26話 作戦会議は現場じゃまずい

「じゃあ今から私たち、『ウィンチェスター一周ツアー』に直行ってこと?」

「可能性としては低くないかな」

「はぁ……になりそうね」


 夕日に照らされた紅茶を片手に、私は肩を落とす。この広い広い町を、一つ一つ調べていく可能性があるのだから、ため息をつきたくなるのも仕方のない話よね。

 でも何より、そんな私の様子を見てにっこりと笑うハワードにムカつくわ。


「じゃあ今から、僕がデートプランでも考えようか?」

「OK。私はお仕置きプランを実行するわ」

「今後の行動と計画の話をしようか!!」


 さっきの余裕そうなハワードとは一変、随分と慌てた様子で彼は話題を変え始めた。それと同時にカバンからスマホを取り出して、私に洞窟の写真を見せる。


「あの洞窟にあった模様は、間違いなくここの巨大な円卓だ。とりあえず、今はここを調べた方がいいと思う」

「そうね、私もその考えに賛成よ。あとは……」


 私がちらりと目線を移すと、ハワードは何かに気づいたかのようにそれを追った。私の視線の先にいるのは、ふくよかな警備員。

 閉館後にどうやって、という話をするには警備員はかなり危険だ。彼も私の意図がわかったのか、私と目を合わせて軽く頷いてこう言った。


「了解、君の言う通り場所を変えようか。少し歩くけど、個室付きのカフェがあるみたいだ」

「あら、気が利くじゃない。そこで体力を温存しつつ、じっくりお話しましょう。





 暗い暗い部屋の中、俺ことノエは休暇を楽しむため、消化しきれてなかったネトゲのイベントに打ち込んでいた。

 本来であれば、もっと有意義に休暇を楽しめたはずなのに、あの先輩ときたら……くそ、今頃俺の推しアレックス先輩と楽しんでるんだろうな……

 まぁ、流石にもう手伝いをする必要は無いはずだし、思いっきり楽しみますか! と意気込んでいたその時だった。


プルルルルル プルルルルル


 いや、いやいやいや、まさかな。ほんのちょっと前まで先輩のこと考えてたからって、また依頼が来るとかないはず……と自分に言い聞かせ、スマホを見てみると。


『ハワード先輩』

「お゛あ゛ーーーーー!?」


 俺は化け猫みたいな声をあげて、スマホをデスクに叩きつけた。こんな声だせたんだと、自分でも驚いている。

 このまま気づかない振りをしてやろうかな。だが、スマホがなければ生きていけない俺、それを知っている先輩が、そんな嘘に騙されてくれるはずがない。

 仕方なく俺は、戦々恐々としながらスマホを取り、電話に応じた。


『やぁノエ。悪いんだけど、ちょっと手伝ってほしくて』

「俺今休暇中って、以前話たっスよね! 俺先輩を訴えたら勝てますよ!?」

『アレックスの頼み事を断る気かい?』

「全身全霊で臨ませて頂きますので、何でもおっしゃってください!」


 まさかの推しからのお願いだった。え嘘でしょ今日俺命日なの死ぬの? 実際に不正動脈がドリルみたいな音立ててるから、実際に死ぬかもしれない。というか俺、推しに認知されているのか!?

 い、いやいや。どうせハワード先輩が、俺にやらせるためについた嘘に決まって……


『ノエ大丈夫? ごめんなさい、ずっと無理させてしまって』

「ヒョァッ!?」


 凛とした声に、申し訳なさそうな声色の、極上の声が聞こえる。新手のasmrかな? いや、この声ま、まさか、アレックス先輩!?


『どうしてもノエに頼みたいことがあって……休暇中なのにごめんなさい』

「や、お、俺今暇してましたし、ぜ、全然大丈夫ッスよ」


 電話の向こうから推しの声が聞こえることに、俺の脳が追い付かない。これは妄想なのか? 夢オチとかないよな?

 思いっきり頬を抓る、痛い、夢じゃない。あ、あばばばばばばば! はっ、しっかりしろ俺、トリップすな俺、推しの声を聞き逃す訳にはいかない!


『〜〜ということなんだけど、できそう?』


 俺の脳内がショートする寸前で、先輩の声が耳に入る。どこかの施設の監視情報? 警備員の人数を調べてほしいそうだ。

――そんなの、5分もあれば終わる。俺はネトゲを閉じて、豪速球でキーボードをたたき出した。


『うん、よく分かった。本当にありがとう、ノエ。凄く助かったわ』

「あっ、はい。あ、ありがとうございます。お役に立てたなら幸いです」

『じゃあ、休暇を楽しんでちょうだいね』


 プツリと、声が途切れる。スマホには通話終了の文字。夢の体験は終わった。でも、俺の心には記憶には、先輩の言葉が刻まれている……

 生きよう。俺はこの日のために生きてきたんだ。この幸福感に浸りたくて、俺はそっと目を閉じた。

 ありがとう、アレックス先輩。ありがとう、世界。そして、四六時中アレックス先輩と一緒にいるハワード先輩、脛を蹴られますように。あっ、でもアレックス先輩と話をさせてくれたから、優しく脛を蹴られますように……

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