灰色のパーカーの男

烏川 ハル

灰色のパーカーの男

   

 右側の草原地帯に浮かぶコイン型の物体が、こちらの機体と縦軸が合った瞬間、弾を吐き出しながら逃げていく。

 しょせん無人偵察機だが、侮ってはならない。すかさず私は対空攻撃で撃ち落とし、銀色の自機を反転させた。逆側からの敵機に備えるためだ。

 間髪入れずに森の中から現れたのは、直線的な動きの対人戦闘機。しかし出現を読んでいた私の敵ではなく、これもあっさり迎撃する。

 これらは全て、西暦2000年に宇宙から飛来した侵略軍の兵器だという。地球より遥かに進んだテクノロジーを前にして、我々人類はすべなく、既に南アメリカは制圧されていた。

 立ち向かえるのは、この私が駆る銀色の戦闘機、ただ一機。

 そんな壮大な設定に胸躍らせながら、ついに姿を現した巨大浮遊要塞――このステージのボス――に向かって、私はAボタンを連打するのだった。


――――――――――――


「すごいな、あの男。あっという間にボスキャラまで辿り着いたぞ」

「知らないのか? あれが有名な『灰色のパーカーの男』だぜ」

「ああ、あの……。毎日この店で見かけるという……」

「いったい何者なんだろうな? このゲーム、まだ稼働し始めたばかりなのに……。すごいやり込みようだぜ」

 後ろでギャラリーたちが騒いでいるのが聞こえる。

 もちろん順番待ちで並んでいる者も多いだろうが、中には純粋な野次馬もいるのだろう。それだけ私の腕前が、ここのゲームセンターで話題になっているのだ。


 たった今「このゲーム、まだ稼働し始めたばかり」という言葉があったけれど、それでも既に大人気のアーケードゲームだった。

 無理もないだろう。森林地帯や砂漠、海といった背景の美しさも、クリエイターによって作り込まれた世界観も、これまでのシューティングゲームとは一線を画しているのだから。

 まさに画期的なゲームだが、まだ1980年代の前半だ。「アーケードゲーム史上最大のヒット作」と呼ばれるインベーダーゲームの稼働開始が1978年であり、あの単純なゲームからわずか数年でこれほど進化したのだから、まさに驚愕に値する。

 私が今プレイしているゲームは、シューティングゲームの歴史を語る上で、欠かすことのできない生き字引だった。


――――――――――――


「おお!」

 感嘆の声と称賛の拍手に包まれて、私は立ち上がり、後続の者たちに席を譲った。

 いくら私がこのゲームを好きとはいえ、全ステージクリアした上で三周もしたのだから、さすがに満足だ。いや『満足』というのは大袈裟だが、ちょっと休憩したい気分だった。

 ふと見れば、ゲーム筐体を囲むギャラリーの数は、二倍にも三倍にも増えている。しかも彼らの視線は、ゲームそのものではなく、むしろ私の方に向けられていた。

 先ほどの男の言葉ではないが、私は『灰色のパーカーの男』として、存在自体が噂になっているのだろう。

「困ったな……」

 小さな独り言が、私の口から漏れる。

 照れるとか恥ずかしいとか、そんな心情的な理由だけではない。私が有名人になるのは、ちょっと問題あるような気がするのだ。

 そろそろ場所を変えるべきだろうか。明日からは河岸かしを変えて、隣町のゲームセンターへ通うことにしようか。

 そんなことを思いながらも……。

「おっ! あれもあるのか、この店には!」

 視界に入った別のゲームの方へ、私は引き寄せられていく。

 歴史的には、先ほどのシューティングゲームの一年前から稼働し始めたアーケードゲームであり、これも人気ゲームの一つ。地中が舞台で敵を破裂させるゲームであり、一部では「戦略的穴掘りゲーム」と呼ばれるものだった。


――――――――――――


 こうして私は、今日もレトロゲームを堪能する。

 一応は「私の存在や姿が有名になってゲームセンターの歴史に残ったらまずい」という自覚はあるのだが……。

 せっかく来たのだから、思う存分プレイしなければ勿体ないだろう。

 なにしろ私は、アーケードゲームという文化の消滅した26世紀から、わざわざゲームのためにタイムリープしてきたのだから!




(「灰色のパーカーの男」完)

   

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灰色のパーカーの男 烏川 ハル @haru_karasugawa

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