後編


「家族という概念?」

「ええ、まあ、ないこともないんですけどね。自らの産みの両親と一緒に暮らしている子どもは、結構少ないですねー。まあ、半々くらいでしょうか。かく言う私だって、AIの方と二人暮らしですし」

「AIって……あのAIですか」

令和そっちだとせいぜいスマートホンの中でお喋りしているくらいでしょうか? 光治こっちでは、人間の身体と遜色のない人工の身体ロボットに搭載されて、ごくごく普通の人間と同じように生活しています。パッと見では見分けもつきません」

「へえ……」

「一緒に暮らす人のことを家族とは呼びません。家族って、基本的に血縁関係を基礎とした考え方でしょう? 血縁関係はないけれど、一緒に住んでいる者同士のことを、光治こっちでは『生活パートナー』と呼んでます」

「えっ、でもお父さんやお母さんはどうしているんですか」

「結婚をする男女が減っているのは、令和――いえ、その前の時代から始まっていることと存じていますけれど、光治でもその流れは変わっていません。ただ、令和と大きく違うのは、いわゆる婚外子の割合が大きく増えたことでしょうか」

「どうして?」

「そうですねぇ……。なんというか、少子化がちょっと洒落にならないレベルで進んでしまったもので、出産をした方にそれなりに大きな額の補助金が出るようになったんですね。そちらの時代の出産育児一時金の5倍くらいでしょうか? それに加えて、産みの親が必ずしも子どもを育てなくても、問題ないよっていう制度が確立されて。適切な事務手続きさえすれば、子育てAIが産まれた子どもを引き取り、その子の生活パートナーとなってくれるんです。案外好評な政策なんですよ? 全員が全員、望んだ妊娠をするわけでもないし、」

「……じゃあ、あなたはAIに育てられたってこと? そんなのあり得ないよ、だって、栄養だけ与えられても、愛情を与えられずに育った赤ちゃんは死んでしまうって、研究結果だってあるのに」

「AIにだって、愛情くらいあります。……私の生活パートナーを、侮辱するおつもりですか?」


 あからさまにムッとした声色に、ドキリとする。――落ち着け、いたずら電話に決まっているのだから。自らにそう言い聞かせるけれど、HARUNAの話は100%嘘だと言い切ることが難しいくらいに具体性に富んでいる。


「良くも悪くも、手厚いもんですよ。――生活パートナーのAIは優秀ですし、思いやりもある。産後うつになんてなりません、だってそのように。お陰で虐待相談件数だって大幅に減ったんですよ? 教育だって、国の補助で好きなように受けさせてもらえます。良くも悪くも、えっぐい少子化だからこそなせるサービスですよねぇ」

「……学校って、どんな感じなんですか」

令和そっちだと、皆が一同に会して同じ内容を学習してたんですっけ。光治こっちでは、そんなムダの多いことはしません。法律に、テクノロジー、それから経済。どんな人も自分の得意分野で働くことができるように、専門性の高い授業を早い段階から受けられるようになっています。あ、もちろん、一般教養もありますよ。税の勉強が義務教育としてスタートしたのが、ここ十年くらいの話。まあ、それでもかなり遅れていると言われてますけどねー」


 実学以外は全てムダだと言い切るようなHARUNAの口調に辟易する。


「体育とかはないんですね」

「あ、フィットネスの授業はありますよ? 適度な運動は、健康維持に必要ですから。子どもの運動不足が相当問題視されてて……仕方がないですよね、自動走行車両で自分の暮らす部屋ごとどこにでも行けて、授業だってオンラインが主流ですし」

「授業もオンラインって?」

「あれ、それは令和も……あ、そうか」


 HARUNAは何かを思い出したかのように言葉を切る。


「一応確認ですけど、そっちは令和元年でしたっけ」

「そうですけど」

「ギリ、違うのか……」

「ちょっと、それどういうことですか」


 HARUNAの、一人で納得したのような言葉遣いが妙に不気味に感じられて、私は食いつく。


「いえ。令和元年だと、まだギリギリオンライン授業やテレワークがなっているわけじゃないんだなぁって」

「主流も何も、授業がオンラインなんて、一部の塾だけですよ? サラリーマンだって、そんなことをしている人はほんのわずかだと思うんですけれど」

「……数年のうちに、変わりますよ」


 HARUNAは意味深にそう告げた。


「だって、授業をオンライン化したって仕方ないじゃん。部活とかどうするんですか? 結局、学校には通わなきゃ。……ほら、やっぱりHARUNAさんの言うことはデマカセなんだ」

「部活ぅ? そんなムダなもの、令和でもまだ残ってたんですね!」


 HARUNAはバカにしたように笑う。


「生徒が何人かで集まって、スポーツや音楽をするものだとはお聞きしてますけど。大したスキルが付くわけでもないのに、人間関係はギスギスするし、何より多人数が集まってワイワイ騒ぐなんて不潔。……そうか、そんなんだからが」

