怪物の女王

「本当に削っちゃうのか? こんなに良い槍を」

「いい。ガッとやれ、ガッと」


 王城の中にある鍛冶工房。私は、ラインの従騎士兼整備係だったカリオを呼びつけ、槍を王笏に作り変えてもらおうとしていた。

 かつての皇帝が決して手放さなかったという杖は、流石に私が使って良いものではないだろうし、そもそもどうやら戦火に紛れて紛失してしまったらしい。そのため新しいのを拵えようとなって、私は腕の確かなことを知っている職人に任せたいと思ったのだ。


 しかし、カリオ自身はどうしても勿体無い気持ちが捨てられないらしく、なかなか首を縦には振らなかった。


「こんな別嬪さんを他の野郎に任せるのも嫌だけどさあ、どうしてもやんなきゃ駄目か?」

「女王命令だぞ、従わないなら首を刎ねてやる」

「うへえ、すっかり染まっちまって、まあ」


 ふざけたように舌を出し首を竦めてみせたカリオは、私の格好を見て、悲しそうに溜息をついた。


「ずっとその真っ黒なドレス着てるんだって? いよいよ白鷲みたいじゃないか。喪服のつもり?」

「今更着飾ったところで、見せる相手がいないものでな」

「まだ若いんだからさ、フラレたと思って次でも探せばいいじゃんよ」

「生憎だが、ライラック以上に良い男はこの世におらん」


 そんな話をしながらずっと槍を撫で回していたカリオは、ようやく踏ん切りがついたようで、鞄の中から鍛冶道具を引っ張り出し始めた。


「本当にいいんだな?」

「良い。新たな戦場には新たな武器がいる」

「ふーん、覚悟は決まってるんだな。ま、何かあったらいつでも俺に相談してくれよ。女王の冠なんか取っちゃってさ! あんたがシラフで話せる相手なんて、もう俺くらいしかいないんじゃないの」

「……そうだな、感謝しているよ」


 早速作業が始まるようなので、踵を返して工房を去る。元気そうだと思ったが、案外そうでもないらしい。

 過去を懐かしむ嗚咽が、工房から漏れ出していた。


──────────────────────


 玉座の間は、長きに渡る主人の不在のためにすっかり冷え切っていた。壁に連なって立てられたロウソクは居心地が悪そうにか細く揺れている。


 西の地にその身を捧げることを選んだ騎士たちが、片膝をついて頭を垂れ、列を成す。


「嘆け、償え、皇帝の死を」


 私は騎士たちの間をゆっくりと通り抜ける。


「我らに夢を見た皇帝。我らに夢を見せた皇帝」


 漆黒の衣装を靡かせて、彼らに淡々と語り聞かす。


「嘆け、償え、英雄の死を」


 それは誓約だった。主君わたし騎士かれらの契約の言葉。


「我らに平和をもたらした英雄。我らに平和を願った英雄」


 私は、私への忠誠を騎士たちに求めない。

 望むのはただ、民を守護する意志である。


「そして、ゆめゆめ忘れるな」


 とうとう私は玉座の前に立つ。

 瞼を閉じて、その座面に腰をかけ、それから静かに前を見据える。


「血は血を以てしか清めること能わず、すなわち我らの罪である」


 騎士たちは微動だにしない。黙って私の言葉に耳を傾ける。


「騎士、汝らの振る刃の重み、すなわち我らの罪である」


 我々は、剣を振り下ろす先を間違えてはならない。私のような存在が、二度と現れない国にしなければならない。

 幾億年の未来には楽園に手が届くというのなら、私たちの屍で冥府を埋め尽くすことすら厭わない。


「我ら血染めの罪を浴び、地獄へ共に堕ちましょう」


 それが我らに遺された、ただ一つの贖いなれば。


──────────────────────


 かつて、愛した男の願いのために、その命を燃やし尽くした女がいた。


 男は英雄と呼ばれ、壊れた国の平和を取り戻した。


 女は英雄の跡を継ぎ、その国を栄えさせた。


 最初からそのためだけに誂えられたかのような二人。


 彼らの偉業が本当のところ、まるで普通の人間みたいな恋の結末に過ぎないことを、誰も知らない。

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怪物と呼ばれた女王 遠梶満雪 @uron_tea

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