白金色のメッキ

解像度の高い正方形

記録1

 木と鋼鉄で出来た重苦しい雰囲気を漂わせる扉を開き、後方の罪人に綱を軽く引っ張り合図を送る。


「どうぞ、こちらへ」


 長机に二脚の椅子とどこの取調室にもある必要最低限の空間だ。


「…失礼します」


 透き通るような白金色の長髪をした少女は小さく呟き腰掛ける。

 平時なら罪人と言うのは”離せ”だの、”俺はやってねぇ”等と決まって似た様な台詞を吐き出し、暴れ、そして決まって我々尋問者が連中の頭を机に叩きつけるのだが、今回は手が出ずに済みそうだ。


「初めまして、パイソンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「イリアです。」


「…」


 ファイルを開き、イリアと名乗る少女と手に持った資料を交互に眺め、最初の質問を投げかけた。


「家名は? その髪と言いローブの生地と言い、家名のないような貧民とは考えにくいのですが」


 皇族が着るような煌びやかな装飾こそ使っていないものの、損傷も折り目もない点から私はそう睨んだ。


 取調室の隅から聞こえる書記の走らせる筆の音も止み、あたりの空気は再び静まり返えった。

 そして、まるで静まるのを待っていたかのように少女は口を小さく開く。


「家名は…ただイリアとだけ…」


 資料の氏名欄にも同様にイリアとだけ記載されており、罪状には窃盗と殺害という二つの重罪のみが記されていた。


 家名が無い割に清潔感のある身だしこの二点からするに貴族の奴隷という線も捨てきれない。

 架空の罪を申告して保護してもらうというケースだって他所でも幾つか報告が上がっているくらいだ。だが、どれも事後報告は大抵後味が悪い。


「…承知しました。ではイリアさん、あなたに幾つか質問をします。まず、あなたが自主するに至った経緯を簡潔に答えてください」


「…三年程前になります。私は隣国の魔導を主体とした学校に通っていました」


「隣国…と言うとラムダですね」


「はい、そこの魔法学校に通っていました」


 ラムダの魔法学校と言うと一つしかない。特段著名な生徒が出ている訳ではないが就職には有利だとかで諜報部にも何人かちらほらいた様な気がするが、誰一人顔も覚えちゃいない。


「そして、そこで魔法の基礎を学びました」


「続けてください」


「最初は座学からでした。魔術の発展の歴史、クリスタルとの共存関係、基礎魔法の種類まで…幼い頃から憧れていた魔導士だったので、座学は積極的に取り組む事が出来、テストにおいては悪い点など採った事は無かったと思います」


 悪い点など採った事は無かった…一度は言ってみたかった台詞だ。


「さぞ優秀な成績を収めていたのですね」


「はい、座学だけは」


 少女は息を飲み、額から汗を流し、真夏の海のような蒼い瞳が微かに揺れる。


「大丈夫ですか? もし話しにくければ今日の聴取はここで中断することも可能ですが」


「いえ…大丈夫です。二学期が終わった頃、魔法の実技演習が始まったんです。火の魔法の演習でした。一学期の際、座学で習った内容を基に、魔法陣の呼び出し方、杖の正しい持ち方…それら一連の流れを教わり、クラスメイトが次々と魔法陣を展開させ赤い光に包まれました。けれど、私は何も起こらない土の上でただ茫然と火を起こすどころか火の粉も満足に出す事無く…ただただ立ち尽くしていました。」


「最初は何かの間違いかと思いました。座学で好成績を残したからって基礎を怠って図に乗っていたのかも知れない、どこか見落としていたのかも知れない。そう思って何度も教科書を、ノートを見返しました。もしかしたら杖が壊れているのかもしれないと思い先生に相談し修理にも出しました。何か一つでも疑念があればそれを否定し正そうとしました。」


「ですが、そのどれもが異常はありませんでした。そうして無駄な時を過ごす内にクラスメイトはみるみるうちに様々な魔法を会得していきました。私が心の底から見下していた不登校気味の生徒も、ドジばかり踏んでいた生徒も思いのままに魔法を操るんです。私だけが停滞し、皆は進んでいくんです」


 イリアと名乗る少女は蛇のように縦長な瞳孔を震わせ、からからと自嘲するように笑って見せた。

 合わせるように笑ってやるべきか、はたまた憐れんでやるべきか、自分自身どんな表情をすれば良いか分からない。そんな心境を知ってか知らずか、彼女の感情に変化が生じる。


「おかしくないですか? 私幼い頃からずっと魔導士に憧れてたんですよ? だから毎日頑張って勉強してきたのに、頑張ってない奴らが出来てなんで私が出来ないんですか? 」


 そう答える彼女の声は怒りに充ち溢れると同時に恐怖に震えているように見えた。


「すみません、取り乱してしまって…迷惑でしたよね」


 そう言い彼女は小さく深呼吸をした。感情に支配されながらも彼女は僅かな時間で我を取り戻し、感情に支配されていた旨を謝罪する。まるで鳥の目を借りたように自身を客観視しているようだ。


「いえ、今日の聴取はここまでとしましょう。簡素ではありますがお部屋を用意しましたのでそちらをご利用ください」

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