最終話 魔女に夜明けを

 二十年前、暗い世界で目を覚ました時。

 彼女はすでに、魔女としての能力が他に比べて劣っているのだと、じゅうぶん思い知らされていた。



『愚図だねえ、あんた。花の実からも自力で出られないなんて』



 意識が初めて芽生えた時、最初に投げかけられた言葉はそれである。一瞬意味がわからなかったが、遅れて言葉を理解した。

 魔女は樹から生まれてくる。

 根の中で体が生成され、幼体の時期を蕾の中で過ごし、花が咲いて実が成れば、ようやく知性が芽生えるのだ。


 そうして生まれた魔女の卵たち。普通は自分で花の実の殻を破って出てくるのだそうだが、いずれ〝微睡みドルミール〟の仮称をもらうことになる魔女だけは、自力で花の殻を破れなかった。


『愚図』

『出来損ない』

『無能』


 彼女の俗称はすぐに決まった。愚図で出来損ないの無能。

 誰でも使える〝睡眠魔法ドローム〟以外、使える魔法はひとつもないのだから仕方がない。

 それでも彼女は〝魔女〟として、二本足でこの世に降り立ったその瞬間から、セレティア魔女学院の学生となり、学業に励むことが決まっている。


 主に九年程度通えば卒業できるといわれる魔女学院。しかし、微睡みドルミールの仮称をもらった彼女だけが、卒業試験を受けることすら叶わなかった。


 それもそのはず。

 魔女学院の卒業試験の内容とは、自分から受けようと思っても簡単にできるものではない。


〝ギルドで人間からの依頼を受け、速やかに達成したのちに、名前を授けてもらうこと〟


 それが、卒業試験の内容なのだから。



『私の魔法を必要としてくれる人なんて、この世界にいるのかしら……』



 遠くを見つめ、ひとりごちる。

 花の中から目を覚まし、今年で二十年が経つ。

 まるで童話の中の王子様でも待っているみたいな、輪郭のない曖昧な日々だ。


 二十年目となる今年ですら己の名前を授かれなかったその時は、きっと、この身も樹木となり土へ還るだろう。


 そうしていよいよ一度も依頼など来ず、魔女としての役割を終えようかという崖っぷちで──その依頼は、彼女の元へ舞い込んできた。



〈傭兵を長らくやっているが、不眠症らしく、夜はほとんど眠れない。寝かせて欲しい。──ルーキス・オルトロス〉



 その依頼書を手に取った瞬間、魔女は歓喜した。

 これは奇跡だ。運命だと。


 落ちこぼれの烙印を押され、生まれることすら許されず、死を待つだけだと思っていた彼女にとって、それはまさに夢のような依頼だった。

 魔女は神に感謝し、熱く震える胸の奥で密やかに決意する。



 ──この人は、私の救世主。絶対にお悩みを解決しよう。


 ──何があっても。たとえ、名前を付けていただけなくとも。


 ──必ず、お役に立ってみせないと!



 そう堅く決意して、彼女は依頼主の元へ向かったのだ。

 かくして、あの山小屋で、魔女とルーキスは出会った。



『はじめまして、ルーキス様! 私、今日からあなたの〝寝かしつけ係〟に任命されました! 微睡みドルミールの魔女でございます!』



 きっと、この人のお悩みであれば、自分の魔法でもお役に立てるのだと信じて──。




「……でも、結局、私は何もできなかった。ずっと迷惑をかけてばかりでしたね」



 ぽつり、ひとり呟き、樹木化が始まって白い根が伸び始めた腕を見下ろす。

 おそらくあと半日もしないうちに、この根は魔女の全身をめぐり、頭をも飲み込んで、思考をすべて奪うだろう。そうして土に根をおろし、名も無き樹木のひとつとして、音もなくこの場に佇みながら、次の魔女を生むための母体となる──他の魔女たちが、そうであったように。



