第21話

 病室の外では、鹿島が芹野と話をしていた。

「おれがついていながら、申し訳ねえ」

 鹿島はそう言って話を締めくくった。

「いえ」

 芹野は釈然とせぬ面持ちで答え、それからぽつりと呟いた。

「どうして龍児君は来なかったんだろう」

 拓海と環の直接の友人は南雲龍児である。龍児という仲立ちなしに、綺羅と彼らが遊びに出かけた点に疑問を抱くのは当然だ。

 御厨総司が拓海に対して仕掛けた罠だったというのがことの真相だが、それを明かすわけには行かない。

「さあなあ。本当は来るつもりだったんじゃねえか」

 鹿島はしらを切った。

「専務はどうして一緒におられたのですか?」

 これも当然の疑問だ。

「お嬢とは長い付き合いでな。あいつが小さい頃から親しくしてる。昨夜はクルージングに誘われて出かけただけだ。お前んとこの娘や上杉が一緒に来るってことは知らなかった」

 龍児が来るつもりだったとすれば、これで説明はつく。

「上杉がこんなことになったのはおれの責任だ。目を離したのがいけなかった」

 芹野は一応納得したように頷いた。

「ところで、専務。今件に御厨秘書が関わっているということはないでしょうか」

「御厨が?なぜだ?」

 内心ぎくりとしたが、鹿島は平静を装った。

「いえ、夏の山荘でのパーティーの時も、同じようなことがありました。あの時も拓海君が狙われた節があるのですが、もしかすると御厨秘書が裏で糸を引いていたのではないかと・・・」

「なぜそう思う?」

 二つの事件と御厨を結びつける芹野の洞察に舌を巻きつつ、鹿島は慎重に問い返した。

「あの時も今回も拓海君と南雲家の周辺で事件が起きています。さらに遡ると、拓海君は学校で南雲龍児君とトラブルを起こしています。それが北村夏美さんをめぐる三角関係に発展したと聞いています。夏美さんの父武臣氏は、我社の取締役会のメンバーで次期社長候補の一人として名前が挙がっています。ゆくゆくは娘を南雲家に嫁がせ、南雲家との癒着を強めたいというのが彼の意向です」

「そこに上杉拓海という邪魔者が現れたというわけか。なるほど。しかし、そのことと御厨に何の関係がある?」

「南雲龍児君と北村夏美さんが婚約関係にあることは周知の事実です。その関係を守るためには上杉拓海という不穏分子を排除する必要がある。その裏工作に御厨秘書が動いているのではないかと・・・」

「それはお前の推測だろう。だいたいことは高校生の恋愛じゃねえか。大人が口を出すことじゃねえ。しかも、会社ぐるみで・・・。南雲製薬(うち)みたいな大企業のやることかよ」

「しかし、夏の事件には御厨秘書の影がちらつきます。そこに今回の事件が起こった。二つの事件には類似性が認められます」

「そいつはこじつけってもんだ。なぜ、そう御厨を敵視する?」

「別に敵視しているわけではありませんが、会社内でも彼の動きには不審な点が多い」

「お前がいたD研究室にやつが出入りしてるって話だろう。だが、あそこはもうお前の手を離れたんだ。左遷された事を根に持っているんなら、御厨を恨むのはお門違いだぜ」

 芹野は心外だという目つきで鹿島を見つめ返した。

「私は左遷されたとは思っていません。御厨秘書に遺恨があるわけでもありません」

「なら、お前さんの言っていることは筋違いだ。今おれに話したことは胸にしまっておけ」

 内心芹野の推理に感心しつつ、また、俺はお前と同じ側にいる人間だと伝えたい衝動に駆られつつ、鹿島は敢えて厳しい口調で芹野を嗜めた。真相を明かすわけには行かないのだ。環の父親である彼にだけは、絶対に・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

南雲家の秘密 Hiro @jeanpierrepolnareff

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