時代は令和です

まんごーぷりん(旧:まご)

前編



 大人ってどうしていつもこう――なんて言い方は痛いか。


れい、あんたちょっと行儀悪すぎよ。もうちょっと女の子らしくしなさい。テーブルに肘をついちゃいけないし、スマホを見るのもルール違反。いつもそう習っているでしょう」

「はい、出ましたー。『女の子らしく』。私が男の子だったら同じ注意しないってこと? 古っ」


 夕食時は、家族との戦争が勃発するチャンスに溢れている。


「令、親に向かってそんな言い方はないだろう。それに、女だろうと男だろうと、食事中の最低限のマナーくらい、守ったらどうだ。お前一人で暮らしているんじゃないんだぞ」

「お父さん、だから『親に向かって』って何? 歳上だから偉い、それとも産んだから偉いの? 人間は皆平等だって習ってるんだけどなぁ、正当な反論さえも許されないほど格上の人間が存在するってわけか、お父さんの頭の中では」


 減らず口で対抗すれば、お父さんはいい加減にしろと吐き捨て、席を立つ。食べ終わった後の食器を流しに運ぶことすらせず、書斎に戻る後ろ姿を見て、私はあんな男と結婚なんてしない、と固く誓う。

 大体、「家族団欒」って今の世の中にそぐわない気がする。大人は仕事があり、子どもだって部活や習い事、他にもいろんな都合があるんだから、何も皆一同に会する必要もないのではないか。そうだよ、こんなものなくせば良いのに。個人が自分で食事を準備し、一人で食べる。そうすれば、他人が放置した皿を洗うみたいなバカなことも生じない。


「令。……確かに女の子らしくってのは余計だったわね。令がそういうの嫌いだって知ってたはずなのに、忘れててごめんね。でも、お父さんの言う通り、最低限のマナーくらいは身に付けておいてちょうだい。将来恥をかくのはあなたなんだから」

「将来って、どうせ『お嫁に行くとき』って意味なんでしょ? そういうの、私だけが嫌ってるみたいに言わないで。性別どうこう言うのがバカらしいってのは、今皆が口を揃えて言ってることなんだから。Tweetterとか見たら分かるよ、昭和頭ショーワアタマの人には難しいんだろうけど」


 私は母親の顔も見ず、スマホをいじる。そもそも私は自分の用事を中断して仕方なく夕食の席に座っている。呟き型SNS「Tweetter」で出会ったフォロワーとビデオ通話をしている途中に夕飯に呼び出された。相手は社会人二年目のOL・ナッキーさん。リアルでは知り合う機会もない、大人の友人である――そんなことを言ったら親はひっくり返るだろうけど。


「ねえ、本当にスマホ触りすぎじゃないの? 最近、なあなあになってるけど、一日二時間までって決めたじゃない。中学でも授業中に触って没収されてるでしょう、回収しにいくのはお母さんなのよ」

「そもそもそのルールが古いんだって。この時代、スマホを制限しなきゃいけないものだと思う方がおかしいの。――時代は、令和よ」


 私は席を立ち、キッチンへと向かう。自分の食べた分だけ食器を洗い、自室へと戻る。これだから昭和アタマは、と呟きながら。

 親と反りが合わなくなったのには、明確なきっかけがあったわけではない。例えば、泥だらけで帰った日に「女の子なのにこんなに汚して」と小言を言われたり、職場の若手に対する「最近の若い子は根性がない」というお父さんの愚痴を耳にしてしまったり、私が思い描く進路にことごとく「もっと地に足をつけて」と反対されたり、と、少しずつモヤりとしていたことが積もっていく中、SNSで似たような「モヤり」を感じている人たちに出会ったのが大きいのだと思う。私だけじゃないんだ、そう気づくことができて強くなった。そしてそれは、時代のせいなのだと諦めることができた。


