エピローグ  交わる綾目かな

 水無月みなづきなぎ


 3週間にわたるあやめ祭り。

 来場者数は過去最多を更新し、SNSでの宣伝効果もてきめんだったのか1週目よりも2週目、2週目よりも3週目と来場者数はうなぎ上りに増えていった。


 こうしてあやめ祭りは大盛況のまま幕を閉じた。


 **

 7月初旬。

 梅雨は真っ盛りに入り、暑さと湿気が体をじっとりと包み込む。

 蝉も心なしか元気がない。


 私たち多宰府たざいふ高校生徒会執行部はあやめ祭りの振り返りをしたあと、1週間活動を休止することにした。


 定期考査が迫っているということとあやめ祭りが終わる3ヵ月間学校いる平日はほぼ毎日生徒会室に通い詰めだったため、長い休止期間が設けられた。


 とは言っても私の足は生徒会室へ向かっている。

 もう生徒会室へ行くのが日課になっているため、逆に行かないと少し落ち着かない。

 それになんだかんだ生徒会室が1番集中できる。


 階段を上り、4階の生徒会室の引き戸を右に引く。


 そして視界に入ってきたのは私が想いを寄せるアオ君だ。

 教科書や参考書を広げたまま、両腕に頭を預けてスヤスヤと寝息をたてている。


 ふふ、寝ちゃってる。


 私はアオ君を起こさないように忍び足で自分の席に向かい、腰を下ろす。

 音を立てずにカバンから勉強道具を取り出し、勉強を始める。


 生徒会室にはクーラーが設置されていないため、窓を全開にして風を取り込んでいる。

 外から吹く生ぬるい風が火照った体を撫で、熱をさらっていく。


 ふと目線を落とすと視界の端にアオ君の姿が映る。

 本当に気持ちよさそうに寝ている。

 この3ヵ月間ずっと動き続けてきて、きっと誰よりも緊張の糸が張り詰めていたはず。そんな糸がプツンと切れて緊張から解き離れて、今までの疲れがどっと押し寄せたんだろう。


 アオ君の身体が呼吸に合わせて緩やかに上下する。

「本当にお疲れ様でした」

 私は生徒会室に常備されている(仮眠用)薄いタオルケットをアオ君に掛ける。


 スカートを畳んでアオ君と目線が同じになるよう腰をかける。

「寝顔かわいい……」

 一応写真に残しておこう。


 思わず私の視線はその薄い唇に釘付けになる。

 アオ君はリップクリームを常に持ってケアをしているためか、女子顔負けの滑らかさをしている。


 どうして私はあのときキスをしたんだろう。

 後悔とは違う。

 やはりあの幻想的な雰囲気にあてられたのだろうか。


 でも、あれは私の想いそのものであったことは間違いない。


「はぁ……もっと意識してくれたっていいのに」


 ――なんならもう1回。

 そんな感情が胸の奥底からふつふつと沸きあがる。


 右耳に髪をかけて、ゆっくりと近づく。

 顔が、体が熱い。

 少しずつ近づくたびに自分の心臓の音で起こしてしまうと思うほど強く脈を打っている。


「ぃ……」

 すんでのところでアオ君の声が漏れた。

 それと同時に顔を急いで離す。

 私はその声で一気に現実に引き戻されてしまった。


 何か夢でも見ているのかな。

 ――今、アオ君が夢に見ているのは誰ですか?


 姉さんですか? 汐璃しおりさんですか?

