第22話 相反する者

 その男は車の中でタバコを吸っていた。表情はぶすくれていてとても機嫌がいいとは言えない。

 するとポケットに入れていたスマホが振動する。途端にぱっと破顔しスマホを取り出すと通話ボタンを押して電話に出る。


「俺だ」

『切崎さん! 今こっちで化け物が暴れまわってまして! あとボスが準備をしろとの事です!』

「分かった」


 切崎と呼ばれた男は一方的に通話を切ると、先ほどとは打って変わったように上機嫌で車から降りて歩き出す。


「ようやくパーティが始まりやがった。さて、こっちはどうやって奴らをいたぶってやろうか」


 切崎の向かう方向、そこはみんなのいえがある方角だった。

 切崎の役目はそこにいる者を捕らえて拷問し、その様子を毒島に中継する役だった。


「ヤれないのはつまらないが、まあ弱者をなぶるのもまた悪くない。久しくそういった奴らの苦しむ声は聞いてないしな」


 そう独りごちて切崎はクックと笑う。


 組織のNo.2である切崎をわざわざ戦場から外したのはトップである毒島さえいれば負ける事はないのと、この任務が重要だからだ。パーティを盛り上げるための重要な役回りであるのは承知のため、切崎はあえてここにいる。


 切崎はついにみんなのいえの入口の前までやってきた。そして入ろうと敷地内に足を踏み入れた瞬間、切崎の体が宙を舞った。


「なっ!? ……うおおおおぉぉぉぉ!」


 見えない何かに引っ張られるように切崎は飛んでいく。

 そしていつの間にか、切崎は謎の空間にいた。完全に空中に浮いている。ふわふわとした見えないガラスに足を着いているかのような、奇妙な感覚だった。


「ふむ、さて今度はどうかな? もう三人目だ」


 当惑する切崎に不意に声がかけられた。見ればトレンチコートを着たウサギが、切崎の方を向いて立っていた。切崎は事前の情報からこの人物に覚えがあった。


「あんた、結城神か?」

「おや、僕の事を知っているとは。どうやら当たりのようだね」


 その瞬間、その場の空気が変わった。ピリッと張り詰める。切崎は警戒しつつも軽口を叩く。


「お医者様の出る幕じゃねえだろ。さっさとここから出してくれねえかな?」

「それは無理な相談だ。僕の役目は君をここから出さない事だからね」

「ああそうかい」


 切崎は右手を上げる。その手には巨大な鋏、処断があった。処断を振り下ろすと、そこに空間の穴ができた。


「それじゃ勝手に出ていくとするよ。アデュー」


 そう言って切崎が空間の中に入ろうとした瞬間、突然空間が閉じてしまった。

 切崎は驚いて目を見張る。


「先生、あんた何をした?」

「僕のワンダーニードルで縫えないものはないんだ。例え、それが空間だとしてもね。今度は僕の方から質問させてもらおう。その鋏、もしかして君が不知火くんの学校を襲った実行犯かい?」

「……そうだとしたら?」

「ますます君をここから出す訳にはいかなくなった」


 さらに空気が張り詰める。圧がビリビリと肌を伝わって感じるようだった。

 しかし切崎はこれ幸いと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ああ、良かった。正直、退屈なヤマだと思ってたんだ。でも先生のおかげで……楽しめそうだ!」


 言うが早いか切崎は処断を結城に向かって投げつけた。クルクルと処断は回り、結城の首元に迫る。

 結城はそれを予知してたかのようにその風貌に似合わない機敏な動きで処断を避けると、ワンダーニードルに唱える。


「糸よ、我が分身を作り出せ。複製ドッペルゲンガー


 すると結城の体が突然五体に分裂した。それぞれが違う方向から切崎に襲いかかる。


「チィッ!」


 切崎は処断を手元に戻すと襲いかかってくる結城達に向かって処断で切り裂く。切り裂かれた結城達は糸に戻り、すっとその場から消えてしまった。


 おそらく本体であろう結城は、ワンダーニードルをこちらに向けて佇んでいる。


「なんだよ、やっぱ戦えるんじゃねえか先生! いいねぇ、もっとやりあおうぜ!」

「さあ、ここからは物量戦だ。僕の複製ドッペルゲンガーを超えて君の攻撃が届くかどうか。試してみるといい。僕はここに君を釘付けにするだけでいいのだからね」


 言い切るが早いか、今度は結城の体がさっきの倍の十体に増えて襲いかかってくる。切崎は笑い声を上げなから、結城の複製ドッペルゲンガーを処断で切り刻み続けるのだった。



(さて、どうしたものか)


 空間さえ切り裂く鋏と何でも縫うことができる針。お互いの能力は共に天敵であるように見える。しかし、直接的な攻撃力が低く糸も切られてしまう結城の方が不利であることは明らかだった。だからこその物量戦。向こうに正謳をさせる隙を与えず、ひたすらに時間を稼ぐことに徹したのだ。


「ヒャハハハハハハハハ!」


 しかし切崎の実力は結城の想定を上回っていた。無尽蔵とも言える複製ドッペルゲンガーを次々と切り裂き、どんどんギアが上がってきている。どうやらコツを掴まれつつあるようだ。


「大切断!」


 切崎の短謳で鋏が巨大化し一気に三体が薙ぎ払われた。短謳ですらこの威力。物量だけではこのまま押し切られてしまうだろう。


(なら、ここは一気に押し切らせてもらう!)


 結城はそう決断すると、複製ドッペルゲンガーを限界まで増幅させた。複製ドッペルゲンガーはたちまち空間を圧迫し、お互いに身動きが取れない状況を作り出した。


「なんだぁ、こりゃあ!」


 切崎の驚いた声が聞こえた。完全に意表をつけたようだ。

 結城は切崎を捉えるためワンダーニードルをわずかに空いている隙間を縫って飛ばす。これで切崎の体を糸で縛り付ければ、動きを完全に封じることができる。結城の勝ちは確定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

末期の一振り 夢空 @mukuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画