「ルーキス様、ちゃんと、歩けるようになったでしょうか……」



 心残りはないものの、気がかりなことならいくつかあった。

 強制的に眠らせてほぼ一方的に別れることになってしまったルーキスの身を案じ、魔女は遠くへ目を向ける。

 ハイネに頼んで治療してもらったのだからまず大丈夫だろうと思っているが、多少の不安は拭えない。


「無事に、トルメキアへ、たどり着いたでしょうか……」


 また呟き、視線を落とす。転移の魔法もハイネに頼んだことだ。

 彼女は乗り気ではないようだったが、渋々請け負ってルーキスをトルメキアへと送り届けてくれた。そして、彼女は魔女に問いかけてきた。



 ──ねえ、この人間、本当にこのまま名前を貰わずに帰しちゃっていいわけ?



 呆れた顔で問うハイネの声が記憶に新しい。

 あの時、魔女は顔に薄い笑みを貼り付け、こくりと静かに頷いた。


 初めてのご依頼主。初めて自分に名前を授けてくれるかもしれないと思えた人間。

 けれど、ただでさえ迷惑ばかりかけていたのに、名付けまでねだるなんて傲慢なことはできない。


 落ちこぼれと呼ばれ、誰にも求められないまま樹木になるのだと思っていた自分に、希望を与えてくれた人──せめて、彼だけでも、幸せになってもらいたい。


 だから、何も知らせずに別れた。

 あの人は、誰かの罪まで背負おうとしてしまう優しい人だから。



「ルーキス様」



 虚空に呼びかけ、樹木化が進む手を胸に当てる。名も無き白い木々が揺らぐ、深夜の穏やかな草原には、風の音だけが静かにそよいでいる。



「どうか、あなたに心地よい夜の眠りが訪れますように」



 祈り、微笑み、目を閉じた──その刹那。

 うわあああ、と、遠くから誰かの叫び声のようなものが聞こえた。


「……ん?」


 何かしら、と魔女が頭上を仰げば、見慣れない飛行物が凄まじい速度で上空を飛んでいる。どうやら人間の乗る飛空艇のようだが──よくよく目を凝らしてみれば、小さな人影らしきものが、夜明け前の星空の中を急降下してきていた。


 小さかった影は徐々に高度を落とし、姿形がはっきりと視認でき始め……。


 見覚えのある長い黒髪と傷のある顔、褐色肌。

 加えて何度も耳にした覚えのある叫び声が、一瞬よぎった疑惑をすぐに確信へと結びつける。



「──うぅおあああああーーッ!?」


「キュッキュ〜」


「……えええっ!? ルーキス様!? ルゥちゃんも!?」



 その人影がルーキスとルゥだと確信した瞬間、彼が咄嗟にパラシュートを開いた。しかしそれは強風に煽られて大きく軌道から逸れていく。夜明け前で視界が悪いことも相まってか、何やら着地点を見失っているようだ。

 風に流されるルーキスは青い顔をしているものの、ルゥは楽しげに羽を動かして彼を追いかけている。



「キュピ~!」


「あああああッ、ついてくんなコウモリがァ!! 何でずっと俺にひっついてくるんだよ!!」


「キュ〜?」


『ザザッ──ザッ──あー、なんかどっかで聞いたことがあるんだが、コウモリってのは求愛行動の一環でメスを追いかけ回すらしいぜェ? よかったじゃねえか、弟子よ。どーぞ』


「誰がメスだァ!! つーかお前オスだったのか!? どーぞ!!」


「キュピピ?」



 無線機の先から告げられた師の言葉に衝撃を受けつつ、ルーキスは再び強風に煽られた。「うおおお!!」と叫んで流されていくその様子を上空にいるジョゼフは他人事のように笑いつつ、『健闘を祈るぜ〜!』などと言い残して無線を切ってしまう。


