第3話



 エスカレーターの先頭は梨華だった。次が私。梨華のお母さんの次が私のお母さん。4人いるとエスカレーターの一列配置はなんだか重々しい。

 レインフェアは今いる階のもう1つ上の階。


 もっと早く気がつけば良かった、てお母さん同士が笑ってる。


 でも世の中ってそういうもの。


 私は最近覚えた言葉を使ってみる。梨華がなにそれ、って振り向いた。

「知らない。けど、便利な言葉だって」

 ふうん、と言うその口調で梨華が不満を持っているのが分かる。


「Disagree」

「その言葉、私知らないけど」

「世の中ってそういうものよね」


 なんか、むっとした。


 なんでだろう、って考えて、梨華が私の言葉に応えてくれてないから、と気づけるほどには、友達だ。


「なるほど」

 うなずく私に梨華はちょっと驚いたみたいだった。

「わかったの、今ので」

「なんとなく。梨華と話すときには使わないことにする」

 そう、となんだか拍子抜けの梨華。きっと理由を私に説明するつもりだったんだ。


 世の中ってそういうもの。


「ちょっとあなた達、ちゃんと前を見て!」

 お母さんの言葉とエスカレーターの終点が同時だった。


 転んでもつれて大惨事になる寸前の私と梨華の首の後ろ、お母さんががっしり掴んで引き上げてくれた。

 さすが小学校の先生。出来の悪い子の扱いに慣れている。


 エスカレーター降りて数歩、レインフェアの入り口で梨華のお母さんが梨華を怒ろうとした一瞬前。

 梨華は、ママ、わたしあそこの傘を見てくる、といって勝手に一人ですたすた歩き始めた。もう!って怒る梨華のお母さん。


 何かこのタイミング、前にも見たことがある気がする。


 私のお母さんが、まあまあ、あとでまとめて怒りましょ、となだめていて、それはそれで嫌だな、と、私は梨華のあとを追いかけた。


 梨華の足が止まった先、いろんな色の傘が並んでた。

 赤青黄色に緑紫。ぜんぶ、無地。

 これは選ぶ意欲がわいてくる。


 私と梨華は目を合わせて頷き合った。


 そうして選んだ私たちの傘の色を見て、お母さんたちは、まあそうなるわよね、って変な顔。私は黒に近いネイビー、梨華は純粋に黄色。二人並ぶと何かの標識みたい。


「もうちょっとどうにか、ねえ」

「そう、もうちょっとその色どうにか、ねえ」


 だけどどうしたらいいのかは言わないお母さんたちを無視することにして、私と梨華は協議する。

「なにが不満なんだろ」

「いいと思うのに」


 私達は妥協してあげることにした。そうすればエスカレーターの失敗をちょっとは大目に見てくれるだろう。


 黄色でも青でもない色、赤、かな。私たちは同意した。

 そうしてもう一度選び直した傘を、お母さん達に見せた。


 私はアジサイみたいな紫色、梨華はシャーベットみたいなオレンジ色。

「あらいいじゃない、きれいな色ね」

 お母さんはこれでいい、って言ってくれた。


 ネイビーに赤を混ぜて紫色、黄色に赤を混ぜてオレンジ色。

 私達は互いの色を混ぜ合ったりはしない。だって好きな色は好きな色だから。


 でも自分の好きな色それぞれに合言葉みたいに同じ色を混ぜると、二人がなんだかとっても特別だと思えてくるのが不思議でうれしい。


 駅ビルの外はまだ雨が降っていたから私と梨華は新しい傘をさっそく広げた。

 新しい傘の布の上、銀色に光る雨の雫が転がっていく。


 それがきれいで、楽しくて、ずっと傘を回し続ける私と梨華をみて、梨華のお母さんが言った。


「あなた達の傘の色、まるでハロウィン・カラーね」

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ハロウィンのあめ 葛西 秋 @gonnozui0123

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