「時代は令和です。脳みそがアップデートできてない方は関わってこなくて結構です」


 誰かの呟きを見て、なるほど、と思ったのだ。






「すみません、家族から呼ばれてしまって」

「ぜんっぜん気にしないで。リアル優先、これ大事だから」


 ナッキーさんとの通話を再開する。話のメインは、進路について。彼女は彼女で、漫画家になる夢を追うとか追わないとかで、子どもの頃は散々親ともめたらしい。


「……そんなこんなで、本当にイヤになっちゃうんですよね、親の頭が固すぎて」

「そっかあ、今時の中学生って、やっぱりいろいろ大変なんだね。私の時とは違うなー」

「ほんと、これだからダメなんですよ、時代は令和だというのに、ちゃんと追い付いていけない人たちは」

「令和、ねぇ……。レイちゃんが令和の女子中学生なら、私は平成に中学生やってたんだよね」


 ナッキーさんは大人だけれど、両親に比べて柔軟に私の話を聴いてくれる気がする。まあ、彼女もまだ二十代前半、結構若い。私の父親から見れば「最近の若い子」の部類だ。


「ナッキーさんは、ちゃんとアップデートできてるから良いじゃないですか」

「……あまりに古い機種は、新しいOSに対応しなくなる」

「意識の問題ですよ、きっと」


 そう返すと、ナッキーさんは困ったように微笑んだ。






 ナッキーさんとの会話を和やかに終えると、不在着信が入っていることに気づいた。


「誰だ」


 首をかしげる。アカウント名は『HARUNA』、しかし私にはそんな知り合いはいない――とも言いきれない。Tweetterのフォロワー数は千人ちょっと、全員を覚えているわけではない。


 スマホが震えた。HARUNAからの二度めの着信。


「もしもし」


 私はおずおずとビデオ電話に出た。




「ん? ……あ、繋がりましたね!」


 なにやらスマホの向こうで喜ぶ女性の声が聞こえる。


「えっと、こちら、アカウント名『レイ』と申します。HARUNAさんでよろしいですか」

「あ、はーい、どうも。HARUNAと申します!」


 快活な少女の声?


「……以前やり取りしたことってありましたっけ」

「いえ、はじめましてですよ。驚かせてしまっていたらごめんなさい」


 ビデオがオフになっているので、相手の表情が読めない。


「いえ、大丈夫ですけど……」


 正直、一度たりともSNS上でメッセージのやり取りをしたことのない人と通話をするのは、妙な気分だ。


「そっか、良かったですぅ」

「えっと、私、中学生なんですけど、HARUNAさんは」

「えー、知らない人に年齢とか訊いちゃうんですか? それ、個人情報ど真ん中ですよ」


 たしかにそうだけれども、大体の年代を教えてくれたって良くないか。ビデオもオフにしているあたり、個人情報に気を遣っているようでいるけれど、全く知らない赤の他人にいきなり電話してくること自体、そもそもネットリテラシーが低めなのではないか。そのあたり、ふんわりと矛盾を感じる。


「まあ……でも、レイさんと私はそんなに歳は変わりません、おそらく」


 それならそうと早く言ってほしい。


「それなら仲良くできそうですね。……あ、私、タメでOKなんで」

「タメってなんでしょう?」

「タメ語。タメ口。聞いたことないですか」

「いえ」

「語尾の『です』とか『ます』とかを取るやつ」

「ああ……『砕け語り』ってやつですね」


 あからさまに相手の声のトーンが暗くなる。


「私、『砕け語り』OKとか言ってしまう人、苦手なんですよ」

「……珍しいですね、OKってだけでもダメとは」

「だって『砕け語り』って、マイルドに言ってヤバめの方々しか外では使わなくないですか? ……全く、悪しき風習です、昔の方々がナチュラルにその辺で使ってただなんて、信じたくもありません」


 待って、この子、どんな世界線で生きてるの?