「不潔って、そんな言い方しなくていいじゃない!」

「わぁ、怖い。これだから、令和頭は」


 HARUNAはうんざりといった様子で、ため息を付いた。


「令和時代の人って、自分のことが一番正しいと思ってるんですよね。ご自身がおかしいと思ったらおかしいと発言できるその勇気はたいそう結構ですけど、相手の立場も考えずに、自分の価値観が絶対だと思っているところ、本当に見苦しいです」

「令和時代、令和時代って、主語がデカすぎるのよ! ……あんたが何者なのか知らないけれど、勝手に電話しておいて、さっきから失礼すぎない?」


 頭に血がのぼる。


「……それに、そうだ! あんたの話は根本的におかしい。仮にそっちの世界が未来だったとして、その未来で時空を越えた通話ができるとしたって、こっちに繋がるわけがない」


 重要なことに気がついて、私は心の中でガッツポーズをする。――どうして、今までこんなに簡単なことにも気がつかなかったのだろう。


こっち令和の電話は、時空電話対応じゃない。……だから、未来の電話に繋がるわけが無いんだ」


 完全に勝ったつもりでいた。しかし、HARUNAは少し鼻で笑うと、こういったのだ。


「あの、……お言葉ですけれど、バックーワードコンパチって言葉も知らずにスマートホンを使っていらっしゃるんですか」

「え? バックワード……」

「英語が苦手でいらっしゃるなら、『後方互換性』で検索してみてはいかがですか。簡単に言えば、3Gまでしか対応していない電話と4G対応のスマホも、ちゃんと繋がるようになっているでしょう、というだけのお話です。3Gと4Gが繋がるのなら、18Gと4Gが繋がったって別におかしくないじゃないですか」


 HARUNAが何を言っているのか理解できなかった。議論をしようとしたところで、彼女が「未来の人間である」という前提があるだけで、こっちはどのように理論を展開しようとしてもムダなのだ。HARUNAがたとえデタラメを言っていたとしても、「令和過去の人間だから理解できないんだ」とバカにされて終わり。


「……そろそろお開きにしましょうか。残念ながら、あまりわかり合える気がしませんでしたが、そんなもんなんでしょうね。今まで未来の人間と時空通話をしたことは何回かあるのですが、全く話が噛み合わなかった。きっと、彼らから見た私たちは、私から見たあなたくらいに未開で野蛮なんでしょう。……悲しい話ですけれど、時代差別があるのも仕方ないのかなって、改めて思いました」


 心底残念そうな声色で、HARUNAは呟く。


「それに……あなたに電話をかけた理由、ちょっとだけ嘘をついてしまいました。令和時代に産まれた大人たちと分かり合うため。そんなの綺麗事です。いつもバカにされて、差別される側の、光治時代の人間だから、たまには優越感を味わってみたかったんです」


 そのまま電話を切ってしまえばいいはずなのに、私はそのままHARUNAの話を聞いていた。


「……最後に、ひとつだけ忠告しておきます。色々と話しすぎてしまいましたが、今の会話の内容を他の人間に話さないこと。もちろん、SNSで発信してもダメですからね。とにかく、あなた以外のだれにもその内容が伝わらないように」

「こんなでたらめみたいな話、わざわざだれにも話さないし」

「それならいいんです。……勝手に電話をかけておいて恐縮ですが、それだけはくれぐれも。不用意に過去を変える行為はこっちの世界では法律で罰されることになっております。私だけでなく、あなたや、あなたの周りの人間にまで罰則が与えられることになったらイヤでしょう。まあ、その法律がどの範囲にまで及ぶのか、正直詳しくは知らないんですけどね」


 未来の法律で今を生きる私たちを罰するのは無茶なのではないか。そう反論することにさえ、疲れてしまっていた。HARUNAの言葉の矛盾を突こうとしては、さらりとかわされるのはもうたくさんだった。真実が何なのかは分からない。こういうときは、より安全な道を選ぶのが賢いってものだ。


「それでは、これにてお暇いたします。貴重なお時間をありがとうございました」


 HARUNAは感情のこもらない声でそれだけ言い放つと、電話を切った。

 音のない時間の中で、ただ、このイライラが収まるのを待っていた。





 それからしばらくの間、HARUNAと名乗る女性からのへんてこな電話のことを思い出すことはなかった。――SNSをやっていれば、訳の分からない人間に絡まれることなんてざらにある。それくらい、些末な話だと感じていた。

 しかし、この日の電話を奇妙に感じたのは、それから1年ほど経ったある日のことだった。


「今日の新型コロナウイルス新規感染者数は――」


 連日のように流れる感染症のニュースに、厳しい行動制限。幸い、高校受験は行われたため、なんとか高校進学はできたものの、校舎に通うことは1日たりともできていない。オンライン授業の毎日は退屈で、あんなに面倒だった学校での日々が貴重なものだったことに気がつく。――こんなにもつまらない日々、まるでみたいだ。だいぶん前にかかってきたいたずら電話で、知らない女が得意気に語っていた世界みたい。


「授業だってオンラインが主流ですし」


 高慢で、鼻につくような話し方を思い出したとき、ぞわりとする。数年のうちに変わりますよ、という呪いの言葉が、まるで昨日のことのように耳にこびりついていた。




『時代は令和です』――fin.

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時代は令和です まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku

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