25話 ウィンチェスター・ホール

「へぇ、結構人が多いのね」

「まぁね、ここはアーサー王伝説の聖地のひとつなんだ。その理由は、目の前にあるよ」


 この場所は灰色の煉瓦で構成された、厳かな大広間、ウィンチェスター城・グレートホール。ノルマン朝ウィリアム一世が築き、多くの内戦や戦争を経て、今では有名な観光地となっているらしい。

 六枚の巨大なステンドグラスは、騎士たちの紋章で彩られており、灰色一色の床面に、花畑のような彩色を施している。木材のアーチで頑丈に作られた天上は、見ているだけで吸い込まれてしまいそう。

 そして何より、私たちの目を引いたのは……

 

「想像以上に大きいわね。5mはありそう」

「そうだよ。大きさは約5.5m、重さは1.2tもあるんだ。13世紀にエドワード一世が作らせたものらしい。当時の技術の結晶というわけさ」


 この空間で目を向かざるを得ないもの、それは壁にかけられた巨大な円卓だ。緑と白に分かれた放射状の模様には、騎士たちの名前が書かれている。そして中心に咲くテューダー・ローズの上には、聖剣を携えたアーサー王が私たちを見下ろしていた。


「なるほど。つまりこの円卓も、ティンタジェル城と同じで、アーサー王がいた当時のものではないのね」

「一説によれば、この円卓は、大魔術師マーリンが作ったとされているんだ。アーサー王の妃、グネヴィアの嫁入り道具として」

「へぇ、そんな逸話があるの。嫁入り道具としては、随分大きいけれど」


 もう一度、壁にかけられた円卓を見つめる。刻まれた名前、中央に坐するアーサー王。あの洞窟にあったものと同じだ。ということは、必ず何かしらの秘密があるはず。

 色々調べてみたいけれど、ここは人の多い屋内。どうあがいても、人の目を避けることはできないわね……


「ハワード、閉館時間を過ぎたら、ここにしましょう。今の時間帯だと人が多いわ」

「ルールを犯すのは忍びないけれど、これも。君の意見に賛成するよ」


 肩をすくめて、にこやかに笑うハワードの言葉からは、とてもじゃないけれど、という気持ちがこもっていない。彼らしい皮肉に、私も笑みがこぼれる。

 閉館の17時まであと約2時間。この時間を有効に使わなければならないわね。立ちっぱなしもなんだから、とりあえず外のベンチに座ることにする。

 外の売店で売っている温かいダージリンを一口飲むと、爽やかな渋みと深いコクが喉を潤してくれた。紅茶片手に、ハワードはこの場所について新たに語りだす。


「僕が『ここはアーサー王のゆかりの場所だ』って言ったのを、覚えているかな?  アレックス」

「当然よ。そしてその理由は、あの巨大な円卓なのよね?」


 あれこそ、アーサー王と彼の部下が用いた円卓(をモデルに作られた物)であり、アーサー王に縁がある物。それが堂々と飾られているのだから、この教会こそアーサー王ゆかりの場所に違いないわ。

 と思っていた私は、自身たっぷりに答えたのだけれど、この後ハワードは、信じられないことを言い出した。


「正解……と言いたいところだけど、実は、理由はそれだけじゃないんだ。この場所はね、王にとって最も重要な場所なのさ」

「それってどういうこと? まさか、あの円卓の他に別の何かがここにあるの?」


 もしそうなら、そっちの方にも行かなくてはならない。

 ハワードが口を開くのをじっと見つめて待つと、彼はおもむろに片手の人差し指を立て、そのまま地面に指をさした。

 

「ここだよ。この町そのものさ」

「……は?」

「アーサー王が治めていた伝説の都、グネヴィア王妃や円卓の騎士たちと共に暮らしていた場所、その名はキャメロット。そしてここ、ウィンチェスターは、キャメロットの候補地なのさ」

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