第3話 幸運のボカロソフト入りノートパソコン

 コンコン

「総、ただいま」


「兄さん!?」


  ドアをノックする音と共に7歳違いの兄、健の声がして、僕は布団から起き上がった。

 兄健が帰宅したのは2年振りだった。


「彩音ちゃんから連絡来たよ。大変だったな」


 彩音、兄さんの連絡先知っていたのか?


「彩音ちゃん、俺のアカウント探して連絡してくれたんだよ」


 そうか…彩音、兄さん探して連絡してくれたんだ…。


 「俺は総のいうこと信じるよ。総は真っ直ぐに頑固だから、やっていないといえばやっていない。俺は信じるよ」


「真っ直ぐに頑固、ってなんだよ…」


 総はつぶやき立ち上がる。


『俺は信じるよ』


 健の言葉が心にしみる。

 彩音と健、少なくとも二人は僕を信じてくれる。

 特に両親に信じてもらえなかったから、兄である健の言葉は嬉しかった。


「彩音から話を聞いて父さんと母さんに連絡したよ。総がやっていないっていうのに信じられなかったのか、一番総が傷ついたのは父さんと母さんの態度じゃなかったのか、ってね」


「兄さん…」


「ここ、開けてくれるか?」


 僕は部屋を開け兄を部屋に迎え入れた。


 二人兄弟で7歳年の離れた健兄さん。

 兄弟仲は良かったけど、父さんにバンド活動を批判されて2年前に家を出て行っていた。


 年の離れた僕を兄さんは可愛がってくれた。

 だから僕も兄さんの夢を応援していた。

 中学生にはまだ早い、と父さんはスマホを持たせてくれなかったので兄さんと連絡は取れていなかったけど…。 


 兄さんは下げてきた黒いバッグを学習机の上に置いて椅子に座り、僕はベッドに腰かけた。


「大変だったな」

「兄さん…」

「さっきも言ったが俺は総を信じている」

「…ありがとう」

「父さんと母さんには困ったものだな…俺も苦労したからわかるよ」


 あははと笑う兄は自分以上に両親といろいろあっただろうに…。

 こうして帰ってきてくれたことが嬉しかった。


「今日はバイト抜けてきたからゆっくりできないが、これを渡そうと思ってな」


 僕の前に兄さんが下げてきたバッグを差し出した。


「これは?」 

「幸運のボカロソフト入りノートパソコンだ」


はいぃ?


「バンドメンバーのリョウが持ってたノートパソコンなんだが、『今このパソコンが必要なのは弟君みたいだね』って言ってことづかったんだ」


 僕は兄からバッグを受け取った。

 中身が入っているとわかる重さのノートパソコン専用のバッグだった。


「すぐ使えるようにしてあるよ。パスワードは俺の誕生日」

「僕のじゃないんだ…」

「リョウが設定したからな」

「あーーー兄さんこう言う設定とか苦手だもんねぇ」

「おい」


 兄との会話に自然と笑顔が漏れた。


「俺のアカウント友達登録してあるから、これでいつでも連絡とれるぞ」

「ありがとう」

「でだ、中にインストールしているボカロソフトは使わなくてもアンインストールしないようにな」

「なぜ?」

「リョウいわく『幸運をもたらしてくれる妖精が住んでいる』からだとよ」

「…どんなファンタジーなん……」


 僕もだが、兄さんも少しあきれているようだ。


「まあ、タダで設定までして譲ってくれたんだ、リョウの言いつけは守れよ」

「わかったよ兄さん」

「じゃ、俺はこれからバイトなんでもう行くな」

「ありがとう兄さん」

「ああ、またな」


 兄は部屋を出て行き、僕の手の中には幸運のボカロソフト入りノートパソコンが残った。

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