第11話 運命
「はあ、まさか何千年と続く呪いになろうとはさすがの僕も思いもしなかったな」
さすがは狂っていても『神』なだけはある。
溜め息を吐きながら、庭園の見える部屋のベッドで眠っているジゼの髪を、同じベッドの縁に座りながら優しく撫でる。自然と眦が下がるのを感じた。
ふ、と呼ばれるように黒い薔薇が咲き誇る庭を見た。
僕達の愛し子は、何度も、何度も、殺された。
愛に狂った天使がかけた、決して『僕達の子』が幸せになれないという呪いによって。
僕は何とか愛し子達を守ろうとした。そうして生まれてくる魂がひとつの家に繋ぎ留められるように細工をしてみたけれど、それでも呪いは止まらず、激化したように思えた。
ジゼは何度も愛し子の亡骸を抱き締めては泣いて、僕は何度もその亡骸を輪廻の炎で燃やしてきた。
最近のジゼは疲れたように眠りにつくことが増えている。
眠ったまま起きないのではないのか。そんな風に思ってしまう程に、ジゼが起きている時間は日に日に短くなっていく。
「ジゼ。……ジゼ。起きて?」
「……ん、」
むずがるように眉を顰めて、その銀糸の睫毛を震わせる。
「……ぎ、る?」
開かれた銀糸の睫毛に縁取られたその宝石のような紫の瞳は、どこか暗い場所を見ていた。
僕はジゼを安心させるように抱き締める。
「ジゼ。僕のいとしい魔女。きみだけは何があっても僕が守るよ」
「……ギル。シーギルハイト。私達の愛し子は、また巡ってしまったの?」
その言葉には答えない。答えないことが、最大の肯定だった。
「……もう、見たくないわ」
「……そうだね」
「魔女と悪魔は、幸せにはなれないのかしら」
疑問のようで、確信のようなその言葉に僕は少しだけ悲しくなった。
「ジゼ……」
「ごめんなさい。悲しませてしまったわね。……少し、夢の中に居過ぎたみたい。でも、――今度の子はきっと大丈夫」
「え?」
今度の子?
そう呼ばれたのは、東の島国の紅く色付く木の名前が付けられた女の子。
その子も何度も何度も輪廻を続けた僕達の愛し子の魂の欠片のひとつ。
けれど何が違うのだろうか? 僕にはいつもと同じように見える。
愛に狂った男の手によって自身の母が殺され、その亡骸を僕達の間に出来た子供の数と同じ『二人』の子供が静かに葬る。
僕達が居る屋敷は彼らの住んでいる時空とは異なるけれど、報告に来るのはいつの間にか大きくなった家の当主となる子。
大抵は女が継いでいる。まるでその命を少しでも長らえさせようとするかのように。
結果的には家に繋ぎ留められ、足を搦め取られて、逃げ場さえ失っているのだけれども。
彼女達はこれは『運命』だと言い、受け入れている。いや、諦めているだけなのかも知れないけれども。
愛し子達を幸せにしてくれる『赤い糸』
愛し子達が非業の死を迎える『黒い糸』
そのどちらも持つ愛し子達はどんな因果か『黒い糸』の主に見つかってしまう。
ジゼの言った『今度の子』もまた黒い糸を持った男に付き纏われる運命の先を僕の目は見た。
ジゼの言うことはいつも突拍子もない。
僕は今度もまたダメだと思っているから、ジゼの瞳がこれ以上陰らなければ良いと思うだけ。
けれどもジゼは仄暗い紫の瞳に明るい兆しを見付けたような色を宿していた。
「だいじょうぶ。大丈夫よ、ギル」
「ジゼ?」
「もう、大丈夫」
しっかりと紡がれたその言葉に、僕はジゼが言うのならそういうことにしておこうと思った。
「……ジゼ? 眠いの」
起きたばかりなのに、またうつらうつらとし始めたジゼに僕は語りかける。
「ゆめを、よくみるわ」
「夢?」
「アナタを憎んだ時、アナタに問われた時、アナタを受け入れた時、愛し子達と四人で暮らした、幸せだった時」
ずっと繰り返し、夢を見るの。
ジゼが僕を憎んだことがあることは知っていた。けれどそれを面と向かって話されるのは初めてだ。
ジゼはぽつりぽつりとそんなことを話しながら眠りの中に落ちようとする。
「ダメだよ。ジゼ? 僕ともっと、ずっと一緒にお喋りしていよう?」
「そう、ね。ギルとお喋り、私もしたい、わ……」
そう言いながらジゼの縦に割れた宝石のような紫の瞳はゆるりと閉じられる。銀の雪原のような睫毛がその瞳を縁取ったことを確かめて僕は肩を竦めた。
「次はいつ起きるのかな」
柔らかな髪を撫でて、頭のてっぺんにキスを落とす。
あの狂い神は未だにジゼを殺そうとしているらしい。
いつか殺したい程に憎い天使に聞いた。
神が愛した魂である『イヴ』を手元に戻す為に、神はジゼを殺したいのだと。
今までの魂達は神の手によって、神の元に還るように殺されてきたけれども、身を裂く程にいとしい存在をどうして殺すことが出来るのだろう?
ジゼひとり居るだけで、世界は美しく、こんなにも愛おしいのに。
「絶対に、ジゼだけは守るから」
例え、何人の愛し子が犠牲になっても。
僕にとって『一番は?』と問われたら、ジゼ。きみだから。
それを知ったならきっとジゼは消えてしまう。
だから身の内に秘めるのだ。
「ジゼ。愛してるよ」
この魂を焼いたのはきみだから。この魂が消えるまでは誰にも渡さない。
「ジゼの返事は、今度起きた時に聞くからね?」
薄いけれども手入れをしているから艶やかで柔らかな唇に口付けて、僕は微笑んだ。
――愛している。
それすらも呪いの一因なのだろう。
けれども、この想いは止められない。誰に止められる気もしない。
大好きで愛おしいジゼを見つめながら、日がな一日を過ごす。
それはきっと、僕達の愛し子を手に掛けた男達と同じ『幸せ』と呼ぶのだろう。
ジゼの言う通り、愛し子達が「大丈夫」なのだと確信したのは、それから数年後のことになる。
――世界はまた、変化した。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
それはきっと、これからまた何百年、何千年と続く物語の末に分かるのだろう。
ふふ、と笑って。僕は眠っているジゼの真白い頬に優しく触れ、あの日、彼女と契約した薬指にそっと口付けを贈った。
運命の薬指に口付けを 雪片月灯 @nisemonoai
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