最終話 光射す方へ
野棘が事切れてから半年後、彼の親族を名乗る男性が王城を訪ねて来た。
まだ整理がつかずに城下の家を借りていた弦義は、彼をそちらに迎え入れた。すると男性は、床に頭をこすりつけるように下げた。
「突然押しかけて申し訳ありません」
「顔を上げて下さい。えっと……」
「野棘の従兄、
「伝えたいこと?」
白慈が目を瞬かせると、侑李は頷いた。そして、持って来た鞄から古びた本を一冊取り出し、差し出す。
「我が一族に伝わる、歴史書です。これが、野棘が国の転覆を計画した理由なんです」
「……拝見します」
古書を受け取った弦義は、那由他たちに見せるようにして本を開き、侑李に指定された箇所を読み進める。
歴史書には、野棘と侑李の祖先が現在アデリシア王国のあった場所を中心に大陸全土を支配していた国家の王であったことが記されている。賢王であり、国内のみならず外国の人々からも慕われたという。
「この国を、現代に再興しようとしたのか」
「ええ、そうなのです」
野棘が『祖国』と考えていたのは、この古来存在した大国だ。この国をアデリシア王国に復活させ、世界中を支配する計画だったらしい。
「だから、あの時……あんなことを言ったのか」
野棘が反乱を起こすより少し前、彼は「もしも、古代王家の血を持つ者が残っているとしたら、どうされますか?」と弦義に尋ねたことがあった。その問いは、彼の血が関係していたのだ。
ぱたんと本を閉じ、弦義はそれを侑李に返した。
「ありがとうございます、侑李さん。……彼の思いの一端を知ることが出来た気がします」
「いいえ。これで野棘の罪がなくなるわけもありませんが、そんな歴史があったことは知っていて頂きたかったのです」
それだけ言って頭を下げると、侑李は
コロシアムでの一戦から二年後、弦義は慌ただしく動いていた。
野棘の支配を潰したものの、彼が残した影響が大きかったためだ。
まず、弦義がアデリシア王国の国賊ではないことを内外に示さなければならなかった。しかしこちらは、ロッサリオ王国とグーベルク王国が嘘偽りだと明言して事なきを得た。
更に国内で幅を利かせていた野棘配下の者たちを城に招き、野棘が死んだことを告げた。その上で、彼らがこれからどうするのかを決めさせた。
中には弦義への殺害予告をして姿を消す者もあったが、大半は王城から去るか故郷で大人しく暮らすことを選択した。弦義に仕える気はないという意思表示だったが、弦義自身はそれを良しとした。
しかし抵抗する者も少なからずおり、野棘が死んでからの一年はほとんどその者たちの討伐に費やされた。
数年で繰り返し変わる支配体制に不満を持った者は、住民たちの中にも少なくなかった。そのため、弦義は何十回もの説明を余儀なくされた。後は、実際の暮らしの中で実感してもらうしかない。
様々な法律や決め事を改め、最後に取り掛かったのはコロシアムの封鎖と解体、そして処刑戦の廃止だった。ここに罪人を殺すための施設があったという記録は残し、負の遺産として後世へと伝える。
「……ここがなければ、僕は那由他と出会うこともなかったんだけどね」
壊されていくコロシアムの残骸を見詰め、弦義は呟く。彼の隣には、同じく工事現場を見ている那由他の姿もあった。
「ここで出会わなくても、何処かで出会っただろうな。そんな気がする」
「そうか……。そうだね」
ホムンクルスとして創られた那由他は、処刑人とならずともその希少性から王城に招かれていた可能性も高い。平時であれば、そんな出会いもあったのだろう。
温かな春の陽射しに照らされ、弦義はようやく全てが落ち着いたのだと実感した。そんな彼に、那由他はふと思い出したことを口にする。
「……そういえば、昨日夢で夏優咫に初めて会った」
「夏優咫に?」
夏優咫は、那由他の元となった少年だ。数回彼に夢で出会っている弦義は、目を瞬かせる。何か言っていたのかと問うと、那由他は少しだけ寂しそうに答えた。
「ああ。……『終わったな、幸せになれよ』って言われたよ」
「そうか」
「……ああ」
那由他には、夏優咫の言う『幸せ』の意味がいまいちわからない。それでも、弦義の横にいる時間は、変えがたいものだと理解していた。
何となく動くことも出来ず、二人は風に吹かれて立ち尽くす。そんな彼らの背に、元気な少年の声がぶつかって来た。
「弦義、那由他。こんなところにいたのか」
「白慈。ごめん、探させたね」
「本当だぜ、全く」
腰に手をあてて頬を膨らませる白慈は、一時的に塞ぎ込んでいた。自分が独りになった原因が、父親のことを覚えていなかったことが余程ショックだったのだ。
