記録2

「おはようございます、昨夜はよく眠れましたか? 」


 朝に弱い私は引き攣った笑みを浮かべ罪人イリアを迎え入れるが、昨日と同様、いや昨日よりも遥かに不満と不安が入り混じった表情で正面の席に着座した。


「…えっと……」


「無理もないでしょう、こんな閉鎖的な空間に閉じ込められ、我々は貴方の過去を掘り返しているのですから…ですが、あなたに正当な判決を言い渡す為にはこうするしかないのです。ですので―」


 私の薄っぺらい話を遮り少女は口を割った。


「分かっています。自身の弱さが故に私はここに居るんですから」


 強か…いや、自棄と捉えるべきだろう。


「…早速聴取を始めます。昨日の続きからお話しいただけますか」


「…クラスの皆が前へ進んでいくのを尻目に、私は実技演習を休むようになりました。クラスの皆や担任の先生には調子が悪いと伝え、演習場の隅に座り、魔法を繰る空想上の自分を演習場の中央に投影していました。案外楽しかったんですよ、魔法を操る自分を思い浮かべ、クラスメイトが私に賛辞を贈る姿を妄想するの。こうだったらいいなと、こういう風になりたいなと」


「けど、所詮は妄想、次第に叶うはずのないものだと気づき、そんな妄想を浮かべる自分が、ロクに魔法も使えない自分が、私が出来ない事をさも当たり前かのように行うクラスメイトが憎く思えてきて…いえ、彼女らは何も悪くないんです。教わった通りの事をやっているだけに過ぎないんですから、分かってはいるんです。けど、そうやって誰かの所為にして、誰かを憎んでいないと自分が押しつぶされてしまいそうで、消えてしまいそうで。

 そうやっていつものように演習場の隅に蹲るある日、私の元に先生がやってきました。仮病がバレたのかと思い、言い訳を脳の中で構築しようとしていると、『放課後校舎裏の庭に来い』とだけ言い残し去って行きました」


「…続けてください」


「予定も、予定を組む友達も居ない私は言われるがまま庭へ向かいました。そこには先生が居て、私を見るや否や、炎を出すよう私に命じました。とうに諦めていた私は内心、”これでも同じことが言えるのか”という半ば自棄な気持ちで習った通りの完璧な所作で魔法を詠唱しました。しかし、私の予想通り炎など出る筈もなく、それを見た先生はついて来るよう促しそれに従いました」


「辿り着いた先は草木が綺麗に整えられた閑静な墓地でした。何故こんな所に連れてこられたのかも分からぬまま辺りを見渡していると、墓地から棺を掘り起こしました。彼女の行動の全てが理解出来ず、更に混迷を極めていると、棺の蓋を取り払い、私に死体を見ろと促し、またも私は言われるがまま棺を覗くとそこには白金色の美しい髪と端整な顔を持った少女が眠っていました。…そして気づいた頃には私はその少女となり、棺には私が居ました」


「つまり肉体が入れ替わったと? 」


 肉体を入れ替える魔法なら知識として既に頭に入っている。だが、その魔法は時間制限があり、そう長くは保てない。ましてや彼女は三年前にこの姿になった…となると彼女は入れ替わったのではなく、死体に意識を移したという方が正しいのだろうか。


「そういう事になります」


「貴方、即ち白金色の少女に見覚えはありましたか」


「いえ、私も余所者だったので…ただ、学校のあった周辺でなら見覚えのある人は居るんじゃないかと。自分で言うのもなんですが、容姿は端麗だと思うので誰かの記憶には残っている筈です」


「なるほど、続けてください」


「先生は白金色の髪を持った私に近づき、凍えるような青い輝きを放ったクリスタルを私の心臓に突き刺しました。本来なら心臓に何かが刺さった時点でヒトは生命活動を終える筈ですが、私は終わる事なくただ茫然と立ち尽くしていました。そんな私を見た先生は表情を変える事なく無色透明となったクリスタルを私の心臓から抜き取り、私にいくつかの要点を話し去って行きました。」


「要点? 」


「一つ目は、私にを与えたという事。二つ目は、奪いたい対象に接近すると奪える能力が可視化されるという事。三つ目は、奪いたい対象と共に居る時間と奪える能力の数は比例しているという事。…四つ目は、奪われた対象は恒久的に奪われた能力は再度会得する事が出来ないという事」


 魔法の類なのだろうか。それともクリスタルを突き刺したという供述からするに技能として後天的に、それも半ば強制的に植え付けたものなのだろうか。そんな事をメモに書き記しながら考えていると、彼女は昨日と同様に声を震わせた。


