第9話 君への道しるべ

 ボカロソフトが開かれた画面でカーソルは動き続け、僕とさんとの会話は続いていく。

 

「―ここにきてから わたしは 君を 視ていた―」


「えっ?ソフト起動していないのに?」


「―ノートパソコンには カメラがあるから―」


 僕…視られてた?


「…それって盗撮って言わない?」


「―だいじょうぶ 記録してないし ノートパソコンが閉じているときは 音声だけだから―」


「音声は聞いていたんかい!」


 一人で引きこもっていたと思って僕変なことしてなかったよな…。

 引きこもっていた日々を思い返す。


 大丈夫、とは思うけど…なんか…なんか恥ずかしい。


「―ふふふふ―」


 含みのある笑い声まで再生すんなよ…。


 で、勝手に視んなよ!

 ん? 勝手に……。


 僕の無実が証明された動画…クリックしてないのに勝手に再生されてたよな…。


「もしかして、『冤罪の真実』の動画は妖精さんが見せてくれたの?」


「―インターネットにつながった世界なら 視ることができるから―」


 インターネットにつながった世界なら視ることができる?

 それって…


「動画を見せてくれただけじゃなくて、投稿者さん?」


「―ないしょ ふふふふ―」


 はい、稿確定ですね。

 僕は妖精さんに救われてたんだ…。


「ありがとう」


「―なにが?―」


「妖精さんのおかげで無実を証明できた」


「―君が 歩き出そうとして 頑張っているのを 視てたから―」


「あああああ!」


「―どうしたの?―」


「僕の下手なビートボックスも聞いてた?」


「―最初はみんな そんなもの―」


OhNoおぅのぅ


 僕の頭の中で「orz」の文字がはばかせ、ガックシ項垂れた。

 最初から…最初から視られてたなんて……ん?最初から?


「最初に動画サイトに出てたって、リョウさんの好みじゃなくて『妖精さんセレクト』だったの?」


「―ふふふふ―」


 また含み笑いではぐらかしますか…。


「じゃあ、ビートボックスを選んだのも妖精さん?」


「―選んだのは わたしじゃないわ―」


「え?でも…」


「―わたしは 君への道しるべをしめしただけ 選んだのは 君だよ―」


「僕が選んだ?」


「―一番にボカロ曲 示してたのに なぁ―」


 ちょっぴり恨みがましい音声に、今度は僕が「ははは」と笑ってごまかす。


「―わたしは わたしとともに 歩んでくれる人を 探しているの―」


「ソフトを使って歌を作ってくれる人?」


「―そうよ―」


「それは…僕じゃなかったね」


「―選ぶのは わたしじゃないから―」


 僕は妖精さんが示してくれたという名のリストから、ビートボックスを選んだ。

 選んだことに後悔はしていない。

  

「本当にありがとう。ビートボックスに出会わせてくれて」


「―もう 君は 大丈夫だねー」


「まだ、完全に引きこもりから卒業できていないけどね」


 自嘲気味に笑う。

 

「―例え どんなに辛い経験でも 例え どんなに悲しい時間でも 無駄なことはないんだよ―」


「え!?」


「―君が経験したすべてのことは いつか誰かの力になれる―」


「妖精さん…」


「―今はそう思えなくても 覚えておいて―」


「……」


「―わたしは にいるわ―」


 妖精さんの音声が優しく心をなでる。


 万引きの冤罪で引きこもった…。

 誰とのかかわりも持ちたくなかった。

 でも、引きこもってなかったらノートパソコンを譲られることもなく、妖精さんには会えなかった。

 ビートボックスを知ることもなかった。


 いつか誰かの力になれる、と今は思えないけど…。

 僕の経験は無駄じゃなかったとは思えるから…。


 今度は僕が行動する番だ。


「決めたよ」


「―なにを?―」


「このノートパソコン、リョウさんに返すよ」


「―いいの?―」


「僕は妖精さんの探し人じゃなかったから…リョウさんが僕にたくしてくれたように、僕も誰かに渡せればいいんだろうけど…まだちょっと時間かかりそうだから…」


「―探し人が 早く見つかるように 返してくれるのねー」


「僕には最初から僕を信じてくれた健兄さんと彩音がいるし、ビートボックスがあるし…タブレットパソコン買ったからインターネットにもつながれる」


「―そうね インターネットがつながっていれば 会おうと思えば 君に会える―」


「あー、でものぞき見はやめてね」


「―思春期特有の 男の子の 事情ですか?―」


「わーーーーーー!いや、そんなことない!こともないけど!!に角やめてね!」


「―ふふふふ わかったわ 覗くときは 連絡する―」


「よろしくお願いいたします!」


 もう、本当にあせったよ。焦りすぎて言葉づかいが丁寧ていねいになっちゃった。


「―最後に 君のそんな 明るいところ 視れて うれしかった―」


「妖精さん…」


「―じゃあ また いつか―」


「またいつか」


『さよなら』じゃなく『またいつか』

 それが僕と妖精さんとの最後の会話だった。


 カーソルが『×』をクリックしてソフトは終了し、デスクトップ画面に戻って来た。


 妖精さんと会話して、僕はまた少し変われたように思う。

 妖精さんにかけられた言葉の余韻よいんに心がすごくいでいた。

 

 今日は部屋を出て父さんと母さんと食事をしてみようか…。


 今なら出来るような気がした。


「先ずは兄さんに連絡しなきゃ」


 ひとちて、リョウさんにノートパソコンを返したいと健兄さんに告げるため、僕はキーボードに向かった。



                                  完




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君への道しるべ ~ボカロソフトの入ったノートパソコンが冤罪から少年を救っていく~ 蒼衣みこ @aoimiko

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