しかし仇である野棘が命で罪を償ったこと、止めを刺したのが弦義だったことで徐々に落ち着きを見せ、今に至る。完全に吹っ切れたわけではないが、もう大丈夫だと明るく笑った。
「今日は、戴冠式だろ? 主役がいなくてどうするんだよ」
「……そうだな」
戴冠式。
今日は、弦義が正式にアデリシア王国の王となる日なのだ。王城の中を整え、国の中を歩き、最早弦義が王位を継ぐことに表立って反論する声はない。いつかは裏でも認めてもらえるよう、弦義は努力を惜しまないつもりだが。
白慈に手を引かれ、弦義は歩き出す。彼の横には那由他がいて、向かう方向には和世とアレシスが待っていた。
和世は結局ロッサリオ王国に戻ることなく、弦義の騎士としていてくれることになった。祖国での出世は良いのかと尋ねたが、和世は「あなたの方が心配だから、帰らないよ」と笑うだけだ。
アレシスは吟遊詩人を続けながら各地を歩き、国の動きや人々の思いを弦義に伝えてくれることになっている。言わば、密偵であり宣伝者だ。
近日中に、アレシスはグーベルク王国を訪ねると言っていた。師匠の墓に、全てが落ち着いたという旅の報告をしに行くのだと言う。積もる話は、数えきれない程あることだろう。
そして那由他は、国軍の再編成を指揮することになった。一人では心配だと和世も手伝い、他国を攻めるための軍ではなく、自国を護り人々を支える組織になるよう作り変える予定だ。
更に変わらず弦義の傍にいて、身を守ると誓いを立てている。
白慈は、学校に通うことになった。まだ十四歳の彼を組織の中に組み入れるのは早いとして、まずは学べということになったのだ。本人は最初こそ頬を膨らませたが、今は楽しそうに通っている。
それぞれが新たな立場を得たが、弦義の友だということに変わりはない。間違いがあれば友として意見し、時には本気で剣の試合もする。そして、隣で前を向いて歩いて行くのだ。
「弦義、着替えないとね」
「アレシス、僕はもう少し控えめな衣装の方が良いんだけど……?」
「文句言わない。アデリシア王国の伝統的な継承者の衣装だと聞いてるよ」
白い生地に、金色のボタンや装飾が施されている。気おくれした弦義だが、アレシスに従って素直に腕を通した。
衣装を着替え、仲間たちの前にお披露目する。恥ずかしそうに目を逸らす弦義に、四人は笑顔を見せた。
彼らもそれぞれの衣装に身を包んでいる。那由他は黒と赤、白慈は紫、和世は紅、そしてアレシスは青の石が嵌め込まれたブローチを身に着けている。それぞれの瞳と同じ色を弦義が選んだ。
「似合うじゃないか、弦義」
「和世、お前は僕よりもこういう衣装が似合うだろうな」
「おれは騎士だから。主様よりも華美じゃいけないだろ」
くすくすと笑い、和世は弦義の背を押した。
「行くぞ。……戴冠式の後、もっと緊張するんだろうから、慣らしとかないとな」
「―――言うな」
式典の後、弦義には一世一代のイベントがある。桜花に伝えなければならないことがあるのだ。カッと顔に熱が集まるのを自覚し、激しく拍動する胸を押さえた。
「那由他もだったね、それは」
「……」
ちらりとアレシスに一瞥され、那由他はふっと視線を外す。彼もまた、自分の変化に戸惑っているようだ。常磐に会いに行く、そう決めたのは自分自身の癖に。
「……来ているのを見付けたから、挨拶に行く。それだけだ」
「往生際が悪いぞ、那由他。―――って、痛い!」
那由他をいじった白慈だが、お返しに頭を鷲づかみにされて悲鳴をあげる。
弦義は仲間たちの普段通りの様子に安堵し、純白のマントを翻した。
「行こう、みんな」
「ああ」
「うんっ」
「行こう」
「そうだね」
それぞれに式典用の衣装を身に着け、王城の外へと出て行く。バルコニーではなく地上を選んだのは、弦義の意思だ。
少しでも、王と人々の距離を縮めたい。そんな願いの第一歩だ。
――わっ
弦義たちが現れると、王城の広場は歓声に包まれた。守るべき人々に手を振り、弦義は思いのままに笑顔になる。
特別に用意された席では、海里や伊斗也、千寿、そして常磐や桜花の姿がある。彼らはこの式典に必ず行くと明言し、この場にやって来ていた。
その場にいるのは見えないが、何処かで勇も見守ってくれているはずだ。弦義は、そう信じている。
(ここから、僕らの新しい日々が始まる)
どれだけの困難が押し寄せようと、必ず友と共に乗り越えよう。そんな決意を胸に秘め、弦義は信頼する仲間と共に春の陽射しの中に立った。
―了―
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