「年下の知り合いとかにも使いません?」

「まさか。……やだ、レイさん。年齢で差別しちゃうタイプですか? やっぱり歳なんて絶対に教えませんからね」


 勝手にプンスカと怒っているHARUNAが異様に思えた。


「……では、タメ語はなしで。忘れてください。HARUNAさんはどうして私に電話をかけてきたんですか」

「どうしてもこうしても……すごいんですよ、ついに時空を越えてお電話が繋がるようになったんです、『18G-advanced』対応の『スタイルホン』から」

「『18G-advanced』? 『スタイルホン』?」


 さっきから全く話についていけない。


「……あそっか。ごめんなさい、令和の方ですもんね、スタイルホン自体まだなのか」


 小馬鹿にされた気がした。


「スマートホン? って言うんでしたっけ、今レイさんが使っているやつ」

「私が……っていうか、皆そうだと思いますけど」

「それのもっと新しいバージョンだと思っていただければ。まあ、正直別物ですけど」

「スマホより新しい……って、どういうこと?」


 それにさっきから令和令和って言うけれど、言わずもがな今は令和でしょうに。


「えっと、もしかしてまだ状況が理解できていらっしゃらないとか?」


 まさかそんなバカなことはあるまいといった声色でHARUNAは言うが、まさに理解できていない。


「時空を越えて電話ができるようになったというお話はしましたよね。――私、今、過去に向かって電話をしているんです」

「過去って」

「……個人情報なのでぼかしますけれど、私が居るのは、レイさんの生きている時代から大体六十年後の世界。元号で言うと令和の二つ先、ひかりにおさめる、と書いて『光治』です」


 SFかな?


「えっと……だってそんなのあり得ないじゃないですか」

「いや、だから18G-advancedの話、しましたよね。こちらからお伝えできるのはそれだけなのですが」


 話を整理すると、突然私にアポ無しで電話をかけてきたHARUNAという女は、約六十年後の世界の住人。その世界ではスマホの進化形・スタイルホンを使って、過去や未来に向けて通話をすることができる――


「やっぱおかしいですって。そんなことがまかり通るなら、もっとたくさん、未来の人から電話がかかってきたっていう報告があってもおかしくないじゃないですか」

「基本的に、時空対応のスタイルホンが出る前の時代に電話をかけるのは禁止なんですよね。歴史が変わってしまうかもしれないから。審査の結果、歴史を変えるだけの力が未来永劫ないと認められた相手にだけ、特例で通話が許可されることがあるんです」


 つまり、私は未来永劫歴史を変える力を持つことはない、ということか。失礼な話だ。


「……そこまでして、どうして私なんかに電話を」

「ちょっと理解できない大人が多すぎましてね」


 HARUNAはため息をつく。


「まあ……実は私、学生なんですけど、教師とか、全然馬が合わなくて」

「はあ」


 いつの時代も、大人と子どもは分かり合えないってか。


「それで、アタマの古い大人たちの若かりし頃の声を聞けたら、少しでも理解に繋がるんじゃないかって思ったんです」

「へえ、勉強熱心だ」


 荒唐無稽なおとぎ話に、私は冷たく相槌を打つ。


「でも全然ダメですねー。そもそもいろんなことの定義から説明しないとだし、普通に話しててつまらないし、胸くそ悪いです」

「悪かったね」

「まあ、そう怒らないでください。『時代差別』をするような言い方してすみません、そういう意図はないつもりでした」

「時代差別って」

「……そうでした、これもまた、私たちの住む時代にようやく問題になり始めたことなんです」


 HARUNAの話を聴くに、過去や未来をオンラインで行き来するようになり、未来人が過去の人たちを「未開人」として差別する風潮が問題になっているという。


「なんなら私たちはむしろ『差別される側』ですよ? だって、時空対応スタイルホンが出たばっかりの時代、つまり私たちがスタイルホンを通じて関わることができるのは未来の頭の良い人たちばかりなんですから」

「さっきからスタイルホンスタイルホンって……仮にあなたの言うことを信じるとして、そもそもどういう原理でそんなことができるか分かっているんですか」

「議論好きで面倒ですね、これだから令和脳は。スタイルホンの時空通話の原理なんて知るわけないじゃないですか、あなただって、スマートホンの通信の仕組み、知らずに使ってますよね。そういうものなんじゃないですか?」


 ごもっともである。


「……貴重なお話ありがとうございます、ちょっと家族が呼んでいるんで」


 あまりに胸糞悪すぎて、私は電話を切ろうとした。


「家族? ……まだ、家族という概念があったんですね、令和は!」

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