作者がBL嗜好の方なので人によっては迂回かも知れないが、そんなことは忘れて、この教養ある素晴らしい文章世界に酔って欲しい逸品。
歴史に名高い、葛城王(中大兄皇子)と中臣鎌子(中臣鎌足、藤原鎌足)の物語。
大化の改新の、その事はじめ。
江戸時代に描かれた『乙巳の変』の画が有名だろうか。
この画、何故か舞台はどう見ても平安時代なのだが、当時の知識として【昔】とは、平安時代だったのだろう。
天皇の前で蘇我入鹿を斬り殺す。
先述の江戸時代の画では、刎ねられた入鹿の首が、ぽーんと飛んでいる。
下手人は別人説なども入り乱れていて真相は不明だ。
ともあれ、二人は時の権力者に対するクーデターを起こした主犯として知られている。
後に天智天皇となる男と、藤原氏の祖である鎌子。
年齢差は十二歳。
飛鳥寺で行われていた蹴鞠でとんだ皇子の沓を、鎌子が拾って差し出したという逸話が有名であるが、この物語においては青年期の鎌子が、髪を耳の横で束ねたみずら頭ですやすやと眠っている少年の皇子と出逢うところから、壮大な改新への布石が始まる。
物語の推進力として、作者は当時の「馬」に着目し、百済、新羅、高句麗、さらには唐へも視点を広げ、飛鳥から飛び立とうとする。
位も低く日蔭者であった若き鎌子が語る広い世界を、野心に眼を輝かせて聴き入る聡明で高慢な少年。
穢れのない白麻にも似た眼前の少年に、鎌子は知識と情熱のありたけを注ぎ込む。
その血もその庶幾も、二人で分かち合うもの。
馬に乗って駈ける時の風すらも。
絵面的にも、時代背景的にも、申し分ない。
若き皇子と生涯を供にする臣下。
二人で造り上げようとした理想のみやこ。長年協力して専制政治を敷いていた両者には深い絆があったことが窺える。
馬の嘶き、曇天から降りしきる雪。倭國の美しさを活写する豊かな文章力。
凄烈な川のように流れるその筆致は見事の一言。
古代が好きな方、必読の作品。