豆入りの人形
龍鳥
豆入りの人形
それは人形だろうか。
僕にはよく分からない。――オークションサイトで買った物で、タイトルに惹かれて買った僕は、今日届いた人形を開けて、やっぱりおかしいと思った。
『豆入り人形』
説明文には、豆が入っている人形ですしか、書かれていなかった。パソコンの画面を凝視したが文章には、その一文しかない。全くもって不思議だ、でも名前の響きがいいのは確かだし、僅か400円の値段なのだから、不平は言うまい。
人形が入っていた段ボールは、丁寧に施されていた。A式ダンボール、通称「みかん箱」は、引っ越しや商品の輸送など、一般によく使われているタイプの段ボール箱の一種である。中身が飛びだなさいように、端にはホッチキスで止められ、割れ物に運ぶときに使用する、緩衝材が底に敷き詰められていた。
待て待て、たかが人形と言うには、発送者に対して失礼だが、人形にここまでする必要があるのか?しかも見た目は、子供が好きなデザインである可愛いテディベアに似たようなデザインであり、中身は豆入りだ。ここまでする必要があるか?
大きさは30cm前後、装飾は茶色の熊。触ってみると、粒々した感触があり、本当に綿ではなく、豆が入っている。
しかし、僕は人形に惹かれて堪らなかった。こんな物でも、海に座標したメッセージボトルの感覚のように、何か意味があるに違いない。僕は人形の背中にあるファスナーを開け、豆を一粒だけ取り出す。豆の大きさは、市販で売られている大粒納豆と同じくらいの大きさで、色は白と黒の中間である。
僕は酔っているのか?今、人形に入っていた得体の知れない豆を、食べようとしているのだ。酒というものは断って、長くなる。…もう何十年前の昔の話になるが。
別に体を壊してやめた、というわけではないが、時代は時代。仕事終わりの若者は飲みに誘っても断られ、現代では『宅飲み』と呼ばれる、1人で飲むのがスタイルだ。僕は大勢で飲んで、仕事の愚痴を零しながら他の社員との交流をしたいのだが、日々の飲み会の減少により僕もすっかり、やる気が失せてしまった。
こうして、酒飲みは自然と断ち切ったと言えるが、そろそろ人形が気になって仕方ない。間抜けな思考をすれば、人形への注目が薄れてしまう。
「食べてみるか」
荷物が届いて30分、僕は宅配便の業者と言葉を交わして以来、初めて口を開いた。不気味な色をした豆を空中に上げて、大きな口を開けて、一粒と放り込む。昔読んだ古い漫画の真似事だが、かなり行儀が悪いなと思っていたが、これが案外楽しい。
「うーん…?」
よし、幻覚でも超人の力でも、なんでも来い。もしかしたら、願いを叶える豆なのかもしれない。ワクワクしがら豆を一噛みと、一噛みと味わうが…何も起こらない。
「もう一粒、食べてみるか」
次の豆は、焦りを隠すように急いで口の中に入れた。五回程の咀嚼をした後に、喉奥に入れた。が、やはり結果は同じ。無味無臭の、ただの豆である。
「おいおい…」
溜息を吐きながらも、人形の中から豆を五粒を取り出して、口の中に放り込む。しかし、噛めば噛むほどの、まずいの一言。頭を抱えながら、僕の口座に亡き400円の面影が脳裏に強く掠めてきた。
「…僕と同じような人がいるかもしれない」
それはタイトルに騙された者達へ向けるための鎮魂歌。僕は人形が入っていた段ボールを、最初の状態に戻すように包装した。そして、パソコンでオークションサイトにアクセスし、50円という落札するかも危うい値段で、出品した。
結果は結果であるが、買った自分にも責任はある。人形が入った段ボールを持ち、まだ衣替えをしていない、冬物の布団が入っている押し入れの中に入れて、重い足取りで外を出た。
***
騙された背中とは、他所から見たら肩が重くなってるように見えるのは本当だったらしい。通行人が僕を見る視線は、注射を刺された痛覚と同等に眺めている。不思議な人形のポケットに出てきたのは、陳腐なフィクションでした。
ふと、僕は信じられないと思った。中年の女性が、フワッとした厚手のコートを着て、僕を犯罪者を見るような目で見ている。
おいおい、いくら落ち込んている独身男性だって、パチンコで負けた時は顔が真っ青になってなるだろう。しかし彼女の目は、僕が思う違う方を指していた。
僕の右手だけを見ている…女性の視線の先と照らし合わせ、僕も右手を見たら。
「はっ?」
人形が、僕の右手に握られていた。
なら、幼児向けの人形を大人が持っていたら、不審者扱いされる筈…と、待ってくれ。何故、人形がここに?確かに段ボールに包んで入れたはずだが。
「こいつぅ、寂しくて僕についてきやがったなぁ」
繰り返して言うが、僕は酒をやめている。
これは幻覚でもないし、僕の
「そこのあなた」
道路の真ん中で、仁王立ちした若い女の子が立っている。まるで何年もの再会を喜んだ顔に、僕はどなたですか?という顔で返すしかなかった。
人形を持っている寝癖が酷い独身男性と、金色のポニーテールをした黄金に輝くようは肌をした10代の女。絵面にしたらシュールだが僕は彼女の事に、見覚えがない。
「やっと、会えた…やっとこの時を」
「すみません。僕が持っている人形が、そんなに欲しかったですか?」
見た目が気に入れば、愛らしさがある熊の人形は若い女性が欲しがるのもわかる。僕は彼女に近付き、人形を差し出す。豆入りの人形をどうして欲しがるかの疑問は置いといて、僕は人形のファスナーを開けて、あの気持ち悪い豆の一粒を取り出す。
