最終話 これがわたしのハイヒール!!
その日の夜、フィヨルト大公家一同が晩餐を取っていた。
大公様とメリッタさんが並んで座り、対面にはわたし、ヴァートさん、フォルナの順番だ。並びがおかしくないか? 本来ならヴァートさんが上座では。
「フミカ姉上の家の事を聞かせて貰えますか?」
そんなヴァートさんが、姉上呼ばわりと来たもんだ。ふむ、わたしの長女力を甘く見てもらっては困るな。見事打ち返してやろう。
「そうね、ヴァート」
どうだ、呼び捨てだぞ。まいったか。
「ええ、是非お聞かせください」
さらっと流しやがった。流石は次期大公、やってくれる。
そう、これは一夜限りの家族ごっこだ。ごっこだけど、凄く大切な時間だ。だからわたしは、大事にその時間を使うんだ。
「わたしの実家は、牧場、牛を育てて収入を得ているの。家族は父さんと母さん、弟とそのお嫁さん、そして妹。ちょうど今の状況と似ているね」
家族が倍になったことになる。嬉しいな。
「お姉様はどのようにして、あんなに強くなられたのですか?」
今度はフォルナだ。お姉様呼ばわりが胸にしみる。
「小さい頃から牧場を駆け回っていたの、そのうち斎藤のじっちゃんに斎藤術を習って、15くらいからは、柔道、18からはレスリングかな」
「『ジュードー』『レスリング』それはどのようなものなのですか」
「それはね」
会話をしながら静かな時間が流れていく。大公様とメリッタさんは微笑みながら、会話に時々加わってくれた。
◇◇◇
翌朝、わたしが逗留している客室に、メリッタさんとフォルナが現れた。
「いよいよですね、寂しくなります」
「ごめんね」
「謝ることなどありません。素晴らしい時間を過ごさせていただきました。お姉様がいなければ、今頃フィヨルタはどうなっていたことか」
「それはお互い様。みんながそれぞれ力を振り絞ったから勝てたんだよ」
「そうですね」
寂しそうに、フォルナは、ふっと笑った。
「フミカにこれを送りましょう。着替えてもらえるかしら」
メリッタさんが母上らしい語り口で言った。ああ、これが本来なんだろうな。
「はい」
差し出された服は、フィヨルトの軍装だ。黒一色にちょっとした装飾が入った、入って、あれ?
確かに黒一色だけど、フィ・ヨルティアとよく似た紫と金のラインが何か所かに入っていて、それで両肩には……。
右肩には、例のフィヨルトの国章。同じく左肩には紫の花を咥えた白銀の狼の姿と、2本の骨。その下には、『白い翼を生やした薄緑のハイヒール』。これはまさか。
「フミカ、これがあなたの紋章よ。あなたは立派なフィヨルティア」
「その称号、絶対わたしに押し付ける気ですよね、『お母様』?」
「さて、どうでしょう」
メリッタさんは快活に笑う。いい笑顔だ。
サイズはピッタリ。採寸した覚えないけど。まあいいや。
◇◇◇
わたしは、フォルナとメリッタさんと共に、廊下を歩く。そう言えば最初にここを歩いた時には、夢じゃないかとか、異世界感皆無だなあとか思ったっけ。あと、メリッタさんがヤバいって。
フォルナの私室では、大公様、ヴァートさん、国務卿、軍務卿、農務卿なんかが揃っていた。外務卿はまだバラァトなのかな。
たしかにわたしが現れた場所に、鏡の様な扉があるね。しかも皆の姿が映っていても、わたしのだけはそうじゃない。つまりそう、やっぱりここはわたしの世界じゃないってことだ。
そして最後の挨拶を交わす。
ああ、帰る時が来た。
でもその最後の時に、最後にやることがある。やっておかなきゃならないことがある。
「フォルナ、お母様。ちょっと前に出て貰えますか?」
怪訝な顔をしながらも二人は言う通りにしてくれた。
「どうしたのですか?」
フォルナが問う。
「最後にね、大切な妹とお母様に恩返ししておきたいんだ」
「それはどういう……」
メリッタさんの声を遮るように叫ぶ。
「脚踏みしめろ! 歯ぁ食いしばれ! いくよ!!」
どおん!!