「おぉいクソジジイ!! これ着地はどうすんだよ!!」


 無責任な師への怒りをあらわにするルーキスだが、もはや一切の応答もない。一方で、操縦不能に陥りかけている彼の状況を地上の魔女はいち早く理解したらしく、即座に地を蹴ってルーキスの元へ駆けつけてきた。



「ルーキス様ぁ〜〜ッ!! 私にお任せください〜!!」



 声を張り上げた魔女。彼女は軽快な身のこなしで障害物を次々と避け、やがてルーキスの真下へ追いついてくる。

 樹木化しつつある両の手。伸び始めている樹の根に魔女は魔力を注ぎ込み、落下してきたルーキスの元へとそれを伸ばした。



「えいっ」


「うわあああっ!?」



 シュルルルッ──腕を木の根に変えて伸ばした魔女にルーキスは絶叫する。しかしその甲斐あって無事に彼を捕まえることに成功し、魔女は安堵した様子でパラシュートを引きちぎってルーキスから切り離した。


「はいっ、ナイスキャッチです〜」


 微笑み、ルーキスをしっかりと抱き留める。しかし樹の根の成長を強引に速めたことで樹木化の症状は著しく進行してしまったらしく、ふと息をついた瞬間、いくつもの白い根が身体中から一気に発芽して枝葉をぶわりと広げてしまった。


「うっっわああああ!?」


 衝撃的な光景にルーキスは焦燥をあらわにし、また絶叫しながら彼女に掴み掛かる。



「おっ、おま、お前っ!! 体ッ……体が!!」


「えへへ、無理やり魔力を使って根っこを伸ばしたので、樹木化が進んじゃいましたね〜」


「笑ってる場合かよ!!」



 体が樹になりかけているというのにヘラヘラしている魔女を一喝する中、ルーキスの頭にしがみついたルゥは、魔女の体から伸びた根っこを楽しげにつつく。



「キュピッ、キュピ~」


「ふふ、ルゥちゃんも、相変わらず元気で美味しそうです!」


「キュゥ?」


「もう少しで食べ頃ですね〜」



 やはり呑気に笑う魔女。ルゥは褒められたと思ったのか、「キュフン」と鳴いて得意げに胸を張った。


 そんなご機嫌なルゥを引いた目で見つつも、ルーキスは魔女の体の変貌をずっと気にかけている。きっと心配させてしまっているのだろうと考え、つきりと胸を痛めながら──魔女は口角を上げ、目を伏せた。



「……ルーキス様」


「あ……?」


「どうして、戻って来たんですか?」



 か細く問われ、ルーキスは伸び続ける枝や蔓に周囲を覆われる中で目を細める。少しずつ樹木化が進む腕から彼を降ろせば、ルーキスは難なくその場に立った。



「……ほら、ちゃんと、ひとりで立てるじゃないですか」


「……ああ」


「だったら、もう、足に問題はないのでしょう? トルメキアにも戻れましたでしょう? あなたのお望みは全て叶えたのに──なのに、どうしてまた、ここに来ちゃったんですか? あんな風に危険をおかしてまで……」


「何が〝望みは全て叶えた〟だ。勝手に全部叶えたことにするな。まだ残ってるだろうが」



 魔女の言葉を食い気味に遮り、ルーキスは懐から取り出した生成りの羊毛紙を魔女に突きつける。

 それは以前魔女が受け取った依頼書に間違いなく、彼女は大きく目を見開いた。



〈傭兵を長らくやっているが、不眠症らしく、夜はほとんど眠れない。寝かせて欲しい。──ルーキス・オルトロス〉



 そこに記された文面を読み取り、黙り込んだ魔女。何も言わない彼女に構わず、ルーキスは続けた。



「この依頼は、まだ終わってねえぞ」


「……でも……これは……あなたが、他人に書かされたもの、だって……」


「ああそうだよ、本当に気に食わない。だが、経緯はどうあれ、これは間違いなく俺の筆跡だ。俺がサインを書いた依頼書なら、それは正式に俺が頼んだ依頼ってことだろ」



 揺らぐ藍色の瞳を正面から見つめ、ルーキスは迷いなく言いきる。彼らが会話を交える間にも、魔女から生えた樹の枝葉は少しずつ伸び、すでにルーキスをも閉じ込めて逃げ場を塞ぐように覆い隠していた。


