三六.地下室
三日目の朝は清々しい天気だった。森の中に比べればいくらかましな睡眠がとれたようにも思う。
「それで地下室の入口はどのあたりなんだ?」
「多分このあたり」
全員で手分けして瓦礫の山を取り除いていく。すると意外にあっさりそれは見つかった。材質はわからないがマンホールの蓋のような物が床に設置されている。
「これは錬金術でしか開錠できない特殊な仕組みになっている」
「なるほど、だからここは手つかずのままだったんだね」
ラヴがそっとその蓋に触れると、やがてカチカチという機械的な音がかすかに聞こえてくる。一分ほど待つと鍵の開くような音と共に蓋が開いて、地下へと続く細い穴が露わになった。穴には梯子がかけてあるが、その底は暗くてどうなっているかはわからない。しかしそんなことに怯んでいる場合ではない。さっそくその穴を下りて行こうとしたが、隣にいたリタに制止される。
「君は最後だ、クロ」
「え、なんで?」
「……色々あるんだよ」
よくわからないが、そうこうしている間にフェルとラヴが穴に入っていく。仕方がないので言われた通りリタの後に続いて穴に入る。穴は想像以上に深く自分がどこまで下りたか知るためには、上を見上げて地上の光との距離を確認するしかない。その光すらほとんど点にしか見えなくなったころ、ようやく下からフェルの声が聞こえた。
「お、ついたぞ」
あたりは暗くて何も見えない。ただ音の響き方からかなり広い空間があるように思える。
「火種よ、闇を照らせ」
リタが唱えると小さな白い火の玉が現れ、柔らかい光であたりを包む。思った通り部屋はかなりの広さだった。その異様な雰囲気に思わず息をのむ。部屋の中には巨大な水槽のようなものがいくつもあり、天井を伝う無数のパイプで繋がれている。実験室というよりはもはや工場に近い。
「こんな場所でこれほどの設備を整えるとは……」
「マスターほどの錬金術師なら場所は関係ない。魔力さえあればどんなものでも作り出せる」
「……ここでラヴが生まれたんだな」
「どこかに研究資料が残っているはず。手分けして探そう」
しかしここで生まれた、ということはラヴはこの水槽のような装置に入っていたということだろうか。あらためてホムンクルスという存在が人間とは違うのだと実感させられる。そういう意味では生まれたという表現はあまり正しくなかったかもしれない。誰に産まれたわけでもないのに、新たな命を生むことができる。博士の言っていた『異常』という言葉の意味が、少しわかったような気がした。
「皆、こっちに来てくれ」
部屋の奥からリタの声が聞こえた。行ってみると壁に小さな扉のようなものが取り付けられていた。形状からして、金庫のように見える。だがどこにもダイヤルのようなものはついていない。
「一種の結界のようだ。けど開け方がわからない」
「なら牢から出た時みたいに力づくでいいんじゃねえの?」
「あの結界よりはるかに強度が高い。私でも壊せるかどうか……」
「……僕も開け方は教わってない。けどそれだけ厳重に保管してあるなら何か大切なものが入っているはず」
どうにか方法はないかと知恵を絞るが、俺に結界のことなんてわかるはずもない。どうしたものかと金庫を眺めるが、ダイヤルも鍵穴もついておらず、表面にただ細かな装飾が彫り込まれているだけだ。幾何学模様にも文字のようにも見える不思議な紋様だ。ただ仮に意味があったとしても文字が読めない俺ではどうしようもない。
「……あれ?」
「……? どうしたんだい、クロ」
「いや、ここにオープンって書いてあるから、何か意味があるのかなって」
彫り込まれた模様の中に、確かに『OPEN』というアルファベットに見える模様がある。しかしよく考えてみたらおかしい。ここは異世界で、俺はこの世界の文字が読めない。この世界では英語だって異界の言語のはずだ。それなのになぜ——
そう思った瞬間、唐突にその模様が光りだす。何事かと全員が見守る中、カシャンという音がして光が消えた。
「……まさか、開いたのか?」
「そのようだね。もう魔力は感じられない」
「クロ、何をしたの」
「えーと、どう説明すればいいのか……。その、そこに俺がいた世界の言葉が書いてあって、それを読んだんだ」
「でも君はこっちの世界の言葉を話せるようになった代わりに、元の世界の言葉は失ったんじゃないのかい?」
「あ、確かにそうだな。じゃあなんで……?」
「正確には失われたのは母語だけ。他に習得していた言語があるなら、それを話せてもおかしくはない」
「じゃあさっきクロが言った言葉が結界を開く鍵だったってことかい?」
「おそらくはそう。異世界の言葉なら誰にも解読されない。鍵としては最適」
「ま、とにかく開いたなら中を確かめよう」
ラヴが慎重に金庫を開いていく。その中に入っていたのは手のひら大の箱だ。ゆっくりと取り出して、あらためてそれを確認する。金属質なその表面には金庫と同じように何か刻印されている。そこには『LOVE』の四文字が刻まれていた。
「……ラブ?」
「なに?」
「ああ、いや、そう書いてあるんだ。箱に」
「じゃあこれはラヴにあてた物ってことか?」
「施錠はされてない。……開けてみる」
箱は何の抵抗もなくすんなりと開いた。それと同時に何かが火の玉の放つ光を反射してキラリと光る。中に入っていたのは、ビー玉ほどの大きさの宝石だった。ラヴの瞳と同じ澄んだ青い色をしている。
「これ……サファイアか何かか?」
「マスターなら宝石なんていくらでも作れる。何か特別な物のはず」
「持ち帰って博士に調べてもらった方が良さそうだね」
とりあえずはその宝石を回収して再び探索に戻る。しかしこの異世界に英語が存在しているということは、やはりラヴのマスターは何らかの手段で俺が元居た世界の情報を知っていたということになる。それが何を意味するのか、俺の身に起こったことを解き明かすための手がかりはあるのか。まだわからないことは多いが、少し希望が見えてきたように思えた。
異世界に召喚されたけど、とりあえず人権が欲しい ~ハイスペック亜人娘たちと行く異世界放浪記~ 鍵崎佐吉 @gizagiza
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