部屋中に響き渡るのは、わたしの脚が踏み込んだ衝撃だ。
「これが! わたしのぉ! ハイヒール!!」
渾身のソゥドを載せた、そしてわたしの心からの願いを載せた、右上段回し蹴り、すなわちハイキックが、まずはメリッタさんに突き刺さる。
衝撃は逃がさない。思いも散らせない。全部を乗っけた蹴りが、メリッタさんを崩れ堕とした。
「な、なにを?」
フォルナが叫ぶ。声出してる余裕なんてないよ?
ずごぉん!!
これまた私の踏み込んだ音だ。そして、渾身の力を、残り全ての、そう残ったソゥドを込めて、それを願いに変換して、繰り出す。左上段回し蹴り、すなわちこれもハイキック。
すべてを載せた渾身の蹴りが、フォルナに叩き込まれ、彼女も倒れ伏す。
◇◇◇
場が静まり返る。当たり前か。聖女がいきなり女性二人を蹴り飛ばすってか、蹴ってその場に崩れ堕としたんだから。
そんな微妙な空気の中、わたしの両脚のハイヒールが光を放ち、そして崩れて消えていく。何となく分かっていたんだ。最後の役割を終えたんだって。これがわたしの最後の恩返しなんだって。
「くっ、ううう」
「ふっ、はぁ」
フォルナとメリッタさんが起き上がる。ダメージなんてあるはずない。それが聖女のハイヒールなんだから。いや、むしろ。
「ソゥドが回る?」
まずはメリッタさんが驚きの声を上げる。そうだよ、治ったんだ。全部が。
「力が通る?」
信じられないように、壁にかかった骨を手に持ったフォルナが、静かに佇む。そうだよ、戻ったんだ、力が。
そうだよ、もう一回言おう。
「これが聖女の、わたしの、ハイヒールってもんさ。受け取ってくれた?」
「あ、ありがとうございます、お姉様」
「ありがとう……、フミカ」
泣くなし、わたしまで泣きたくなるだろが。ああ、涙が止まらん。
「ということで、フィヨルティアは返却ね。どっちが受け継ぐかは二人で決めて」
「まったくもう」
メリッタさんが嬉しそうに怒ってくれた。
さて、湿っぽいのもアレだし。やることもやったし、そろそろ行くかな。って、あれ。
「ごめんなさい。裸足なんで、なんか靴あります?」
しまらないなあ。
◇◇◇
こんこん。
ドアがノックされた。
「どうぞー」
「あれ、文香、どこいってたの?」
「ああ、ちょっと野暮用でね」
「ていうか、なにその恰好? チャイナでハイヒールじゃなかったっけ?」
「そういやそうだった。でも別にこれでもいいでしょ、紗香」
「なんか動きやすそうでズルい気もするけど、それってまさか」
「そっちこそ凄い格好だね、なにそれ、ドレスアーマーってやつ?」
そうなんだ、紗香は見事に真っ白で、でっかくてながいスカートが付いたドレスを着ていた。なんかゴテゴテ装甲みたいのが付いている。甲殻? ウェディングドレスより派手になってないか?
それに胸元についた紋章みたいの、紫の狼に四本線。おいおい。
「まあいいや。エキシビジョンの時間でしょ?」
「まったく文香は、色々と図太いね」
「負けないよ、先代聖女様」
「こっちこそ」
◇◇◇
大公歴474年。
フォートラント連邦王国、フィヨルト辺境大公国領。
公都フィヨルタの西南に広がる森の中を駆け抜ける、ひとりの少女、いや、幼女の姿があった。
幼い姿でこそあれ、両肩には縦ロールに巻かれた見事な金髪がたなびいている。力強い緑の瞳が輝く。その動きはとても幼女のものとは思えない。
すなわちソゥドの力だ。彼女は、その年齢にしてソゥドに目覚め。両親と周りの心配を他所に、日々大地を森を駆け抜ける。
そんなとき、ふと見つけた。
「指輪?」
何のこともないように、森の奥なのに、綺麗に磨かれたように銀色に輝く指輪だった。
彼女をそれを拾い、宝物のように大事に、大事に握りしめた。
彼女の名は、フォルテ・フィンラント。後の、フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラントである。
そして、彼女の紡ぎだす物語が始まる。
それが聖女のハイヒール ―機動悪役令嬢前伝 わたしのキックは全てを癒す!― えがおをみせて @egaowomisete777
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