第5話 ゆかりの決断
私が怖い想像を加速させていると、ここでミレの口が動く。
「多分、自分の思い通りになる下僕を作ろうとしているんだと思う」
「どう言う事?」
「前の反乱では数の力で負けたんだよ。だから、人間界で自分の下僕の魔女を多く作ろうとしてるんだ……」
「そんな事にかおりやあかりが利用される? 許せない!」
私は念のために持ってきた杖を強く握る。向こうはこちらに意識が向いていないっぽいから、不意打ちで魔法を使えばもしかしたらワンチャンあるかも知れない。初めて使った魔法はミレにはノーダメージだったけど……。
と、ここでひとつ懸念材料が浮かび上がった。
「ねぇミレ、メルクって強いの?」
「そりゃあもう。魔女界のボス、魔女王に次ぐ強さだったわね」
「じゃあミレでも勝てない?」
「今の実力が分からないから何とも言えないけど……うう~ん」
大抵の事は断言するミレが口ごもるなんてよっぽどの事だ。まず正攻法では歯が立たないと考えた方がいいんだろう。そこで、私はこの窮地を脱する作戦を考え始める。相手が実力者なら何か裏をかいて……でも相手は何百年も生きていて、それなりの経験を積んでいる。私如きが考えるどんな作戦もすぐに見抜いてしまうだろう。
絶対的な力の差を埋めて逆転するには、それこそインチキなチート的な何か――。ここで、私の頭の中のフラッシュがピカっと光る。あった、ひとつだけ。
「ミレ、私魔女になるよ! ここでも契約の手続きって出来る?」
「勿論! でも何で……」
「じゃあやって! お願い!」
「分かった。魔女ミレの名において……ゆかり、汝を魔女と認める!」
ミレは私の胸に前足を置いて承認の言葉を唱える。すると、体の中で何かが開放されて不思議なエネルギーが満ちてくるのが分かった。これが魔女になると言う事なのだろうか。あ、でも服装は何も変わっていない。魔法少女になった訳じゃないから当然なのかもだけど。
不思議な万能感に満たされた私は、意味もなく杖を頭上に掲げた。
「魔女になったどー!」
「おや?」
私が魔女になった瞬間、さっきまで無反応だったメルクの顔がこちらに向いた。ただそれだけで例えようのない恐怖が私の全身を貫く。怖い。力の差をはっきりと感じる。同じ魔女になった事でそれが分かるようになったようだ。
「ひいっ」
私が怖気づくと、胸の中のミレがひょいとそこから降りる。えっ、ちょ、ボディーガードさん?
「あなたは何か考えがあって魔女になったのでしょう? じゃあ、今からそれを見せて。私もサポートするから」
「う、うん。見ててよ。今から華麗に友達を助けちゃうんだから!」
ミレが私から離れたのは、きっとその方が本来の実力を発揮出来るからなのだろう。その証拠に、決して逃げ出さずに私の側にいてくれる。それだけでも心強いよ。
私を認識したメルクはと言うと、空中に浮いたまま音もなく近付いてくる。当然、背後の2人も一緒だ。私は何度も深呼吸をして精神を落ち着かせる。今から行う事には魔力も魔法の技術もいらない。たったひとかけらの勇気があればいいだけだ。
まぶたを閉じて深呼吸していたため、メルクが至近距離に来た事に気付けなかった。視界を戻した途端、頭上から威圧する視線を感じた私は恐怖で身体が硬直する。
「お前、いきなり魔女になったな。何者だ」
「と、友達を返して!」
「何だと?」
「あなたの背後にいる2人は私の友達なの。だから返してよ!」
もう勢いだけで一気にまくしたてる。頭の中はほぼ真っ白になっていた。頭上の長身の魔女はこの言葉に全く動じず、静かに冷たい視線を飛ばしてくる。
「お前の言葉に私が応じると思うか?」
「当然よ! だって……」
私はここで一旦言葉を区切り、ごくんとつばを飲み込む。そうして、改めて拳を強く握った。メルクは強者の余裕からか、私の次の出方を待ってくれている。
このシチュエーションに持ち込めた事で、私は勝利を確信して言葉を続けた。
「あなたは私の言葉には逆らえない! 願いよ叶え!」
「お、お前、それは……」
「そう、契約の奇跡。ここで使わなきゃ嘘でしょ」
ミレが話してくれた魔女になった特典がこの契約の奇跡。それは、一度だけどんな願いも叶えられると言うものだ。実力の差がありすぎる相手と対峙するにはこれを使うしかない。どんな事でも起こせる奇跡の力が魔法なら、メルクだってそれには抗えないはずだ。抗えないで欲しい。どうかお願い。
この手段を行使した最初はドヤ顔だったものの、沈黙の時間が長くなるにつれてどんどん自信がなくなり、最後は泣きそうになってしまった。
それでも頑張って見上げていると、メルクの目が特殊な光を放つ。これは奇跡の力が発動したと言う事なのだろうか。
やがて、彼女は体を小刻みに震わせながら口を開いた。
「……分かった。お前の友は返そう」
メルクは悔しそうな表情を浮かべながらかおりとあかりを開放する。空中に浮かんでいた彼女達がゆっくりと地上に降ろされ、私は2人を受け止めた。
すぐに無事を確認しようと顔を見ると、それぞれが安らかな寝顔をしていて安心する。外傷も見当たらないし、呼吸も正常。ただ寝かされているだけのようだ。
私が2人を近くにあったベンチにゆっくりと寝かせていると、メルクが音もなく近付き、そうして地上に降りてきた。浮いているときもそうだったけど、地上に立ってもやっぱり威圧感がすごい。
「一度しか使えない奇跡をそんな事に使って良かったのか?」
「だって、友達を助けたいと思うのは当然の事だよ」
私が理由を話すと、突然メルクは笑い出した。この展開に戸惑っていると、彼女は私に向かって手をかざす。嫌な予感を感じはしたものの、既に体はピクリとも動かなかった。
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