記念日

もちもち

記念日

 ぼくは誰かの誕生日を覚えられない。

 単純に4桁の数字の羅列を覚えていられないだけの話だ。ぼくから言わせれば、なぜ他の人はランダムな4つの数字を「あの人の誕生日」というキーワードだけで覚えていられるのかが不思議でならない。


「他人に興味がないからだ」


 と、かつてぼくは言われたことがある。

 ごもっともだ。確かに、一部それは正しい。

 ぼくは友人のことが好きだが、友人の好きなドラマはどうでもいい。彼らと話すのが楽しいのは友人の好きなドラマの話を聞きたいからではなく、彼らの話を聞くのが好きだからだ。

 知りもしない誰かの好きなドラマの話を聞いたところでクソほど面白くもないだろう。


 友人たちが好きなのであって、友人たちの誕生日などぼくにとってはいつでも良かったんだ。



「で、またリンちゃんの誕生日を忘れてたわけな」

「ネイさんの誕生日が直前にあるのが悪いんだ」


 図書館のテラスのベンチを占領し、ぼくはふて寝をキメていた。平日のこの時間は暇を持て余す学生しかいないような過疎化具合だ。

 ベンチの横から大学の仲間の一人がぼくを覗き込んでいた。タレ目がニヤニヤとぼくを見下ろしている。

 大学でよくつるんでいる仲間の一人が、本日誕生日であった。だがぼくはそのことをすっかり忘れていたし、あと30分で彼と一緒の講義が始まる。ここでぼくが彼の誕生日プレゼントを買いに行き授業に出れないなんて事態になったら、誕生日である本人がぽこぽこと起こるだろう。

 それに、そんな急遽間に合せのように彼の誕生日プレゼントを買いに行くなんてことはしたくない。

 という経緯で、今ぼくは陽光のもと健やかにふて寝をしているのだった。



「そろそろスマホのスケジュールに誕生日を登録したらどうだ」

「それは去年の幼馴染の件で効果がないことを実証している」

「なにそれ」

「カレンダーに登録して通知まで来たのにぼくは『間違って登録してんじゃん』て消して一ヶ月後におめでとうLINEを送った」

「問題が根深いんだよなあ」


 頭の方の背もたれ側から、ネイが片手に缶コーヒーを揺らす。

 問題。


 ぼくが仲間のことを好きだという値が、一般的には誕生日や何かしらの記念日のリアクションによって測られてしまうのだという。


─── 他人に興味がないから、たった4つの数字さえ覚えていられないんだ。

─── 郁は私の誕生日を忘れてたんだね。ほかのみんなは覚えてくれていたのに。


 みんなができることを、ぼくだけができない。それは確かに何がしかの測りになったり判定になったりするんだろう。

 他の分野に持ち越したり代替にはしてくれないのだ。

 ぼくが君を大事だというパラメータを、無理矢理にでも大多数の秤の中に置かなくてはいけないのだろうか。その努力こそが、相手を大事に思っている証左なのか。


 ぼくは、ぼくができることの最大値で彼らを大事にしたいのに。



「誕生日のなにが大事だっていうの。

 みんながいつ生まれたのかが、ぼくと出会ったことの因果関係に関わってくるっていうなら証明してほしいもんだ」


 負け惜しみを言いながら、ぼくは身体を返しうつ伏せになる。偏屈なガキでも言わないようなメチャクチャな言い訳だ。

 案の定、頭上から「おいおい」と呆れたような声が降ってきた。


「別に誕生日を忘れてたのをどうとも言う気はねえって。

 お前が、俺たちの誕生日を忘れるのに気づくたびに悩んでるから、登録しとけば悩まないだろ、て言ってるんだよ。

 覚えられねえもんは仕方ないだろ」


 そんなネイの声と一緒に後頭部をコツコツと叩かれる。こいつ缶コーヒーの底で小突いたな。


「みんな覚えてるのに? ぼくだけ覚えてないのは覚える努力が足りないんじゃない?」

「何の努力だよ。

 そこの努力は機械に任せて、郁の努力は郁のしたいことに注げって言ってんだよ」


 はは、とネイは笑う。ぼくの悩みを青空に笑い飛ばしてしまう。


「誰かの秤を郁に当てはめるような仲間じゃないだろ、俺もリンちゃんもキングも。

 このくっっっそ偏屈極まりない男を、いまさら」


 それ、最後のいらなくない? なんだか非常に感情の込められた促音便を聞いた気がした。

 だが(だからこそ、か?)、ぼくは少し泣きそうだった。有象無象の中にぼくを押し込めたりしない、彼らは。

「なんかこいつ変だぞ」と分かっていながら、そのままの形を許容し手を取ってくれる。

 彼らの手は暖かい。



 ゴツゴツと後頭部に再び硬い感触が触れた。さっきより重いのだが。

 ぼくは頭の方を手で払った。


「もう、ネイさんそれいいから」

「いや、今のリンちゃん」

「リンちゃん?!!」


 失態も失態の大失態にぼくは飛び起きた。

 ベンチの前に我が敬愛するリンちゃんが、ニコニコと缶コーヒーを二つ持って立っていた。


「そろそろ教室に向かわないと間に合わないよ、郁」

「わざわざ迎えに来てくれたの」

「キングが『郁がふて寝してるって』て言ってたから」


 今ここにはいないもう一人の仲間の顔(イケメン)を思い出す。ぼくがネイを振り返れば、まあまあと言うように頷いていた。

 おおよそ、ぼくの相手をネイが、リンちゃんへの言伝てをキングが…… というところなのだろう。

 お節介な奴らめ。


 ぼくとリンちゃんはネイと別れ学校へと向かった。

 桜は花を落としきって緑の準備を初めている。日に透ける葉の色がまだ幼い。


「ぼく、今度みんなの誕生日をまとめて祝うわ。

 ぼくにとってはいつでもいいんだ。みんながここにいてくれたことの方が大事だ」


 連れ立って歩くリンちゃんへ、ぼくは告げた。

 リンちゃんは少し吹き出すように笑う。


「いいな、それ。合理的で郁らしいよ」


 リンちゃんはそう言って、しみじみと続ける。


「誰も祝いっぱぐれないし、やさしい記念日だ」



 この記念日は、きっと定まらない。ぼくの都合の良い日にちになるだろう。

 だが、ぼくが彼らに贈ることができる最大の感謝を込めた記念日だ。

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