茜色した思い出へ

卯月

隣のひーくん

 五歳の秋の話です、と、その女性は語った。


「隣に住んでいた同い年の男の子と、団地の中の公園で遊んでいて、夕方になりました。ひーくんは砂山にトンネルを作るのが大好きで、『まだできてない』と言うんです。でも、私は家で見たいテレビがあったので、先に帰りました。

 一度振り返ったとき、茜色の空の下、ひーくんが熱心に砂場で穴を掘っていたのを覚えています」


「夜、ひーくんがまだ帰ってきていない、と、ひーくんのお母さんが訪ねてきました。それから大騒ぎになって、近所の大人が手分けして一晩中探しても、見つかりません。私は、自分だけ帰ってきたからだ、ごめんなさい、と家で泣いていました」


「幸い、ひーくんは次の日の夕方、ひょっこり帰ってきたそうです」


「私がひーくんに会ったのは、一週間くらいしてからでした。あのとき置いてきたのを申し訳なく思っていたので、今度はどれだけでも付き合うつもりで、『砂場で遊ぶ?』と誘ってみたんです。そしたら、ひーくんは、『それよりブランコしようよ!』と言いました」


「おかしいな。ひーくんは、ブランコが怖くて嫌いなはずなのに。

 その日、ひーくんは楽しそうに、ブランコを立ち漕ぎしていました」



「それっきり、ひーくんと遊ぶこともないまま、年末にひーくん一家は引っ越していきました。凄く急な話だったみたいです。

 中学生のとき、何となく思い出して、母に訊いたんです。昔、隣にひーくんっていたよねって。そうしたら母が、ちょっと黙り込んでしまって。それから、話してくれました」


「ひーくん一家の引っ越し先の家が、年明けすぐに火事で全焼したんだそうです。

 お父さんとお母さんとお祖母さんが、焼け跡で遺体で見つかりました。でも、どうしても、ひーくんだけが見つからなかった、と。

 それを聞いてから、時々、思うんです」


 女性は、茜色の空を遠い目で眺めて、言った。


「あのとき、帰ってきたのは、本当にひーくんだったのかな、って」



〈了〉

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