リアルに怖い話。

山岡咲美

リアルに怖い話。

 私、我妻彼方あがつまかなたは会社を辞めようか悩んでいた、別に仕事がいやだった訳じゃない、ただ私の上司が私のプライベートまで干渉してくるのだ。


 最初はささいなことだった、女子大を卒業してこの大手不動産会社に入社した私が初めて残業をすることになった時だ、私は初めての残業に気合いを入るため化粧室で長いストレートの黒髪を整えたあと何時もしている地味なバレッタで後ろ髪を止め直し、フレームレスの眼鏡を外して目薬を指したあと自分のデスクに帰って来た時のことだった、私の上司、的井幸福まといこうふく係長がささやかな差し入れをくれたのだ、それはファミリーパックのトリュフチョコで小さな小分けの袋が三つ無造作に私のデスクに置かれていた、私はそれを「ありがとうございます」とその場でお辞儀をし、仕事が一段落するとコーヒーを淹れてそれを食べた、的井係長は私のことを娘でも見るかのように「うんうん」とうなづき満足そうに微笑んでくれた。


 そして私はそのチョコレートを甘いコーヒーと共においしく食べてしまったことをあとで後悔する事になる……


 そのつぎの日、その日も残業が続いた、私が所要から帰るとデスクにトリュフチョコがファミリーパックの袋ごと置いてあった、私はすぐに的井係長が置いてくれたんだと思い的井係長のデスクを見て丁寧にお辞儀をする、的井係長は今日も優しい笑顔を見せ満足そうにうなづいてくれた。


「的井係長、コーヒーお淹れしたのですがいかがですか?」


 私はお礼とも言えないがコーヒーを淹れ的井係長のデスクに運んだ、的井係長の机には和菓子の詰め合わせがあって私が「和菓子お好きなんですか?」と聞くと「ああ、ワシは和菓子派かな、若い者はチョコレートがいいんだろう?」と答えた。


 的井係長がわざわざあのトリュフチョコを私の為に買っていたのだとわかった。


 次の日の朝、私のデスクに幾つものチョコレートとクッキーなどが入ったコンビニの袋が置いてあった「食べきれないので」とひとこと声をかけチョコレートだけ受け取りあとは的井係長にお返しした。


 的井係長は少し残念そうな顔をしたので、少し罪悪感が残ったが私は間食で口の中に何か残るの感覚が嫌だったので完全に溶けきるチョコレートみたいな物以外固形物を社では取らないようにしていた。


 お菓子などは食事のあとにとり、すぐに歯を磨くのが私の習慣だ。


 次の日、コンビニのレジ袋に大量のチョコレートが入って私のデスクに置いてあった(チョコレートが好きだと思われたのだろうか?)、その中には私が間食で食べれそうな物もあったが最初にいただいたタイプの小分けのトリュフチョコだけ残し、板チョコやウエハースチョコ、アーモンドチョコと一緒に「体重が気になるので……」とそれっぽい理由をつけて的井係長にお返しした。


 次の日、私のデスクに和菓子の詰め合わせだけが置いてあった、的井係長のつもりは推し測るしかないがトリュフチョコが無ければ他のお菓子を食べると考えたのかもしれないし、返されるなら自分の好きな物が良いと考えたのかも知れない。


 私はあまりに断り続けるのも失礼だと思い家に持ち帰っていただこうとも考えたが、それは会社での差し入れの範疇はんちゅうを越えるとも思えたし、何より受け取ってしまえばまた必要の無い物をデスクに置かれるかもと考えたので的井係長にお返しすることにした。


「申し訳ありません、社ではあまり間食しないようにしているので……」


 厚意で渡された物をお返しするのは気が引けたが言葉にしないと伝わらないと考え、出来るだけ角の立たないように伝えてみた。


「我妻君、何か必要な物が有ったら言ってくれればいいんだよ」


「あ、いえ、今のところ大丈夫です、的井係長」


 私は一瞬身構えて距離をとった、私は的井係長のおかしさに気づき始めていたのかも知れない。


 次の日、トリュフチョコとクッキーと和菓子が置いてあった、好きな物を受け取れということだろうか? 私は的井係長が居ない間に的井係長デスクにそれら全てをそっと返した。



***



「無駄になるのでお菓子を置くのは辞めて下さい!」

 この言葉は今週何回目だろう? 私は何度も的井係長にこの話を繰り返している、この数週間で的井係長は私のデスクに何度も何度もお菓子を置き続け私がそれを返すという行為を繰り返していた、私はすでにいっさいの差し入れを受け取らなくなっていた。