「………力を得た私がする事はたった一つしかありませんでした。私は私だったモノから制服を剥ぎ取り、色白のきめ細やかな肌に纏い再び学校に脚を運びました。廊下を歩き見ず知らずの生徒とすれ違った瞬間、どうやって能力を使ったのかは分かりません。ただ本能が、欲望がその時一番欲しかったものをその生徒から奪ったのを感じました。今思えば、他の能力が見えなかったという事はその生徒はその能力しか会得していなかったんでしょうね…」


「そこから身体の中に何かが流れ込んでくるような感覚がありました。文字を束ねた情報でもない、ましてや魔力でもない。得体の知れない自信でした。その自信を胸に私は街外れへと向かいました。誰の目にも触れない橋の下で、今までと同じように習った方法で、ノートを見返し、壊れていない新品の杖で火の魔法を唱えました。そうしたら―


 ―赤い光が私の前に現れ火を灯したんです。あれだけ努力して、苦労しても出せなかったものが瞬く間に出せてしまったんです。いくら努力なんかしても報われない、無駄な努力だなって、その時痛感しました」



 無駄な努力。確かにそれは存在する。

 実際、私自身も士官学校時代は異性の級友の気を惹こうと身だしなみやら言葉遣いを意識してみたものだ、オチはこの話をしている時点で既に見えている。だが、彼女が口にするというのは大きくベクトルが異なっていた。


「…つまり貴方の元の肉体では魔法は使用出来なかったという事でしょうか? 」


「はい。父も母も魔法とは無縁の人生を送ってきました、だから私が魔法が使えないなんてのは分かり切っていた事実で必然だったんです。けど…昔の私は”そんな事ない””やってみなきゃわからない”等と都合の良い妄想でその事実から目を背け無駄な努力ばかりしてきました。そんな自分が赦せなくて、醜くて、惨めで憎くて、そうして私は私を殺す為、墓地へと戻りました。棺にはまだ私が、腫れぼったい目をして、肌が荒れていて、口角が下がった不細工な私が居ました。コイツは…コイツは…」


「イリアさん? 」


「叶いもしない夢ばかり追い掛けて、いくら勉強しようが何一つ実践する事すら出来ない知識だけの頭でっかちで、自分の無力さを無能さを棚の上において人を認めようともせず見下してばっかいて、何様のつもりなんだと…そう思ったら腹が立って、私は墓地の近くに植えられていた木の枝で私の腹を幾度となく突き刺し、脳が零れるまで墓石に頭を打ち付けました」


「それが貴方が行った”殺人”ですか? 」


「どうなんでしょうか、確かに被害者は私ですが、それと同時に私は加害者でもあります」


「その後貴方はご遺体をどうされましたか? 」


「再度棺に納め、今の私が眠っていたように墓石の中に埋葬しました」


「なる程…ですが、現状何も証拠が見つかっていない以上、死体損壊を貴方に当て嵌める事すら出来ません」


「…そうですか」


 本来ならば証拠が見つからないと分かった途端、声の抑揚が上がったり、頬を緩めたりするのだが、彼女はそれとは真反対に頭を抱え憂いているように見えた。自主をしている訳だからそれも当然だとは思うが、あまりにも対称的で希死念慮きしねんりょさえ感じる。


「失礼、話が逸れてしまいました。可能であれば続けてください」


「はい、その後私は醜かった頃抱いていた叶いもしない夢を叶える為、ラムダを後にし王都へ向かいました」


「夢、というのは? 」


「沢山の魔法を使えるようになって魔導士になることです。その思いだけは姿が変わっても実現させたかった」


「しかし、今の貴方の姿は魔導士のそれではありません。ローブを羽織った貴族のようにも見えます。その辺の事情についてお話していただけますでしょうか? 」


「この格好はただの結果に過ぎません。私は魔導士ではなく知識を提供する立場になりました。多くのスキルを扱い知識を提供する…そんな身分になったんです。貴族直属の知識者といった方が話は早いですね」


「なるほど…分かりました。情報を整理しますので今日の所はここまでになります。明日もまた引き続き聴取を予定しておりますが、何か思い出したり気づいた点などがあればいつでもお申し付けください」


「分かりました。本日も貴重なお時間をいただきありがとうございました」


 そう深々と頭を下げる少女。

 今までの態度からするに彼女が虚言を吐いたり操作を攪乱させるような発言をする事は無いだろう。その点の脅威は完全とは言えないが、殆どないと言っても良い。我々にとって最大の懸念は全てを自白する事なく自ら命を絶ってしまう事だ。それだけはなんとしても避けたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白金色のメッキ 解像度の高い正方形 @SqHigh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