 彼女はハッと我に返り、彼の身を危ぶんで声を張る。



「る、ルーキス様、危ないです! 離れてください! このままじゃ、ルーキス様までどうなってしまうか……!」



 訴える彼女だが、ルーキスは聞き入れない。それどころか、彼は魔女に一歩近付き、その身を引き寄せて華奢な背中に腕を回した。


「……!」


 唐突な抱擁に、魔女は息を呑む。



「……離れて欲しいなら、さっさと引き剥がせよ。お前の怪力ならどうとでもできるだろ」


「……っ、だ、だめです、ルーキス様……っ、危ないですから……!」


「嘘をつくな。お前、本当はどうしたいんだ? お前は何を望んで、何を欲してる? ちゃんと本音を言葉にしろ」



 耳元で囁かれ、強く抱きしめられて、優しい人肌のぬくもりに包まれて。

 魔女は自身の胸が震える感覚を覚えながら視線を泳がせた。


 だめだ、危険だ、ちゃんと彼を守らなくては。


 そう頭では理解できているのに、岩すら容易く壊せるはずの手にも、足にも、力が入らない。彼の体を引き剥がすことができない。

 つい本音を口こぼしかけて、しかしやはり躊躇してしまって、結局何も言えずに黙っていると、ややあって呆れたようなため息が吐きこぼされた後、ルーキスは耳元で囁いた。



「いいから、言えよ、魔女」


「……」


「助けてほしいって言え」


「……っ」


「お前、本当は──自分の名前が欲しいんだろうが」



 横暴に踏み込んで核心に触れれば、魔女は唇を噛んで瞳を潤ませ、ふらふらと力の抜けた足でその場に座り込む。


 同時に白い樹木は地面へと根を張り、土の中に潜り込んで、彼女の体を固定させ始めた。

 少しずつ樹木化が進んでいく魔女。やがてようやく口を開き、声を震わせる。


「そんなの、私には、もったいないです……」


 夜明けが近い西の空。わずかに残った月の光が輝き、名も無き樹木の白い枝葉が、その形を作り上げていく。


 これまでひとりで歩き続けた、静かな夜の最奥で、魔女は続けた。



「花の中で目を覚ましたあの時から、私には、何の才覚もありません……誰でもできる魔法しか使えないし、普通は九年で卒業できるはずの学院ですら、二十年間、卒業できていない……」