「要らない物はワシに返せばいいんだよ吾妻あずま君、あとでワシが食べれば無駄になることはないだろう?」

 的井係長は笑顔で話、なぜ私が語気を強めているのかわからないといったようすだ。


「そう言う話ではありません的井係長、差し入れは受け取れないと入っているのです」

 同僚も的井係長の行動に違和感を覚えるが悪意も無いし法に触れるわけでもないのでなにも言えないでいた。


「じゃあ、一緒に買いに行こう車を出すよ、そうすれば無駄な物を買わずに済むだろう」


『買いに行かない、車にも乗らない、なんでそんな話になるの?』


 的井係長は私に真顔でそう言ってのけ私は心の中で否定した、何故私が的井係長と的井係長の車でお菓子を買いに行くという発想になるのかが理解できなかった。



***



「我妻君はこの辺りに住んでいるのかい?」



 会社帰りよく立ち寄るお弁当屋さんで的井係長に出会った、私はよく買う白身フライのお弁当を買っていてそこに的井係長が入店して来たのだ、私は直感的に警戒した、今までこの辺りで的井係長に出会ったことはない、まさかとは思うが私に会うためにここに来た? つけられた? いや違う、自意識過剰だ、そんなハズがない、私はある質問を的井係長にしようとしたが言葉が出なかった。


『的井係長もこの辺りに?』


 的井係長もこの近くに住んでるだけだと信じたい……。



***



「我妻君、今日はチョコレートが特売だったよ」

 ……私はアパート近くのスーパーマーケットで的井係長と出くわすようになっていた、最初、的井係長がお惣菜コーナーで私に手を降って来た時、その楽しげな笑顔に「ゾッ」としたことを今でも夢に見ることがある。


「チョコレートが……そうなんですか、ありがとうございます」


 私はすでに野菜コーナーにいる時も鮮魚コーナーにいる時もインスタント/レトルト食品コーナーにいる時も日用品コーナーにいる時もお菓子を買う時も周りを警戒するようになっていた、駐車場で的井係長の車が無いかも確認してからスーパーマーケットに入店するようにもしている、それでも的井係長を見かけると見つからないように帰るようにしていたのに今日は回避出来なかった、もしかしたら気づかれないように「そっと」近づかれていたのかもしれない……。


 私は勇気を振り絞って聞いてみる。



「的井係長この辺りにお住まいなんですか?」



 確認しなければと思った、私の声は少し震えていた。


「えっ? いやぁ、ちょっとこの辺りに用があってね、そうだ、ついでに君のアパートまで車で送って行ってあげよう」



 ナゼ私がアパートに暮らしてると知ってるの?



 私はそのスーパーマーケットに行かなく、いや、行けなくなった、別のスーパーマーケットは少し遠いけど仕方がない…………。



***



「あの、こう言う話で警察の方にお電話してよいものか悩んだのですが…………」



 私はこんなことで忙しい警察に電話するのは迷惑かもとも思ったが電話をかけ相談することにした、別に何か違法行為があった訳でも嫌がらせを受けた訳でもない、的井係長はとても親切だし今までのことも偶然のことかも知れない、電話でも警察の人にそう話した、でも私は怖くなったのだ。



「はい、その的井係長がアパートの前に」



 私は日曜日の朝何気なく少し開いたカーテンの隙間から的井係長の姿を見た、瞬間的だったか見逃さなかった、的井係長はまるでジョギングして少し休んでるともとれる真新しいジャージを着こんでいた。


「いえ、もしかしたらやっぱり偶然かもしれませんから、でも…………」

 私は少し声を詰まらせた、本当は助けて欲しかった、警察に来て欲しいと思った。


 私のアパートの部屋は一階にあって目の前には二車線の道路を挟んで何もない空き地、そしてその何もない空き地前の歩道でその何もない空き地を眺めたりしながら的井係長がたたずんで居るのだ。


「はい、カーテンは閉めたままで……鍵は閉めて開けないように、はい、チェーンロックも、はい、はい、はい!」


 私のその時の気持ちをどう説明すればよいだろうか? 実を言うと私はのだ、警察の人は私の恐怖と状況を理解してくれた、的井係長の行動がおかしいと私と同じように思ってくれたのだ。


「あの、私が電話したことは……」


「大丈夫です、近所の人から通報があったということで対応します」


 警察の人は慣れた口振りでそう言ってくれた、こういう電話がよくあるのだろうと私は気づいた。



***



 あれから二週間くらい、的井係長を近所で見かけることはなくなった、警察に電話をかけたあの日、的井係長に職務質問という名の警告をしてくれて的井係長をアパート近くから追い返してくれた二人の警察官と少しだけ話をすることが出来た、基本的に今後の防犯対策をどうすればいいのかというものと、何か気づいたら迷わず警察に電話をするというものだった。


「くれぐれも一人だけで対応せず警察を頼って下さい」

 男性の警察官はそう言って私を心配してくくれた、私は孤独ではないと思った。


「我妻さん、詳しいことはこの冊子に書いてあるので読んで下さいね」

 女性の警察官はそう言うとパトカーから冊子を持って来て渡してくれた、ちゃんと対応策があるのが心強かった。



「はっ、はい、今日はありがとうございました、本当に助かりました」



 警察官にいただいた冊子には[ストーカー対策マニュアル]と書かれてあった。



「……やっぱり的井係長、ストーカーだったんだ」



 私、我妻彼方は会社を辞めた、別に仕事がいやだった訳じゃない、ただ私の上司が私のプライベートまで干渉してくるのだ……そう、たった今も。





「はい、その的井係長が玄関の前に……」

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