第5話 白日の下に晒された真実

 初めてビートボックスを見てから数日、僕は夢中でビートボックスの動画を見て真似まねて時間を費やしていた。


ビートボックスにのめり込んでいると、万引きの冤罪から続く様々なことを忘れられたから…。


ふとした拍子に『僕は逃げているのかな…』と、引きこもっている現実に引き戻されることがある。


 僕は、健兄さんにパソコンからメッセージを入れた。


【ビートボックスにハマった!?】


 驚かれたが良かったとも言われた。


【夢中になれるものに出会えてよかったな】

【健兄さん…僕…現実から逃げるのかな……】

【今はそれでいいいんだよ】

【兄さん…】

【総に夢中になるものを教えてくれた『妖精さん』に感謝しなきゃな】


 健兄さん程『妖精さん』という言葉の似合わない人もいない。


 自然と漏れた笑みと共に健兄さんとの会話を終えた。




 ん…。


 パソコンの画面のあかりに目を覚ます。


 ノートパソコンを枕の横に置いて動画を見ていて、そのまま寝落ちしてしまっていたみたいだ。


パソコンの画面が動いている。


「あれ?連続再生かけてたっけ?」


 動画ごとに止まるようにしてたはずなのに…


「あ…」


 見覚えのある画面に目が止まった。

 僕が万引きをしたと言われた本屋だった。  


「これ…って……」 


 本屋を道路の反対側からとったようなアングルだった。


 本屋の前で二人の女の人が出会い話し始めた。

 出入り口近くだったために自動ドアが開けっ放しになる。


「僕だ…」


 開けられた自動ドアの向こうに本棚を見ている僕がいた。


 その僕に、僕が万引きしたと店員に証言した同級生が近づいてくる。

 僕も同級生も顔はボカしてあったけど、制服は同じだし間違いない。

 あの時僕は本棚を向いていて、全然気づいていなかった。

 映像がズームになる。

 

「あ…ウソ…だろ……」


 同級生が僕の後ろを通る時に、僕のかばんに万引きしたと言われた単行本を入れるところが映っていた。

 そして、僕から一度離れ店員とともに戻って来た。

 本屋の前で話した二人の女の人が話し終えて入り口から去り、自動ドアが閉まって映像は終わっていた。

 

「全てはあいつがやったことだったのか……」


 呆然とした。

 

 僕の鞄に漫画の単行本を入れて店員に告げ、学校で噂を広ませて笑っていた同級生。

 あいつがすべてを仕組んでいたなんて…。


 そうじゃないか、と思ったこともあった。

 でも、証拠がなかった。

 両親も信じてくれない状態で、他の奴に仕組まれたと言って誰が信じてくれるだろうか。


 ああ、健兄さんと幼馴染の彩音は信じてくれたかもしれない。

 でも、あの時の僕はきっと口に出すことができなかっただろう。


 動画のタイトルを見る。


『冤罪の真実~こうして少年は万引き犯にされた!~』


 やっぱり僕のことだよな…。


 動画をアップしたアカウント名を確認する。


「MH.UKINEUTA…エムエイチ…ウキネウタ…ハンターのウキネウタ???」


 知らない、心当たりのないアカウント名だった。


「どこからどうこの映像が切り取られて動画サイトにアップされたんだろう…」


 店舗の入り口を真正面から撮る防犯カメラなんてあるのだろうか……。

 それも、道路の反対側からとったようなアングルで……。


 白日はくじつもとさらされた真実に、僕は大きく息を吐いた。


 僕は疑問だった。

 どう撮られたのかも疑問だったが、映像を見ても冷静でいる自分が一番疑問だった。


「この映像…証拠能力あるのかな……」


 僕の無実…これで証明できる?

 できたとして、その先同級生と対峙たいじできるのか?


 今の僕には、濡れ衣を着せた同級生に復讐してやろうという気持ちはなかった。


 他人とかかわりたくないと引きこもり、やっと新しい世界、ビートボックスの世界を知り毎日が楽しくなってきたばかりだったのだ。


 同級生なんてどうでもよかった。

 はっきり言って僕の邪魔をしてもらいたくなかった。


「ビートボックスの世界を知ってしまったからか…」


 ビートボックスを知る前だったら、僕を信じてくれなかったみんなが悪いんだ!と余計引きこもっていたかもしれない。


 真実を目にしたことで、心が少し軽くなった気がした。

 重い荷物を少しだけ下ろせて、その空いたスペースでこれからどうしようか考えてみよう、という気になった。


 ノートパソコンの映像で、僕は2度目の転機を迎えた。

 このノートパソコンがなかったら、まだ引きこもっていただけかもしれない。


「幸運のボカロソフト入りノートパソコン…妖精さん本当にいるのかな…」


 そんなファンタジーを信じてみたい気持ちになっていた。


「いるかどうかわからないけど…ありがとう」


 止まった画面に呟きタブを閉じて、僕はこれからのことを考えるためにノートパソコンを持って机に向かった。

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