑張れる!」


言葉と連動するように突然動きが俊敏になるアバター。素直すぎでしょと私は笑い、体を寄せて画面を邪魔にならない場所で覗き込み、茶化した声援を送ることにした。


穏やかな秋の日差しと少し肌寒い風は、春を思い起こす柔軟剤と夏の風物詩の胡瓜の匂いを乗せてくる。


さぁ、君と過ごす三度目の冬が来る。


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春夏秋冬、君との三度 高戸優 @meroon1226

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