最終話 大切な人

 戦争開始から五年後、ようやく終結した。イミタルがコートたちをなんとか押し返したものの、被害は数十万人もの規模に及んだ。イミタルの国、ロンジェカンは死体や瀕死の人らでいっぱいだった。

 イミタルの人たちは敵味方関係なく、人々を治療していく。アレフもカイナルとの戦闘の末、瀕死の状態になった。何年も何十年もかかり、ようやく全員の治療を終えた。



 戦争終結から四十年後、アレフはようやく意識を取り戻した。カイナルが必死に叫び、アレフを助けるように頼んだらしい。もう少し手当てが遅ければ命はなかったという。

 アレフは二年かけてようやく、松葉杖をつけば歩けるくらいには回復した。カイナルとも会い、事情を説明すると軽く叩かれた。が、その後すぐに抱きつかれた。


 生きててよかったと。


 アレフは松葉杖をつきながら、またコートの国へと戻ることを決めた。リリィに会うためだ。カイナルからお金を借りて船に乗り、一日かけてコートの国へと戻ってきた。四十年以上が経ち、街並みはだいぶ変わってしまってはいるものの、あの家は……昔の頃と変わらない姿でそこに建っていた。

 アレフは心臓の鼓動が聞こえるほど緊張しながらドアをノックする。ドアがゆっくりと開き、中から可愛らしいおばあさんが出てきた。茶色かった髪の毛は真っ白になりシワだらけのその顔だが、今でもあの面影はある。アレフは涙を堪えながら安心したように声を出した。


「リリィ……」


 おばあさんになったリリィは驚きながらも言った。


「あらあら、どうしたのその怪我は。とりあえず中に入りなさい」


 リリィはアレフの足の包帯を変えながらこう聞いた。


「あなたこの辺じゃ見慣れない顔ね。まだ若そうだけど……軍人さん?」

「……え?」


 アレフの脳内にかつて読んだ探検家の本の文章が浮かぶ。


『老いるといろんな病気にかかりやすくなる。特に多いのが"認知症"だ。いろんなことを忘れてしまう病気らしい。友達も、家族でさえも。生きてはいるのに自分のことを忘れられてしまうというのは悲しいものだな』


 呆然とするアレフに、リリィはしわくちゃの顔で優しく微笑んだ。


「私ね、好きな人がいたのよ。名前は忘れてしまったけどその子も軍人さんなのよ。好きですって言えばよかったわね。……早く帰ってこないかな。この家でずっと待ってるのよ、私」


 アレフは言葉が出なかった。言いたいことはいろいろあるけど、それを言ってはいけない気がしてならなかった。リリィは何かを思い出したように尋ねた。


「そういえば、あなたの名前は?」

「……」


 アレフは言葉を飲み込んだ後、静かに微笑み言った。


 僕は――

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Lily 璃志葉 孤槍 @rishiba-koyari

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