「ああ」


「そんな私が、自分の名前なんて、いただいていいはずが──」


「〝アイラ〟」



 東の空が白み始めた瞬間に、今にも大量の枝葉に飲み込まれてしまいそうな彼女の耳元で、ルーキスは呼びかけた。

 魔女は目を見張って顔をもたげ、正面に移動してきた彼の姿をぼやけた視界の中に映す。


「お前の名前だ」


 硬直している魔女に微笑みかけ、木の根の中で、ルーキスは告げた。


 常日頃、仏頂面ばかりだった彼。そんな彼が初めて見せた柔らかな表情。

 東の空から昇ってくる朝日を背にして向けられたその微笑みが、あまりにも眩しく、あまりにもぬくもりに満ちていて、取り繕ってばかりいた感情を連れてくる。


 アイラ──〝月明かりの夜〟という意味を持つ、古い言葉。


 少し前に歌い聴かせた子守唄を思い出した魔女は、耐えきれずに顔を歪め、大粒の涙を目尻に浮かべた。



「……やっと、本当の顔を見せたな、お前」



 信じられないとばかりにかぶりを振る彼女の両頬に手を添え、夜明けの朝日を背負ってルーキスは囁く。

 他者の前で見せた初めての涙。色のない雫は朝の光を浴びて輝き、きらきらと、白い枝の上に落ちていく。



「う……っ、え、ぅぐ……」


「アイラ。この名前をお前にやる。『普段は太陽ぐらい目障りでやかましくて鬱陶しいから、少しは大人しくしろ』っていう意味を込めた」


「意味はすんごい酷いですぅ……」


「そうか? だが──」



 くすりと笑い、ルーキスは枝に変わりつつある魔女の髪を撫で、はっきりと明言した。



「これでお前は、もう、〝名も無き魔女ジェーン・ドゥ〟じゃないだろ」



 柔く口角を上げた──刹那。


 大きく根や枝葉を伸ばしていた樹木化の進行が、ぴたりと止まる。

 それまで真っ白に広がっていたそれらは枝の先から徐々に色を帯び始め、虹のように七色に輝きながら、花びらのごとく宙に舞い散り始めた。


 風を受け、夜明けの空に高く舞って、虹のような、オーロラのような──幻想的な色味を得たそれらが朝日に包まれて消えていく。

 二人の体に絡みついていた根や蔓も色彩を帯びて花弁となり、風の中に溶けていった。



 ──魔女は、名を得て初めてこの世に生まれ、己の生涯が始まる。



 今、まさにこの瞬間こそが。

 彼女が、〝アイラ〟が生まれた、その瞬間なのだ。


「う……っ、うぅ……っ」


 自分は今、やっと、この世界に受け入れられた。



「ふ、えぐっ……うぅぅ……!」


「そんなに泣くなよ、大袈裟だな」


「ううう~……泣がないなんてっ、無理でずぅ……」



 樹木化していたその体はやがて元に戻り、最後の枝葉がはらはらと、涙と共に散っていく。

 いまだに肩を震わせて泣きじゃくっているアイラのそばに寄り添っていたルーキスは、程なくしてギュッと抱きついてきた彼女に「あ? どうした?」と声をかけた。



「ひっ、ぐす……呼んでください、私の名前……」


「……何でだよ」


「呼ばれたいんです……」


「……アイラ」


「もう一回……」


「アイラ」


「もう一回──」


「しつけええ!! 何回呼ばせんだよ!」


「うわぁぁん!! だって、嬉しいんですもの~~!」



 涙を拭ったアイラはようやく顔を上げ、抱きついたままルーキスに頬を寄せてくる。込み上げる照れくささに耐えながら黙っていると、彼女は涙声で囁いた。



「ありがとう、ルーキス様……」


「……別に……」


「私、やっぱり、あなたのことが大好き……」


「バッ……そういうことを簡単に言うな!」


「ぐすっ、どうしてですか、こんなに素敵で、優しくて、かっこいい人間は他にいません……いくらでも言えます、世界でいちばんあなたが大好きです……。ねえ、ルゥちゃん」


「ギュピ〜、ギュゴ〜」


「あらら寝てます」


「朝だからな……」



 朝日が昇ったことですっかり就寝モードのルゥは、我関せずとばかりにイビキをかいている。

 ぴったりと引っ付いたまま寄りかかるアイラは尚も「大好き」と言い続けており、小っ恥ずかしさに耐えきれなくなったルーキスは、咳払いをしたのちに顔を逸らした。


 するとその時、先ほど途絶えたはずの無線機が不意にノイズを混じえながら再び繋がる。



『ザッ、ザザッ──おう、ルーキスよォ。ちゃんと女に告白できたかぁ? どーぞ』


「……逆に告白されてるとこだ、黙ってろクソジジイ。どーぞ」


『ガッハッハ、そりゃ邪魔したな! 無事で何より!』


『えええ〜ッ!? そのシーン私も見たいぞ! ルーキスくん、映像送って!! 早く!! 今すぐ!! キッスせえキッス!! ドエッチなやつでお願いします!!』


「……おい、何でウメコヴィの声がするんだ?」



 突如割り込んできたウメコヴィの声に目を細めると、ジョゼフは『それがなあ〜』と口火を切る。



『なんか、俺の飛空艇のモニターに、バックアップ? だっけ? 何だかよく分からんが、そんなんを埋め込んで転生したとか何とか言ってやがって……どういうこった? 若者の言葉は俺にゃァ分からん』