「この人形、中に豆が入っているんですよ?」
「今までは着け放して、素直になれなくて、ごめんなさい!!」
「いや、とりあえず僕の話を聞きましょうよ。人の目もありますし」
ああほら、通行人が僕らを見る視線が更に痛くなる。というか、彼女はなんで鎧を着ているんだ?しかも泣いているし。コスプレイヤーかもしれないが、鎧の傷跡が妙に生々しい。
「ごめんなさい…あなたを見ると、今まで思い出が全部…頭の中に流れ込んできて…」
「あの、失礼ですが、どなたですか?」
とりあえず、僕は彼女に豆を一粒、掌に置いて渡してあげる。その瞬間、自分の行動が浅はかだったことに気付く。
彼女の腰道具に、刀が差し込まれていたのだ。
そうか、彼女は犯罪者だったのか!!だとしたら、この豆は『桃太郎印のきび団子』みたいな、家来を連れて鬼退治に行く、貴重な物だったのか!!いや、僕の思考は真面じゃないのは、わかっている。目の前にいる女性が、刃物を持って鎧を着ている変人だという事に、冷静さを欠けている。
とりあえず、僕は彼女に向かって豆まきをした。
「鬼は外!!福は内!!」
ちなみにだが、現在は10月である。
「懐かしいわ…」
彼女は喜んでいた。泣きながら、幸せを感じていた。
虚しいかな、彼女の方が俊足らしく後ろから腕を掴まれた。
「なんですかあなたは!!そんなに人形が欲しいならあげますって、ほら!!」
「あなた、少しも変わらないのね」
刹那、僕は彼女を見る目が変わった。
さっきから、彼女は人形ではなく僕を見ていたのだと、わかったのだから。
悲しいが、僕の記憶の中に彼女の姿はどこにも映っていない。きっと自分は信じられない表情をしていると思うが、彼女の話から深く切り込むことにした。
「まず、僕と貴方は初対面です」
「その豆は、貴方と私の唯一の繋がりなのに?」
「…すみません。この豆、すごく不味かったのですが」
「ええ、忘れないわよ」
ここで、今は僕にとって時間の無駄である事に気付いた。とりあえず、人形を道路上に置いて、掴まれている彼女の手を優しく離して、彼女を背にして無言に立ち去る。
「ホーリービーンズ!!」
「いたっ!!痛いって!!」
「ホーリービーンズ!!ホリービーンズ!!」
「なにするんだよ!!突然に豆を投げ出したりして!!」
その時、僕は思い出した。
『古事記』にはこう書かれている。
それを見て怒った彼は、女神である彼女を斬り殺してしまった。すると、女神の頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた、というエピソードがあることを思い出した。
彼女の豆まきが終わると、コンクリートの地面に落ちていた涙の雫から一斉に稲が咲き始めた。次には、彼女の頭上から蛹へと成長した蚕が美しく羽ばたき、投げ落ちていた豆からは作物の苗が育ち、辺り一面が大豆の畑と化した。
夢でもみているのか。もし、彼女がオオゲツヒメなら僕はスサノオか。すると僕は日本神話に登場する神か。だとしたら僕は彼女を斬り殺した酷い奴だなと、この意味不明な状況から逃げるように全力疾走するが、またしても後ろから腕を掴まれてしまう。
「待ってください!!僕の真の正体を知っているなら教えてくださいよ!!」
「ええ、教えてあげるわ!!神である私が貴方のことを忘れるはずがないのよ!!」
やっぱりそうだったのか!!彼女は『古事記』に出てくるオオゲツヒメだったのか!!
なら僕はスサノオであることに間違いない。あの忍者漫画に出てくるような、大きな刀を持って、地図に書いてある地形を書き直す程の威力を持つアレか!!やっぱり人形を買って正解だった!!僕は期待の眼差しで彼女を見つめて、ワクワクしながら答えを待つ。
「……」
「……」
「……」
「……」
…僕は、この長い沈黙に見覚えがある。そうだ、家を出る前の1時間前に起きたことだ。丁寧に包装された人形を見て、中にある豆を食ったら400円の損失をくらった、あの感覚だ。
「あの…何故、黙っているのですか…」
「……」
彼女の顔がみるみると、青ざめていく。繰り返し言うが僕は、この表情も覚えている。
突然、見知らぬ女性に手を振られたら、僕の後ろにいた彼氏に向けていたことだったこと。
水泳部にいた時、レギュラーの選抜にはお前しかいないと監督の視線が僕に向いていたら、隣に座っていた人物が選ばれた時のこと。
高校受験の合格発表の時、自分の番号があったことに喜んだが、一緒に来ていた友人の番号がなかったことに、僕のテンションが一転して気まずい気持ちになったこと。
「あの…まさか…」
「…神様だって、間違う時もあるわ」
その、まさかである。
豊作の秋が実っていた景色は、一辺に元のコンクリートの道路に戻り、彼女は風のように、どこかに消えてしまった。
もし、僕がスサノオだったら、彼女は一体何をしに会いに来たんだろうなあ。そういえば、豆入りの人形が、いつの間にかなくなっている。
きっと、彼女が持ち帰ったんだろうな。
僕はこの豆が、彼女の尻から出てきたと思うと、我慢できずに道端で吐いてしまった。そういえば、人形をオークションに出した奴のアカウント名が、
僕は400円以上の喪失を胸に持ち帰り、家路についたのだった。
豆入りの人形 龍鳥 @RyuChou
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