27話 お忍び城中
17時 ウィンチェスター城の閉館時間になる。ゆらゆらと照らす夕焼けの光が、城一帯を染め上げている。ノエから聞いた情報によれば、警備員や監視カメラは隣接している博物館に多いらしい。城そのものを盗もうとする輩はいないからと、油断しているようね。
「アレックス、今から15分間だ。警備員は夜間警備のミーティングでほとんどいなくなるらしい」
「了解。これだけ協力してくれたんだから、ノエにお土産を買っていかないと」
「イギリス国民としてはマーマイトをお勧めするよ」
「なら帰りにそれを買いましょうか」
ウィンチェスター城には東と西に入口がある。東の方が博物館に近く、警備員が数人いたから、西口の方からこっそりお邪魔することにした。ほんの少し罪悪感はあるけれど、別に城を傷つけるわけでもないし、今はせっかくのチャンスを活かすことに集中した方がいいわね。
「観光客がいないと、ホールがもっと広く感じるわね」
昼間見たホールとは違って、今は静粛で厳かな空間が広がっていた。壁にかけられた巨大な円卓が、私たちを試しているかのように見下ろしている。
「写真をもう一度見てみようか。絶対に何か手がかりがあるはずだ」
「それは貴方の推理? それとも天才の勘っていうもの?」
「ふふっ、両方さ」
それを聞いて安心する。だって
バッグから取り出した写真に目を凝らす。岩壁に掘られた小さな円卓、25等分にわけられそれぞれ騎士の名前が書かれているらしい。中心にいる王冠を被った男、アーサー王の顔や円卓のデザインは、このホールにあるものと同じみたい。
ほかにあるものといえば、紋章の描かれたステンドグラス。それとヴィクトリア女王のレリーフくらい。つまり円卓の騎士に関係するものは、やはりあの巨大な円卓しかないということ。
「やっぱりこの円卓が書かれているということは、絶対ここに何かあるはずよね。私さっきから写真と円卓を見比べすぎて、首が痛くなりそうよ」
「……」
ハワードは一度集中すると、中々周りに気づかない。自分だけの世界にこもりがちになってしまう。その分彼なりに一生懸命考えてくれているのだから、文句は一切ないのだけれど。問題は残り時間。
私たちはあと5分くらいしかいられない。でも手がかりは見つからない。もしここで警備員のお世話になるだなんてことになったら、本部のみんなに顔向けできないわ。それに教授だって浮かばれないでしょうね。私が写真に穴が開くんじゃないかというほど、それを見つめていたその時だった。
~~♪
携帯の着信音! ハワードの携帯からだ。集中しすぎている彼の肩をたたき、スマホの存在に気づかせる。
「やぁ、ノエ。今の僕らは良い知らせしか受け付けないよ。なんていったって、君の知らせに僕らのイギリス調査がかかっているんだからね」
「ちょっと、ノエにプレッシャーかけないでよ!」
「ははっ、イギリス流の冗談さ。そんなに怯えないで……うん、うん、わかった。アレックスも大喜びするよ」
そういうやいなや、彼は慌てて携帯を切った。普段冷静な彼とは思えないほど、乱雑にバッグにしまう。集中していた時の無表情な顔とは打って変わり、目が輝いている。一言でいうなら、彼はすごく興奮しているようだった。
「やっぱりマーマイトを買うのはやめよう」
「ちょっと、話が見えないんだけど?」
訝しげに聞く私を見て、彼はある方向を指さした。ホールの出口。つまり手がかりはホールの中じゃなくて、外にあるということ⁉
「手がかり発見の功労者のノエに、あんな形容しがたいジャムをあげるのはよくないからね」
「あなたお土産になんてもの選ぼうとしてたのよ」
タイムリミットは3分。それを切ってしまえば、警備員が各地に配備される。私たちが捕まって、調査の時間を奪われなければいいのだけれど。私はそう願いながら、彼の後をついて行った。
神殺しの君たちへ~神は伝説を遺し、人は神話を喰い殺す~ 神在月 里歌 @Sanosukemaru
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