「ああ、なるほど、分かった。とりあえずそのモニター叩き割っといてくれ」


『ガハハッ、承知したぜ弟子ィ!』


『えっ? ちょっ待っ──ホギャーーーーッッッ!!』



 バリーン、とモニターが叩き割られる音を無線越しに耳で拾い上げ、ルーキスはやれやれと肩を竦めながらその電源を切る。遠くで旋回していた師の飛空挺は、再びこちらに向かってきていた。


「ここで待ってりゃ、そのうち俺の師が迎えに来る。それに乗ってトルメキアに戻るぞ」


 引っ付いているアイラに伝えれば、彼女は驚いたようにルーキスを見やる。



「……私も、ついて行っていいんですか?」


「別について来たくなけりゃ、ここに置いていくけど」


「い、嫌です、行きます! 私、あなたのおそばにいたいです! ずっと!!」



 食い気味に詰め寄られ、ルーキスはふつふつと湧き上がる気恥ずかしさを誤魔化すように咳払いした。この穢れのないまっすぐな視線は、いつにも増して目に毒だ。



「……分かった分かった。別に突き放したりしねーから、お前の好きにしたらいい」


「本当に? おそばにいていいんですか? 迷惑じゃないですか? もしも実は無理してるんだったら早めに──」


「ああもう面倒くせーな、いいから黙って俺について来いっつってんだろうが! ほら行くぞ! ……アイラ!」



 ふい、と最後は顔をそらし、投げやりに付け加えて呼びかける。

 するとアイラは瞳を輝かせ、ぴとりと彼に身を寄せた。



「ルーキス様、もう一回……」


「るっせえ! もう二度と呼ばねえ!」


「ええーッ!? そんなあ! 呼んでもらえなかったらまた根っこが生えて死んじゃいます〜!!」


「知るかよ、次また樹になりやがったら俺は助けないからな!」


「そんな殺生なぁ〜! たまにはお名前呼んでくださいよ、ねえルゥちゃん!」


「ギュピー、ギュピピー、ギュゴッ」


「あらら寝てます」


「このくだりさっきやったぞ」



 調子の戻ってきた彼女の言動に脱力しつつ、ルーキスはぐしゃりと自身の髪を掻き回した。兎にも角にもやかましい。本当にどこまでも眩しくて、太陽みたいに目障りな女だ。



「ったく、お前のどこが月明かりなんだ……」


「名付け親に言われましても……」


「チッ……! あーくそっ、いいかアイラ、よく聞け!」



 名前を紡ぎ、ルーキスは生成りの依頼書を取り出して、彼女に突きつける。



「これから少しでも俺に悪い夢なんざ見せやがったら、即刻解雇してやるからな! 肝に銘じておけよ!」



 赤らめた顔を逸らし、ドン、とアイラの胸元に押し付けた羊毛紙。

 アイラはそれをしかと手に取り、ルーキスの名前が記された文面を愛おしげに眺めて、満面の笑みで頷いた。



「はいっ、もちろん! このアイラにお任せください!」



 眠れぬ傭兵ルーキスは、今宵も眩しすぎる月明かりの下、魔女におやすみのキスで寝かしつけられている。



「──悪い夢は、見せませんから!」



 いずれその名を呼ぶ者がいなくなり、彼女が再び〝名も無き魔女ジェーン・ドゥ〟に戻って、彼に与えてもらった美しい生涯いのちを終える、


 遥か遠くの、その日まで。




〈完〉

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眠れぬ傭兵ルーキスは、魔女におやすみのキスで寝かしつけられている umekob.(梅野小吹) @po_n_zuuu

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