 それとも……。

「私ですか……?」


なんて……ね。


今、何を言ってもアオ君に聞こえない。意味はない。

でも、アオ君あなたにどうしても伝えたくなった。


囁くように。誰にも聞こえないように。

「アオ君。好きです」


「やっぱり言った意味ないですかね」

私は誤魔化すように笑う。


するとガラガラと音を立てて扉が勢いよく開く。


「いやー熱い! 生徒会室で涼もう!」

「生徒会室もエアコンないけどな――って、凪……と碧?」

声の主は鈴望れみさんとナツさんだ。

後ろには汐璃さんと紫水しすいくんの姿もある。


「しぃーーー」

私は右手の人差し指を口元にあてるジェスチャーを交えて声を抑えることを促す。


アオ君を囲うように5人が集まる。

「ありゃりゃ。アオ爆睡じゃん」

「まぁやっと激務から解放されたしな」

「ふふふ、こんなかわいい寝顔を私たちに晒しちゃっていいのかしら」

「くれぐれも起こすなんて野暮なことしないでくださいよ。鈴望先輩。」

「そんなことしないって!?」

「「「「しぃーーーー!!!!」」」」

「すいません……」


「さっ! 私たちは定期考査に向けて勉強しましょうか」

汐璃さんが小さく手を叩く。

「え!?」

「え!? じゃないよ鈴望さん。勉強するために生徒会室ここに来たんだから」

「そ、そうだけど……。ちょっと勉強始めるの早くない? みたいなー……」

「ううん。そんなことないよ。ささ早くやるよー」

「即答!? わ、わかったから。やるからーーー!」


全員がいつもと同じ席に座り、各々教科書やノートを広げる。

この3ヵ月間ですっかり見慣れた景色。

結局休みにしてもみんなが生徒会室に集まってしまう。


そんな皆さんが私はとても好きだ。


**


千坂ちさかあおい


夢を見ていた。

あれは誰だったんだろう。

どうしてもわからない。

でも、あやめに囲まれたとても綺麗な場所だった。


前にも似たような夢を俺は見たような気がする。


意識が混濁したまどろみのなかから見慣れた景色が目に飛び込んでくる。


「あ、アオ君。ぐっすりでしたね」

「アオイーー!! おはよーー!!」

「やっとお目覚めか。碧」

「碧先輩。お疲れ様です」

「碧くん、よく眠れた?」


俺はどうして皆が生徒会室にいるかわからず混乱する。

「え、どうして皆いるの……? 休みだよね……?」

5人が顔を合わせ、笑う。


「皆、考えることは一緒ってことだよ」

汐璃さんが口元に手を当てて微笑みながら答える。

俺はそれがどういう意味かわかった。

「皆好きすぎかよ」

「それは碧くんもでしょ?」

「さぁね?」

「一番乗りだったくせに~」

まぁ、生徒会室にいないと何か落ち着かないのは確か。


すると鈴望が何か思いついたかのように発言する。

「テスト終わったらさー打ち上げしようよ!」

「おぉ、いいね。賛成」

「あやめ祭りの分も兼ねてやりましょうか」

「どこ行く? 何か食べたいものある?」

「お好み焼きとかどう?」

「いいですねー。皆で囲めるし、焼いたり楽しそうです」

「じゃあ高橋の道とん堀かなー。近場だと」

「あのヨークのところか?」

「うん」

「あそこもう潰れちゃってるぞ」

「まじか!? 知らなかったんだけど……。私たちの打ち上げ御用達スポット消えちゃったかーー」

「それより鈴望先輩。打ち上げの話題で勉強から逃げようとしないでくださいよ」

「えぇーー。いいじゃんこれくらいーー」

「打ち上げは頑張ったあとのご褒美みたいなもんですから頑張らないといけませんよ」

「鬼畜!?」

「そうね。鈴望さん点数低いわけではないけど、成績を上げることに越したことはないし、目標決めよっか」

「さらに鬼畜!?」


生徒会室に西日が差し込む。

空はだんだん朱色に染まりつつある。

結局みんな勉強そっちのけで話しちゃってるし。


まぁこれはこれで楽しいからいいか。


みおも笑いながら見てることだろうし。


俺たちの綾目あやめは絡まって解けることはきっとない。



**


アヤメ――アヤメ科の多年草

花言葉は「希望・メッセージ」



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「千坂碧は朱か碧かわからない~あやめも知らぬ恋もする哉~」

最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

これは私が初めて書いた小説であり、とても思い入れのある作品です。

こうして完結できたことを嬉しく思うと同時に少し寂しさもあります。


「伝える」ことをテーマに書いてきましたが、何か皆様の心に少しでも残せたらとてもとても嬉しいです。

また、この小説は宮城県多賀城市を舞台にしております。「多賀城市を知ってもらいたい!」そういった想いもあり、書いております。実際にあやめ祭りも毎年6月に催されています。

2024年に多賀城は創建1300年を迎えます。

多賀城市にも興味を持っていただけると嬉しいです。


本当にありがとうごさいました。







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千坂碧は朱か碧かわからない ~あやめも知らぬ恋もする哉~ モレリア @EnEn-morelia

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