第55話 フミカ・フサフキ=フィヨルティア・ファノト・フィヨルト
「扉だとっ!? まさか」
大公様が叫ぶ。背後にある大公邸に気を向けてみれば、ああ、あのあたりか。フォルナの部屋、すなわちわたしが『現れた』場所だ。なんとなく分かってしまう。
帰る時が来たんだ。
「それがその、お嬢様の部屋をお掃除していたら、気が付いた時には鏡の様な輝く扉がいきなりあって、これは聖女様に関わるものではないかと、急いで、その……」
最後の方は声が小さくなるも、必死に説明してくれている。式典を邪魔してしまったことに気づいたんだろう。
「大丈夫ですよ。わたしにも分かります。意味を感じるんです」
「……分かるのか?」
微妙な表情で大公様が聞いてくる。
「ええ、帰還の扉とでも言えばいいでしょうか」
「そうか……」
◇◇◇
「それで、帰るのか?」
「ええ」
「お待ちくださいっ!!」
わたしと大公様の会話の間に割り込んできたのはヴァートさんだった。
「どうかお待ちください。僕のいえ、私のお話を聞いていただけないでしょうか」
「どうしたんです?」
と、そこでいきなりヴァートさんが片膝を付いた。
「聖女様、いえ、フミカ・フサフキ嬢。私、フォースフィルヴァート・フィーダ・フィヨルトと婚姻の儀を結んではいただけないでしょうか?」
「はいいぃぃ!?」
声が裏返ったぞ。どうする? いや、どうもこうもないけど、ヤバい。ヴァートさんがキラキラ輝いて見える。人生で初めてプロポーズなるものを受けてしまった。これ、もしかしてラストチャンスなんじゃないか? 相手は美形で年下の次期大公様だぞ。とんでもない玉の輿だし、フォルナとも一緒にいられるし。繰り返すけど、ファイナルラストチャンスなんじゃないか。
わたしは、ヴァートさんの手を取って立ち上がらせた。そして抱き着く。
数秒ヴァートさんのぬくもりを感じた後、身体を離した。
「ごめんなさい」
ほんとうにごめんなさい。わたしみたいのにプロポーズしてくれてありがとう。だけど。
「約束があるんです」
「それは、大切な約束なのですか?」
「いえ、とてもくだらない、親友との約束なんです」
「そうですか、とても残念です。ですが、そんな約束を重んじる貴女だからこそ……。私は貴女に出会えたことを誇りに思います。元の世界でもお元気で」
ヴァートさんの表情は、スッキリとしたものだった。良かった。これで良かったんだ。良かったのか? 紗香との約束なんて、本当にくだらないものだし、すっぽかしたところで何ともない気もする。なんかすごく失敗した気分になって来た。
でもまあ、いいか。それがわたしだ。
「わたしは、元の世界に戻ります」
ハッキリと言い切った。
◇◇◇
「うむっ、それでは褒章の方に話を戻したいが、聖女殿、時間は大丈夫なのか?」
「ええ大丈夫だと思います。多分、扉はわたしが帰るか、帰る意思を無くした時に消えると、そう分かるんです」
「そうか、それならば帰還は明日でもいいかな?」
「明日ですか、構いませんけど何故?」
「褒章に関わる事でな。扉が現れる前までは迷っていたのだ。だが、今なら自信をもって送ることが出来そうだ」
どゆことだ?
「メリトラータ、ヴァート、フォルナ、来てくれ」
大公ご一家が集まってきて、わたしの目の前に並んだ。表情を見るに、あらかじめ根回しをしていたな、これ。
「聖女フミカ・フサフキ嬢。どうかフィヨルトの名を受け取って欲しい」
フィヨルトって、それって。
「そうだ。これが褒章となるかは聖女殿次第ではある。だが精一杯の気持ちだ。ああ、宝玉なりは別途お渡ししたい」
「家族になれって、ことですか?」
「そうだ。相続権こそないが、公式文書に残る正式な養子だ。どうだろうか」
「だって、わたし、帰るんですよ?」
「だからこそだ。旅立つフミカ嬢を家族として扱いたい。これは大公家の総意だ」
目の前の4人が大きく頷く。
断れないじゃないか……。
「受けます。こんな素敵なご褒美、生まれて初めてです。喜んで受け取らせていただきます」
「そうか、よかった」
大公様は本当に嬉しそうな顔で言ってくれた。
「フミカ・フサフキ嬢。君は今より、フミカ・フサフキ=フィヨルティア・ファノト・フィヨルトとなる!!」
「ええ!? フィヨルティアまで貰えるんですか?」
「ええ、巨大なソゥドとフサフキの技、そして癒しの力。フミカ、あなたはフィヨルト最強の存在です」
メリッタさんが良い顔で言った。あ、フィヨルティア外れてスッキリしてるだろ、それ。
後ろからすすすっと国務卿がやってきて、何故か羊皮紙? みたいのとペンを私に手渡した。2通同じものがあるけど、読めん。
「サインを」
国務卿さんがずずいと圧をかけてくる。大丈夫だろうな? 金利とか確認してないけど、ホントに大丈夫だよね?
結局負けて、サインしてしまったわけだが大丈夫なんだろうか。まあ、いいか。まさか異世界経由して義務が発生することもないだろし。
目の前では、フォルナとヴァートさんがニコニコと笑っていから、ホントにまあいいかってなった。
◇◇◇
「では褒章の儀はこれにて終了とする。明日、聖女フミカは帰還するため、一部の者を除き、今が最後の機会となろう。存分に讃え、交流するがいい!!」
大歓声が巻き起こり。そして人波が押し寄せてきた。
「隙ありいいいい!」
「だから、隙なんてないよ」
飛びかかって来たヤード君はじめ、ちびっ子たちを放り上げる。ほら、いつもより高く飛んでおります。強くなったね。君たち自身の力がその高さを生んでいるのだよ。
それから色んな人たちと語り、握手して、抱擁したりして、笑ったり泣いたりした。
たった2週間にも満たない日々だったけど、悲しいこともあったけど、沢山の思い出が出来た。
わたしは、ここに来て良かったと思う。
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