第3話 ミレ、居候になる

「それじゃあ、えーと……」

「これ以上はあなたが魔女になった時に教えてあげる」

「ケチー」


 ミレはここで質疑応答を強制終了。魔女になる気がないなら、それ以上は聞かせられないと言う事のようだ。私は中途半端に満たされた好奇心の持って行き場を失い、心が揺れる。

 魔女が実在し、しかも私も魔法が使える事実。もっと魔女の事を知りたいし、魔法の事も知りたい。魔女になってもこの世界で暮らせる事も分かったし、魔女になってもいいのかも知れない。


 私が悩み始めた姿を目の当たりにして、目の前の黒猫はまるで計算通りと言わんばかりの腹黒そうなニヤリ顔を見せた。


「今すぐにとは言わないわ。でもハロウィンの日までには決めてね」

「分かった」


 こうして、ミレは我が家の居候になった。両親の前では普通の猫のふりをして、まんまとペットの座をゲットする。勿論飼育は私が担当だ。彼女は私の前以外では完璧に猫を演じて、両親、特に母親の心をメロメロにしていた。


「ゆかちゃんがミレちゃんを拾ってきてくれて、私は嬉しいよ」

「お母さん、猫動画よく見てたもんね」

「飼いたかったけど、生き物でしょう。上手く育てられる自信がなくて。あなたが世話をしてくれるなら安心ね。ちゃんと見てあげてね」

「任しといて!」


 ミレは猫のふりをしているので、当然動物病院にも行く。診察を受けても文句のひとつも言わなかった。診察結果も健康な猫そのものらしい。魔法ってすごいな。ご飯もペットフードを食べていて、ちゅーるも美味しそうにペロペロとなめていた。

 私が学校から帰ってくると、ミレは必ず私の部屋に来る。ベッドの上でペロペロと体をなめているその姿を見て、私はポツリとつぶやいた。


「黙っていたら本当に猫だねぇ」

「まぁ、感覚を猫にしていれば平気なのよ」


 ミレはそう言いながらグイーッと体を伸ばす。本当に黙っていればただの猫にしか見えない。正体を知っている私の前でも、喋る以外の仕草は猫そのものだ。後ろ足だけで立ったり、本を読んだりみたいな人っぽい行動は全然しなかった。

 そんな彼女を見ていたら、私の心にも悪戯心が芽生えてくる。


「じゃあ私も猫扱いしていい?」

「やめて! ここでは素の私でいさせて!」


 ミレは急に大声を上げて懇願する。本当は魔女だから、言葉を話せるだけでも全然違うんだろうな。じゃあ魔女だってバラせばいいのにと思うものの、でもそれって私が魔女にならないって決めたら余計な情報になっちゃうのかとも思い返して言い出せなかった。


 私はどうしたいんだろう。どうしたらいいんだろう。答えは決まっているはずなのに、それを口に出来ないまま日々は過ぎ、ついに期限のハロウィンの日がやってきてしまった。



 10月31日の朝。私が目を覚ますと、ミレはかけ布団の上から私の身体をコネコネしていた。本当、黙っていれば可愛い黒猫なんだけどなぁ。逆に言えば、それだけ魔法の力がデタラメでとんでもないものだとも言える。

 起きた私に気付くと、彼女は猫のふりをやめてニタリと笑う。


「今夜はハロウィンだよ。答えは決めてくれた?」

「まだ」

「え~。魔女になってよ。悪いようにはしないからさ。特典もあるよ~」

「何そのセールストーク。あはは」


 私が笑っていると、ミレはその魔女になった特典の話をしてくれた。うう、そんな話を聞いてしまうと心が揺れるなぁ。かなり魔女になろうかって気にもなってきたよ。

 でも、普通の女の子の人生も悪くないと思うんだよね。うん、やっぱギリギリまで悩もう。今日の夜まで悩んでいいんだから。


「もう魔女決定でしょ。さあ、なるとお言い!」

「まだ決めなーい。今日が終わる前に決めればいいんでしょ」

「うう……そうだけど」


 そんな感じでグダグダやっていると、母親が起こしに来た。部屋のドアが空いた瞬間、ミレは驚いてその場でピョンと垂直ジャンプをする。


「あら、起きてたのね。じゃあ着替えてご飯食べちゃって」

「は~い」


 今年のハロウィンは日曜日。だからまぁ一日わりとのんびり出来る。出かけても良かったけど、今日はそう言う気にもなれなかったので一日家でまったりと過ごしていた。きっと今頃かおりとあかりは街に出て休日をエンジョイしているんだろうな。

 2人がハロウィンに参加する気がないなら一緒に遊んだんだけど、今日遊んだらなし崩し的にイベントに参加させられそう。だから敢えてのお家休日なんだよね。


 と言う訳で、昼間は漫画を読んだり動画を見たり、ミレと遊んだりして過ごす。私の部屋の中では魔女のミレなので、色々話し相手になったり相談に乗ってくれるし、お願いすればゲームの相手にだってなってくれる。友達と一緒じゃなくても十分楽しく過ごす事が出来たのだった。


 そうして秋の午後はゆっくりと過ぎていき、気がつくと西の空が赤く染まっていた。窓から西日が射してきて、ミレは私の右手にポンと前足を乗せる。


「日が暮れるねえ。ハロウィンが始まるよ。じゃあ、魔女になろっか」

「いや、まだ早いって」


 強引に話を進めようとする彼女を遮って、私はこの問題に決着をつけねばと本格的に悩み始めた。魔女はやってみたい。でもそれで人間でなくなるのは嫌だ。だからってこのチャンスを逃すともう魔女にはなれない気もするし、魔女になるチャンスを逃した事を後で後悔するかも知れない。


 魔女になるか人間でいるか、そのどちらかしか選べないのだ。私に魔法の才能さえなければ、こんなに悩まなかったんだろうけど……。

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